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新種族とアンカー  作者: 亀


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第四章 それぞれの選択

 翌朝、特殊緊急防衛隊の施設では、前日の現場映像を使った検討会が行われていた。

 大型モニターには、人型の個体が腕を変化させた瞬間が映し出されている。

「もう一度、再生してください」

 研究部門から派遣された技術担当者が指示した。

 映像が数秒戻され、黒い構造が腕全体に広がっていく様子が再生される。

「変化の前後で、身体の輪郭が大きく変わっていますね」

「本人の意思で発動したのか?」

 隊長が尋ねた。

「映像だけでは判断できません。少なくとも、通常の筋肉や骨格の変形では説明できない現象です」

「つまり、まだ何も分かっていないということか」

「そうなります」

 技術担当者は別の映像を表示した。

 今度は、人型の個体が地面を掘る生物と向き合っている場面だった。

「こちらの生物についても分析中です。前日の大型個体とは身体構造が異なります。ただ、両者に共通する特徴はいくつか確認されています」

「同じ種類なのか?」

「そこまでは分かりません」

 隊長は腕を組んだ。

「現場で遭遇する対象が増えている。こちらの対応能力が追いついていない以上、無理な接触は避けるべきだろう」

「賛成です」

 隊員の一人が続けた。

「昨日の個体がこちらに敵意を示さなかったとしても、ほかの個体まで同じとは限りません」

「それもその通りだ」

 湊は黙って映像を見ていた。

 昨日の人型の個体は、攻撃を受けたときに身体を変化させた。

 しかし、相手を追いかけて攻撃することはなかった。

 その行動が何を意味するのか、湊にも分からない。

「春日」

 隊長に呼ばれ、湊は顔を上げた。

「昨日、対象と会話したな。何か気づいたことはあるか?」

「自分の身体について、あまり理解していないように見えました。名前も分からないと言っていました」

「記憶がないのか?」

「そこまでは聞いていません。ただ、少なくとも自分の名前を答えられませんでした」

「分かった。今後も接触する機会があれば、相手の反応をよく観察してくれ」

「了解しました」

 会議はそこで終了した。

 隊員たちはそれぞれ装備の確認に戻っていく。

 湊も立ち上がった。

 そのとき、隣にいた隊員が声を掛けてきた。

「春日、お前はあの個体を信用しているのか?」

「信用?」

「昨日、ずいぶん普通に話していただろ」

「信用しているわけじゃないですよ」

 湊は少し考えてから答えた。

「ただ、話を聞いてみたいとは思っています」

「相手が危険な存在だったらどうする?」

「そのときは、止めます」

「迷わずに?」

「危険なことをされたら、止めないといけないでしょう」

 隊員は湊の顔を見た。

「相手の事情を知ることと、危険を許すことは別だと思います」

 湊はそう言って、装備を手に取った。

     *

 同じ頃、久世灯里は父親の研究資料を読み進めていた。

 前日に見つけた個体ごとの進化に関する記録には、まだ続きがあった。

 ページの一部は破損しており、文章のすべてを読むことはできない。

 それでも、いくつかの記述は残っていた。

 ――個体の変化は、外部から与えられた命令によって決まるものではない。

 ――各個体が何を求め、どのような状態を生存と捉えるかによって、進化の方向は異なる。

 灯里は、その文章を端末に入力した。

「生存の意味……」

 単純に身体能力を高めることだけが、進化ではないということだろうか。

 父親の記録には、特定の能力を持つ個体を優秀と評価することへの疑問も書かれていた。

 強い個体が必ずしも優れた個体とは限らない。

 それぞれが異なる方向へ変化するのであれば、単純な能力比較だけでは生命の価値を測れない。

 灯里は次の資料を開いた。

 そこには、複数の個体の活動状況を記録するための表があった。

 番号は00から99まで。

 合計百個体。

 しかし、表の一部には、通常の活動記録とは異なる項目が記されていた。

 種群全体の活動停止。

 灯里はその項目を見つめた。

 個体ごとの活動を記録する資料に、なぜ種群全体の停止に関する項目があるのか。

 その理由は分からない。

 彼女は関連資料を検索した。

 しかし、該当する記録の多くは閲覧できない状態になっていた。

「また、アクセス制限……」

 灯里は画面を閉じずに、父親の手書き資料をもう一度確認した。

 そこには、活動停止という言葉の横に、小さな書き込みが残っていた。

 ――最後の手段として扱うこと。

 灯里はその一文を見逃さなかった。

     *

