第四十三章 運ばれたもの
特殊緊急防衛隊に、新たな出動要請が届いたのは、午前中のことだった。
場所は郊外の工業道路。
道路脇に停車していた大型車両の荷台が破損し、積載物の一部がなくなっているという。
事故による落下なのか、何者かが持ち去ったのかは分かっていなかった。
「積載物は何ですか?」
湊が資料を確認しながら尋ねた。
「金属製の機械部品だ。特別な危険物ではない。ただし、重量がある。落下していれば周囲への危険も考えられる」
「運転手は?」
「軽傷だ。病院で手当てを受けている。本人の話では、走行中に荷台から音がして、停車した直後に異常に気づいたらしい」
隊長は道路の写真を表示した。
「現場周辺で人影の目撃情報もある。特殊生命体との関係は不明だ。まずは安全確認と、失われた部品の捜索を行う」
*
現場には、荷台の側面が内側へ曲がった大型車両が停車していた。
道路脇には金属片が散らばっている。
湊は隊員とともに周囲を確認した。
「この部品、かなり大きいですね」
「ああ。一人で持ち運ぶには難しいだろう」
隊員が地面に残された痕跡を調べる。
道路脇の土には、何かを引きずったような跡があった。
しかし、途中から痕跡が途切れている。
「車両の移動跡とは違うな」
「人間が引きずった可能性は?」
「否定はできない。ただ、重量を考えると複数人か、何らかの機材が必要だろう」
湊は周囲の林を見た。
枝が折れている場所がある。
その先には、古い資材置場へ続く道があった。
「こちらも確認しましょう」
隊長が頷いた。
「二人ずつに分かれて捜索する。見つけても単独で接近するな」
*
資材置場の奥で、湊は見覚えのある姿を見つけた。
長い腕。
灰色の身体に浮かぶ細かな模様。
長臂の個体は、地面に置いた金属部品を見つめていた。
「こんにちは」
湊が声をかける。
個体は顔を上げた。
「来た」
「ここにいたんですね」
「見る」
「何を見ているんですか?」
個体は足元の金属部品に視線を戻した。
「これ」
湊は少し離れた位置から部品を確認した。
工業道路でなくなったものと似た形状だった。
「それは、さっきの道路に停まっていた車両の荷台からなくなった部品ですか?」
個体は答えなかった。
「ここに置いてあったんですか?」
「運ばれた」
「誰が?」
「分からない」
湊は隊員へ目配せした。
隊員が部品の形状を撮影する。
「これは人間が管理しているものです。勝手に持っていくことはできません」
「知っている」
「知っているなら、どうしてここに?」
個体は少し考えた。
「動くものに、必要かもしれない」
「前に作っていたものですか?」
個体は答えなかった。
以前から組み立てている何かについて、湊はそれ以上踏み込まなかった。
「この部品を持っていくつもりですか?」
「まだ」
個体は金属部品から手を離した。
「必要か、分からない」
「それなら、今は触らないでください。持ち主が探しています」
個体はしばらく湊を見たあと、部品から離れた。
「置く」
「ありがとうございます」
湊は隊員に現場の確認を続けるよう伝えた。
その間、個体は資材置場の端へ移動した。
逃げる様子はなかったが、積極的に説明するつもりもないようだった。
*
その直後、資材置場の入口付近で大きな音がした。
金属製の柵が揺れ、地面に置かれていた工具箱が倒れた。
「何だ?」
隊員が振り返る。
入口の近くに停めてあった小型作業車の警報が鳴っていた。
誰も車両に触れていない。
湊は周囲を確認した。
「全員、車両から離れてください!」
隊長の指示で隊員たちが退避する。
長臂の個体も音のした方向を見ていた。
「あなたがやったんですか?」
「違う」
「分かりました。でも、こちらで確認します」
湊は車両へ近づかず、隊員とともに周囲を確認した。
作業車の警報はしばらくして停止した。
原因はすぐには分からなかった。
長臂の個体は、その様子を見ていたが、やがて資材置場の奥へ歩いていった。
「待ってください!」
湊が声をかける。
個体は足を止めた。
「この部品について、また確認することがあるかもしれません」
「分からない」
「それでも、ここに置いてあるものには勝手に触れないでください」
「分かった」
個体はそのまま奥へ進み、姿を消した。
*
防衛隊は、発見した部品を撮影し、管理者へ連絡した。
部品は確かに大型車両の積載物と一致した。
ただし、どのような経緯で資材置場まで運ばれたのかは分からなかった。
「個体が運んだという証拠はありません」
湊が報告する。
「そうだな。本人も運んだとは言っていない」
「それに、作っているものに使うかどうかも分からないと言っていました」
隊長は記録を確認した。
「今回の件は、部品の紛失と現場での目撃を分けて記録する。警報についても原因が分かるまでは関連づけない」
湊は頷いた。
個体が部品を必要としていることと、実際に持ち去ったことは別の話だった。
*
財閥の研究施設では、今回の現場映像が共有されていた。
「この個体は、以前から金属部品を集めている個体と特徴が一致しています」
「製作物については?」
「未完成の構造物を確認していますが、用途は分かっていません。今回の部品との関係も不明です」
「捕獲管理部門の記録は?」
「照合申請中です。現場で確認された個体と、管理対象として登録されている個体の関係については、まだ回答がありません」
研究責任者は画面を閉じた。
「現場で確認できる情報と、管理部門が持っている情報が分かれているな」
「はい。情報共有には承認が必要です」
「承認を待て。未確認の情報を前提に研究を進めるな」
研究員は記録を保存した。
別室では、特殊生命体の組織を利用した装備の試験が続いていた。
装置の出力を上げると、動作の補助性能は向上する。
一方で、使用者の関節にかかる負担も増えていた。
試験担当者は数値を見つめた。
「これ以上出力を上げるなら、使用者側の適応を調べる必要があります」
「人体への影響は?」
「まだ十分なデータがありません」
研究責任者は返答しなかった。
*
夜。
灯里は父親の資料と、現在の研究部門が公開している情報を比較していた。
十年前の研究計画には、個体の身体構造を理解するための観察項目が並んでいる。
現在の研究資料には、それと似た項目がある一方、人間の身体機能への応用という目的が加わっていた。
灯里は二つの資料を並べた。
研究対象は同じでも、研究する側が求める結果は変わっている。
父親がその変化をどう受け止めていたのか。
まだ分からない。
彼女は承認記録の番号をもう一度確認した。
そして、閲覧制限のかかった資料の一覧を保存した。
いつか、その中身を確認する必要がある。
*
山間の資材置場から離れた場所。
長臂の個体は、集めていた金属片の前に座っていた。
いくつかの部品を並べ、形を確かめる。
先ほど見つけた大型の部品は、ここにはない。
個体は手元の金属片を一つ持ち上げた。
組み合わせる。
少し動く。
しかし、すぐに止まった。
個体は動かなくなった構造物を見つめた。
「まだ……足りない」
何が足りないのか。
それは、個体自身にもまだ分かっていなかった。




