第四十章 管理された生命
特殊緊急防衛隊に、財閥の研究部門から新たな連絡が入った。
内容は、今後の現場対応に関する合同説明会だった。
これまで防衛隊は、異常現場で採取した物質や映像を研究部門へ提供してきた。
しかし、今回の連絡には、これまでとは異なる項目が含まれていた。
「捕獲対象への対応手順?」
湊は資料を読みながら呟いた。
「そうだ。今後、現場で特殊生命体を確保する必要が生じた場合の手順を整理するらしい」
隊長が答えた。
「これまでは、基本的に現場の安全確保と対象の行動確認が中心でしたよね」
「状況が変わってきている。目撃情報だけでなく、実際に管理されている対象の記録も増えているようだ」
「管理されている対象というのは、研究施設にいる個体ですか?」
「詳細は説明会で確認する」
隊長は資料を閉じた。
「ただし、現場での判断基準は変わらない。対象の行動を確認し、危険があれば住民と隊員の安全を優先する。捕獲が必要かどうかは、現場だけで勝手に決めるな」
湊は頷いた。
*
合同説明会は、財閥の研究施設で行われた。
会議室には、防衛隊の隊長や担当者、研究部門の責任者が集まっていた。
前方の画面には、特殊生命体に関する分類資料が表示されている。
「現在、確認されている個体の行動は多様です」
研究責任者が説明を始めた。
「人間を避けるもの、周囲を観察するもの、特定の物質や環境に反応するもの、そして人間や設備に対して攻撃的な行動を示すものが確認されています」
画面が切り替わる。
過去の現場映像がいくつか並んだ。
「すべての個体を同じ方法で対応することはできません。そこで、今後は現場で得られた情報を集約し、個体ごとの行動傾向を整理します」
「個体ごとの識別は可能なのか?」
防衛隊の担当者が尋ねた。
「一部は外見や反応の特徴から区別できます。ただし、同じ特徴を持つ個体が複数存在する可能性もあり、完全な識別には至っていません」
「では、個体ごとの記録というより、確認された特徴ごとの記録になるのか」
「現時点では、その理解で問題ありません」
湊は画面を見ていた。
これまで何度も遭遇した個体の中には、外見が似ているものもいた。
しかし、同じ個体だと断定できるものは少ない。
記録を整理すること自体は必要だろう。
問題は、その記録がどのように使われるかだった。
*
「次に、対象の確保について説明します」
研究責任者が別の資料を表示した。
そこには、特殊生命体を管理する際の一般的な手順が記されていた。
「対象の行動によっては、現場での観察だけでは十分な情報が得られない場合があります。そのため、必要に応じて安全な環境へ移し、継続的に状態を確認する方法を検討しています」
「安全な環境とは、研究施設ですか?」
湊が尋ねた。
「はい。設備の整った管理区域です」
「対象本人の意思は確認するんですか?」
会議室が静かになった。
研究責任者は少し間を置いて答えた。
「対象の意思を確認できる場合は、確認することが望ましいと考えています。ただし、意思疎通が成立しない場合や、周囲に危険を及ぼす場合には、別の判断が必要になります」
「危険があるかどうかは、誰が判断するんですか?」
「現場の状況と、専門家による評価を踏まえて判断します」
湊は続けて尋ねた。
「確保した後、対象が外に出たいと言った場合は?」
研究責任者は資料に目を向けた。
「管理対象の状態や安全性を確認したうえで判断します」
「つまり、出られるかどうかは、管理する側が決めるんですね」
「現時点では、統一された基準がありません。今後の研究と制度整備が必要です」
湊はそれ以上質問しなかった。
説明会は続いたが、彼の中には一つの疑問が残っていた。
安全な場所へ移すことと、その生命を管理することは、同じではない。
*
説明会の終了後、湊は施設内の廊下を歩いていた。
ガラス越しに、研究室の一部が見える。
白衣を着た研究員たちが端末を操作し、検査装置の数値を確認していた。
その奥には、外部から内部が見えない部屋がいくつも並んでいる。
「春日隊員」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、説明会に参加していた研究員が立っていた。
「先ほどの質問ですが、あなたは対象を確保すること自体に反対なのですか?」
「いいえ。危険があるなら、止める必要はあると思います」
「では、何が問題なのでしょう」
「確保した後のことです」
湊は廊下のガラスを見た。
「ここに連れてきたら、それで安全になったと考えていいのか。本人が何を望んでいるのか分からないまま、ずっと管理していいのか」
「研究には一定の管理が必要です」
「それは分かります。でも、管理する必要があることと、何でも決めていいことは違うと思います」
