第四十五章 移送記録
特殊緊急防衛隊の本部に、前日の住宅地で確認された個体について追加報告が届いた。
壁面の変化に関する分析結果は、まだ出ていない。
しかし、現場付近の監視カメラに、もう一つ気になる映像が残されていた。
「こちらを見てください」
情報担当の隊員が画面を切り替えた。
映っていたのは、住宅地から少し離れた道路だった。
夜間、道路脇に一台の車両が停車している。
車両の後部には、通常の荷物とは異なる大型の箱が積まれていた。
「この車両は?」
「登録情報を確認しましたが、所有者の情報がすぐには出てきませんでした。ナンバーの一部も映像が不鮮明です」
「住宅地の件と関係があるのか?」
「分かりません。ただ、目撃された時間帯は近いです」
湊は映像を見つめた。
「この箱の中身は何だったんでしょう」
「現時点では不明だ」
隊長は別の資料を表示した。
「財閥側にも確認を依頼したが、回答はまだない」
「財閥が所有する車両という可能性も?」
「否定できない。ただし、現段階で断定する材料はない」
隊長は映像を停止した。
「車両の移動経路を確認する。現場の目撃情報とも照合しろ」
*
一方、財閥の研究施設では、管理部門の担当者が複数の記録を確認していた。
画面には、特殊生命体の個体番号と、現在の管理状況が表示されている。
その中には、通常の研究部門から閲覧できない情報も含まれていた。
「先日の現場情報との照合は?」
「まだ完了していません。現場で確認された個体の特徴が、既存の管理記録と一致するか確認しています」
「移送記録は?」
「一部の記録に閲覧制限があります」
「どの期間だ?」
「最近のものです」
担当者は画面を切り替えた。
そこには、個体の移動に関する記録がいくつか並んでいた。
移動元と移動先の情報は表示されているが、目的や具体的な手続きは別の管理区分に分けられている。
「現場部門には、どこまで共有している?」
「個体の特徴と、対応上必要な情報のみです」
「それで問題は起きていないか?」
「現時点では、現場から大きな問い合わせはありません」
担当者は少し考えた。
「今後、現場で確認された個体と管理対象の情報が一致した場合、速やかに報告しろ」
「承知しました」
*
湊たちは、住宅地周辺の道路を調査していた。
監視カメラに映っていた車両が通過した可能性のある場所を確認するためだ。
道路沿いには小さな倉庫や駐車場が並んでいる。
隊員が周辺の事業者に聞き込みを行っていた。
「昨夜、このあたりで不審な車両を見ませんでしたか?」
「そういえば、大きな車が一台通ったような気がします」
「どちらへ向かいましたか?」
「山の方だったと思います。ただ、夜だったのでよく覚えていません」
湊は周囲を見回した。
道路の端に、黒い繊維のようなものが落ちている。
「これ、何でしょう?」
隊員が手袋をつけて採取した。
「現場のものと関係があるかは分からない。分析に回そう」
そのとき、少し離れた倉庫の裏から物音がした。
湊たちは警戒しながら近づいた。
そこには、金属製の扉が半開きになった小さな建物があった。
内部には古い工具や資材が置かれている。
しかし、床には新しい擦過痕が残っていた。
「誰かが何かを運び出したようですね」
「管理者に確認しよう」
隊員が連絡を取る。
その間、湊は建物の奥を確認した。
壁際に、細長い金属片が一本落ちている。
表面には、工具で削ったような跡があった。
湊はそれを撮影した。
以前、長臂の個体が集めていた金属片と似た特徴がある。
だが、同じものとは限らない。
「隊長、これも確認してもらえますか?」
「ああ。採取しておけ」
*
調査を終えた湊は、車両へ戻る途中で倉庫の屋根を見上げた。
屋根の端に、小さな影が見えた。
森で何度も会った、あの人型の個体だった。
個体は湊を見ていた。
「こんにちは」
湊が声をかける。
個体は屋根の上から降りてこない。
「ここで何をしているんですか?」
「見ていた」
「何を?」
「人間」
「この倉庫の人たちですか?」
「運ぶ」
個体は道路の方を見た。
「何かを運んでいたんですか?」
「箱」
湊は先ほどの監視映像を思い出した。
「大きな箱を載せた車ですか?」
個体は少し間を置いてから答えた。
「箱は、閉じていた」
「中身は見ましたか?」
「見ていない」
「どこへ行ったか分かりますか?」
「向こう」
個体は山の方向を指した。
それ以上は説明しなかった。
「危ないものだったかもしれないんです。もしまた見かけたら、無理に近づかないでください」
「危ない?」
「中に何が入っているか分からないものは、近づかない方がいいことがあります」
個体は湊を見た。
「人間も、知らないものを運ぶ」
「そうですね。中身を知らないまま運ぶこともあるかもしれません」
個体はしばらく考えていた。
やがて屋根の反対側へ移動し、姿を消した。
湊はその場に残り、山の方向を見た。
*
本部へ戻ると、採取した金属片の分析が始まっていた。
分析担当者は、過去に確認された金属片の写真と比較している。
「表面の加工痕は似ていますが、同じ個体が加工したとは断定できません」
「特殊生命体の組織反応は?」
「今のところ確認されていません。通常の金属部品である可能性もあります」
隊長は湊の報告を確認した。
「屋根の上にいた個体が、箱を見たと言ったんだな」
「はい。ただ、中身も行き先も知らないようでした」
「車両の情報と照合する。目撃証言だけで結論は出せない」
湊は頷いた。
箱の中身が何だったのか。
なぜ夜間に運ばれていたのか。
そして、あの車両が住宅地の異常と関係していたのか。
まだ分からないことが多かった。
*
灯里は、父親の資料に記された施設番号を調べていた。
過去の研究施設の一覧と、現在の財閥研究施設の一覧を比較していると、同じ番号が複数の資料に現れていることに気づいた。
その番号は、十年前の事故後に閉鎖された施設にも記載されていた。
灯里は、該当する資料の閲覧を申請した。
返ってきたのは、いつもの回答だった。
――閲覧には管理部門の承認が必要です。
彼女は画面を見つめた。
父親の記録が残っている場所。
現在も特殊生命体の研究に関係している場所。
そして、閲覧が制限されている場所。
それらが少しずつ重なってきている。
灯里は申請履歴を保存した。
次は、別の経路から十年前の研究計画に関わった人物を確認する必要がある。
*
その夜、財閥の管理施設では、職員が一台の車両から運び込まれた大型の箱を確認していた。
箱の外側には管理番号が記されている。
「受け入れ記録を確認しました」
「状態は?」
「輸送中の損傷はありません」
「内部の確認は?」
「担当部門が行います」
職員は端末に記録を入力した。
その先にある部屋では、複数の管理区画が並んでいた。
それぞれの区画には異なる設備が設置されている。
職員は扉の前で立ち止まり、端末を操作した。
扉のロックが解除される。
その先に何があるのかは、外からは見えなかった。
記録には、短い一文だけが追加された。
――受け入れ完了。




