第四十六章 空になった箱
翌朝、特殊緊急防衛隊に一本の連絡が入った。
前日の監視カメラに映っていた車両が、郊外の道路脇で発見されたという。
車両は無人で、エンジンも停止していた。
周囲に事故の痕跡はない。
「車両の所有者は分かったんですか?」
湊が尋ねた。
「登録上は運送関連の事業者が所有している。ただし、実際の使用者については確認中だ」
「昨日の箱は?」
「荷台には残っていなかったそうだ」
隊長は現場の写真を表示した。
「車両が放置された理由も、積載物がどこへ運ばれたのかも分かっていない。現場を確認する」
*
発見された車両は、山間部へ続く道路の脇に停まっていた。
運転席のドアは閉じられ、鍵も残っていない。
車内に人の姿はなかった。
湊は荷台へ回った。
大型の箱が置かれていたと思われる場所には、四角い跡が残っている。
固定具の一部が外れ、床面には擦れた痕跡があった。
「箱を固定していたようですね」
隊員が記録を取る。
「固定具は壊れたんでしょうか?」
「見たところ、破損というより外されたように見える」
湊は荷台の端を確認した。
床に小さな黒い繊維が付着している。
「これ、昨日の倉庫で見つかったものに似ています」
「採取して照合する」
隊長は車両の周辺を調べるよう指示した。
道路脇には、林へ続く細い道があった。
その入口付近に、靴底とは違う不規則な痕跡が残っている。
「何かが通った可能性があります」
「追跡できるか?」
「途中までは確認できます。ただ、林の中で痕跡が消えています」
湊たちは周辺を慎重に調べた。
しばらく進んだところで、隊員が立ち止まった。
「こちらにあります」
木々の間に、小さな金属製の留め具が落ちていた。
車両の荷台にあった固定具とは形が違う。
その近くには、地面が押し固められたような跡が残っていた。
何かが置かれていたのか、誰かがそこで作業をしたのかは分からない。
「ここから先は?」
「痕跡がありません」
隊長は周囲を確認した。
「無理に追わない。記録を残して戻る」
*
車両の内部を調べていた隊員から、追加の報告が入った。
「運転席に不自然な点があります」
湊たちは車両へ戻った。
運転席には、飲みかけの水と、簡単な作業用手袋が残されていた。
しかし、運転記録に関する書類は見当たらない。
「運転手はどこへ行ったんでしょう」
「自分で車両を離れたのか、別の人間が移動させたのかも分からない」
隊長は車両の外側を確認した。
ドアや窓に目立った損傷はない。
争った形跡も確認できなかった。
「この車両が特殊生命体の移送に使われた可能性はありますか?」
湊が尋ねた。
「可能性はある。ただし、現段階では何を運んでいたのかも確認できていない」
「昨日、箱を見たという個体の話もあります」
「その情報も記録しておく。だが、証拠と証言は分けて扱う」
湊は頷いた。
車両が見つかったことで、箱が運ばれていたことはほぼ確かになった。
しかし、その箱の中身は依然として分からなかった。
*
財閥の研究施設では、車両発見の報告が共有されていた。
「昨日の車両が見つかったそうです」
「荷台は?」
「空です。大型の箱はありません」
「車両の使用記録は確認できたか?」
「所有者側の記録と、実際の運行記録に不一致があります」
研究責任者は画面を見た。
「管理部門には照会したのか?」
「はい。ただ、回答はまだありません」
「昨日受け入れた対象との関係は?」
「現時点では確認できていません」
研究責任者はしばらく沈黙した。
「現場部門には、どこまで情報を共有している?」
「車両が発見されたことと、荷台に積載物がなかったことまでです」
「それ以上の情報は、確認が取れるまで保留しろ」
研究員は端末に記録した。
「ただし、現場の調査を妨げるな。必要な情報の照会には応じるように」
「承知しました」
*
同じ施設の別区画では、管理対象の状態確認が行われていた。
職員が端末を操作し、各区画の記録を確認する。
ある区画では反応がほとんどなく、別の区画では断続的な動きが記録されていた。
「この対象は、前回から変化があります」
「どの程度だ?」
「数値上の変化は小さいですが、以前より反応の間隔が短くなっています」
「観察を続けろ。無理に刺激を与える必要はない」
職員は記録を保存した。
その先の区画については、別の担当者しか立ち入れない。
扉の横には、管理番号とアクセス制限が表示されていた。
*
夕方、湊は本部で車両の調査報告をまとめていた。
そこへ、昨日屋根の上で会った小型の人型個体についての目撃情報が届いた。
場所は、前日の倉庫から少し離れた公園だった。
湊は隊長に確認を取り、周辺の安全確認を兼ねて現場へ向かった。
公園には人が少なく、遊具の近くに子供たちが数人いるだけだった。
湊が周囲を見ていると、木の枝に小さな影があった。
「こんにちは」
声をかけると、個体は枝から地面へ降りた。
「また会いましたね」
「会った」
「昨日のこと、覚えていますか?」
「箱」
「そうです。あの箱を見たんですよね」
個体は頷いた。
「人間が運んでいた」
「その後、どうなったか分かりますか?」
「分からない」
「そうですか」
湊は無理に尋ねなかった。
個体は公園の入口に目を向けた。
そこでは、子供たちが自転車を押して帰っていくところだった。
「人間は、箱を運ぶ」
「そうですね」
「中に何があるか、知らないこともある」
「あります。運ぶ人と、中身を知っている人が違う場合もあります」
個体は少し考えた。
「知らないまま、運ぶ」
「そういうこともあります」
個体は湊を見た。
「それは、いいことか」
湊はすぐには答えなかった。
「中身によると思います。危険なものなら、知らないまま運ぶのは危ないですよね」
「危ないもの」
「運ぶ人だけじゃなくて、周りの人にも影響するかもしれません」
個体は何かを考えるように黙った。
やがて、公園の外へ歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
「見る」
「何を?」
「まだ、分からない」
個体は振り返らず、建物の陰へ消えていった。
*
夜、灯里は新たに入手した十年前の研究施設一覧を確認していた。
父親の資料に記された施設番号の一つが、現在の財閥管理施設の番号と一致している。
その施設は、十年前の事故後に一度閉鎖されたはずだった。
しかし、現在の管理記録には、同じ番号を引き継いだ施設が存在している。
灯里は画面に表示された住所を確認した。
そこには、現在の施設名が記されていた。
「閉鎖されたのに、番号は残っている……」
研究施設そのものが移転したのか。
管理だけが引き継がれたのか。
それとも、別の施設として再利用されたのか。
まだ分からない。
灯里は閲覧申請の画面を開いた。
今回も、承認は得られなかった。
しかし、彼女は新たに確認できた施設番号を記録した。
父親の研究と、現在の管理体制。
その間には、十年分の空白がある。
その空白の中で、何が行われていたのか。
灯里は画面を閉じなかった。
*
深夜。
財閥の管理施設では、前日に受け入れられた箱について、最終確認が行われていた。
箱はすでに別の場所へ移されている。
輸送記録には、受け入れ時刻と管理番号が残されていた。
職員が記録を確認し、端末に入力する。
その画面には、箱の中身についての詳細は表示されていなかった。
ただ一つ、管理上の状態だけが更新されていた。
――移送完了。
扉の向こうで、何かが動いた音がした。
職員は顔を上げた。
しかし、すぐに音は止んだ。
彼は記録を閉じ、次の確認作業へ移った。