研究員はすぐには答えなかった。
「あなたは、特殊生命体を人間と同じ存在だと考えているのですか?」
「同じかどうかは、まだ分かりません」
湊は率直に答えた。
「でも、自分で考えて動いている相手なら、少なくとも何を考えているのか知ろうとする必要はあると思います」
研究員は湊を見つめた。
「興味深い考え方ですね」
「そうですか?」
「ええ。ただ、現場では理想どおりにいかないこともあります」
「それも分かっています」
湊は軽く頭を下げ、その場を離れた。
*
一方、灯里は財閥の資料管理部門から届いた回答を確認していた。
以前申請した十年前の研究記録について、閲覧許可が一部だけ認められていた。
ただし、対象となる資料は限定されている。
彼女は指定された端末で記録を開いた。
最初に表示されたのは、当時の研究施設の配置図だった。
いくつかの施設が、同じ研究計画に関連づけられている。
その中には、父親が勤務していた施設も含まれていた。
灯里は記録を一つずつ確認した。
研究目的。
設備の使用状況。
個体の観察記録。
そして、研究対象の管理に関する項目。
しかし、重要と思われる部分は黒く伏せられている。
閲覧できる記録だけでも、当時の研究が単なる観察ではなかったことは分かった。
個体を施設内で管理し、その身体や反応を長期間調べていた。
さらに、複数の研究施設が連携していた形跡もある。
「どうして、ここまで隠す必要があるの……」
灯里は小さく呟いた。
父親が残した記録には、個体を外部の命令で動かすことへの疑問が何度も書かれていた。
だが、現在閲覧できる資料には、その考えを裏づける議論も、反対意見も残されていない。
彼女は画面に表示された研究計画の管理番号を記録した。
この番号を手がかりに、別の資料へアクセスできる可能性がある。
*
同じ頃、財閥の管理施設では、特殊生命体の状態確認が行われていた。
複数の研究員が、それぞれの管理区域を巡回している。
「こちらの対象は?」
「生命活動は安定しています。外部刺激への反応は限定的です」
「前回から変化は?」
「目立った変化はありません」
研究員は記録を入力した。
別の区域では、測定装置の数値に変化が見られた。
「こちらは反応が強くなっています」
「原因は?」
「現在分析中です」
「記録を分けて管理しろ。別の対象の反応と混同するな」
「了解しました」
施設内では、対象ごとに異なる記録が積み重ねられていた。
それぞれの状態は同じではない。
反応の強さも、変化の速度も異なっている。
研究員たちは数値を記録していたが、その個体が何を考えているのかまでは分からなかった。
*
夜。
湊は公園の近くで、森中の小型個体と再会した。
個体は街灯の下に立っていた。
「こんばんは」
「春日湊」
「今日は何を見ていたんですか?」
「人間が、場所を分けている」
個体は公園の入口を指した。
そこには、遊具を使う子供たちと、ベンチで休む人たちがいた。
「遊ぶ場所と、休む場所ですね」
「同じ場所なのに、違う」
「使い方が違うんです」
個体は少し考えた。
「使い方は、誰が決める?」
「公園を管理する人が決めることもあります。でも、使う人たちが考えることもあります」
「使う者が、決める」
「そうですね。ただし、ほかの人が困らないようにする必要もあります」
個体は公園の中を見ていた。
「管理する者と、使う者」
「必ずしも同じとは限りませんね」
しばらく沈黙が続いた。
個体は湊を見た。
「人間は、管理されることを望むのか」
「人によります」
「お前は?」
湊は少し考えてから答えた。
「必要なことを教えてもらったり、助けてもらったりするのはいいと思います。でも、何をするかまで全部決められるのは嫌ですね」
「なぜ?」
「自分で決めたいこともありますから」
個体はその言葉を繰り返した。
「自分で決める」
「はい」
個体は公園の奥へ歩いていった。
湊は呼び止めなかった。
*
地下研究施設。
番号00の生命維持装置に接続された測定画面に、新しい変化が現れた。
研究員が数値を確認し、すぐに責任者を呼ぶ。
「反応が変化しています」
「どの程度だ?」
「これまでとは異なる波形です。神経活動の一部が、一定の間隔で繰り返されています」
「身体の動きは?」
「まだ確認できていません」
責任者は容器の前に立った。
眠り続ける身体。
閉じられた目。
静かに上下する測定値。
研究員は画面を見ながら言った。
「このまま変化が続けば、これまでの状態とは異なる段階に移行する可能性があります」
「可能性だけで判断するな。観察を続けろ」
「はい」
責任者は容器から目を離さなかった。
十年前から続く記録には、まだ説明できない空白が残されている。
そして、その空白に関係するかもしれない生命が、今も目の前で眠っていた。