 午後二時。

 防衛隊に新たな通報が入った。

 市街地から離れた工業地域で、正体不明の生物が目撃されたという。

 通報者によれば、倉庫の壁が破壊され、その周辺で複数の人影が確認されたらしい。

 湊たちは現場へ向かった。

 到着すると、すでに警察が周辺道路を規制していた。

「目撃者は?」

 隊長が警察官に尋ねる。

「倉庫の管理人が一人います。建物の中から物音が聞こえたため、外へ出て確認したところ、壁に穴が開いていたそうです」

「負傷者は?」

「今のところ確認されていません」

 隊長は周囲を見渡した。

「まずは人員の確認だ。建物の中に人が残っていないか調べる」

 湊は二人の隊員とともに、倉庫の側面へ回った。

 壁には大きな亀裂が入っていた。

 その下には、何かが擦れたような跡が残っている。

「かなりの力ですね」

「昨日の個体と同じかは分からない。慎重に進め」

「了解です」

 三人は倉庫の入口から内部を確認した。

 棚が倒れ、床には金属製の部品が散乱している。

 奥から、何かを引きずる音が聞こえた。

「誰かいますか?」

 湊が声を掛ける。

 返事はない。

 音が止まった。

 隊員たちが武器を構える。

 数秒後、棚の向こうから一つの影が現れた。

 人間に近い姿だった。

 しかし、その身体は細く、腕が異様に長い。

 皮膚の表面には、薄い灰色の模様が浮かんでいる。

 相手は三人を見た。

 そして、倒れた棚の上に置かれていた金属部品を拾い上げた。

「止まってください!」

 隊員が呼び掛ける。

 相手は部品を手にしたまま、じっと隊員を見つめていた。

「ここは危険です。外へ出てください」

 湊も声を掛ける。

 しかし、相手は言葉を返さなかった。

 代わりに、手にした金属部品を床へ置く。

 その動きはゆっくりとしていた。

「言葉が通じていないのか……?」

 隊員が呟いた。

 相手は再び棚へ手を伸ばした。

 その瞬間、床に散らばっていた金属片が小さく震えた。

「下がれ!」

 隊員が叫ぶ。

 金属片が一斉に浮き上がった。

 湊たちの目の前で、無数の金属片が空中に並ぶ。

 次の瞬間、それらは倉庫の壁へ向かって飛んでいった。

 激しい音が響く。

 壁に金属片が突き刺さり、周囲に粉塵が舞い上がった。

「全員、退避!」

 三人は入口の外へ飛び出した。

 隊長から無線が入る。

『状況を報告しろ』

「倉庫内に人型の対象を確認。金属片を浮遊させ、射出する能力を使用しました」

『負傷者は?』

「こちらは無事です」

『対象はどうした?』

 湊は入口を振り返った。

 人型の個体は、まだ倉庫の中にいた。

 こちらを追いかけてくる様子はない。

 ただ、壁に突き刺さった金属片を見つめている。

「現在、倉庫内に留まっています」

『周辺の安全を確保しろ。無理に接近するな』

「了解」

 湊は相手の姿を見つめた。

 昨日の個体とは違う。

 同じような姿をしていても、行動も能力も異なっている。

 そして、こちらに敵意があるのかどうかも分からない。

 湊は無線を切らずに、もう一度相手へ声を掛けた。

「そこにあるものが欲しいの?」

 相手は顔を向けた。

 しばらく湊を見つめたあと、床に置かれた金属部品を指差した。

「……必要」

 短い言葉だった。

 湊はその言葉を聞き取った。

「何に使うの?」

 相手は答えなかった。

 ただ、金属部品を手に取ると、今度は倉庫の奥へ歩いていった。

 湊たちは追わなかった。

 隊長の指示どおり、周辺の安全を確保する必要がある。

 その個体が何を求めているのかは、まだ分からない。

 しかし、少なくとも、金属部品を集めていることだけは確認できた。

     *

 夕方、現場から提出された報告は、研究部門へ送られた。

 今回の個体は、周囲の金属を浮遊させ、任意の方向へ移動させる能力を示した。

 研究員は映像を確認し、記録を残していく。

「前回の個体とは、能力の性質がまったく違いますね」

「同じ種群に属する可能性は?」

「現段階では断定できません。ただ、身体構造に共通点が見られます」

「個体ごとに能力が違うということか」

「その可能性はあります」

 研究員は映像を止めた。

 画面には、金属片を拾い上げる個体の姿が映っていた。

「この個体は、何を求めているのでしょうか」

 誰も答えなかった。

 記録された映像だけでは、分からないことが多すぎる。

 そして、現場で活動する防衛隊にも、研究部門にも、まだ知られていないことがあった。

 目を覚ました生命たちは、それぞれ異なるものを求めている。

 そのすべてが、人間にとって理解しやすいものとは限らなかった。

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