↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新種族とアンカー  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

第三十七章 見えない管理

 特殊緊急防衛隊に、新しい調査依頼が届いたのは、前回の山間部調査から三日後のことだった。

 場所は市街地から離れた工業地域。

 管理会社からの通報によると、夜間に敷地内の設備が何度か停止し、翌朝には保管されていた資材の配置が変わっていたという。

 盗難の形跡は確認されていない。

 しかし、監視カメラには説明のつかない映像が残っていた。

「映像を確認する」

 隊長の指示で、会議室の画面に記録が映し出された。

 深夜二時過ぎ。

 倉庫の照明が一瞬だけ消える。

 数秒後、通路の奥に人影らしきものが現れた。

 その影は棚の前で立ち止まり、しばらく動かなかった。

 次の瞬間、棚に置かれていた金属製の部品がわずかに浮き上がる。

 しかし、映像はそこで乱れ、影の姿も部品の動きも確認できなくなった。

「この個体に見覚えは?」

 隊長が尋ねる。

「以前の工場で確認された長腕の個体に似ているようにも見えます。ただ、映像だけでは判断できません」

「金属を動かす能力を持つ個体は、ほかにも確認されている。外見が似ているだけで同一とは限らない」

 隊長は映像を止めた。

「現場では、管理会社の立ち会いのもとで確認する。勝手に設備を動かすな。対象を発見しても、まず周囲の安全を確保しろ」

 湊たちは装備を整え、現場へ向かった。

     *

 工業地域の倉庫は、道路から少し奥まった場所にあった。

 管理会社の担当者が入口で待っていた。

「こちらです。設備が停止したのは、今週に入ってから二度目です」

「停止した時間は分かっていますか?」

「監視記録では、どちらも深夜です。原因はまだ分かっていません」

 担当者の案内で、湊たちは倉庫内へ入った。

 棚には金属製の部品や工具が並んでいる。

 一部の棚だけ、保管位置が変わっていた。

「ここが動いていた場所です」

 担当者が棚を指した。

 湊は周囲を確認する。

 床には細い傷が残っていた。

 棚の脚にも、何かが接触したような跡がある。

「部品はなくなっていますか?」

「いいえ。数はすべて確認しました。ただ、置き方が変わっていました」

「誰かが持ち出した可能性は?」

「出入口の記録では、該当する時間帯に人間の出入りはありません」

 湊は棚の奥を見た。

 そのとき、金属がかすかに鳴る音がした。

 カン。

 全員が音のした方向を向く。

 倉庫の奥、積み上げられた資材の向こうに、人影が立っていた。

 細長い腕。

 灰色の身体。

 表面には不規則な模様が走っている。

「対象を確認」

 隊員が警戒姿勢を取った。

 その個体は、湊たちを見ていた。

「また、あなたか」

 湊が声をかける。

 個体は少しだけ首を傾けた。

「ここに来た理由を聞いてもいいですか」

「見る」

「何を?」

「これ」

 個体は棚の上に置かれた金属部品へ視線を向けた。

 その部品が、わずかに浮き上がる。

 隊員が銃を構え直した。

「動かすな!」

 隊長の声が響く。

 金属部品は空中で停止し、ゆっくりと棚へ戻った。

 個体は隊員たちを見た。

「持っていかない」

「見るだけなら、管理会社に確認してからにしてください。ここにあるものは、誰かが管理しているものです」

 湊が言うと、個体は棚を見た。

「管理」

「そうです。ここに置いてあるものを使う人がいる。勝手に動かしたり、持っていったりすると困る人がいます」

 個体はしばらく黙っていた。

「分かった」

 そう言って、棚から少し離れた。

 しかし、完全にその場を離れる様子はなかった。

「何か探しているんですか?」

「まだ」

「まだ見つかっていない?」

「分からない」

 以前と同じように、答えは短かった。

 湊はそれ以上尋ねなかった。

 そのとき、倉庫の奥で警報音が鳴った。

 管理会社の担当者が驚いて振り返る。

「また設備が!」

 照明が点滅し、倉庫の一部の機械が動き始めた。

「全員、離れろ!」

 隊長が叫ぶ。

 棚の上にあった金属部品が振動し、いくつか床に落ちた。

 個体はその様子を見ていた。

「これは、あなたが?」

 湊が尋ねる。

「違う」

 個体は短く答えた。

「本当に?」

「動かしたのではない」

 個体は機械の方を見た。

 湊には、その言葉が何を意味するのか分からなかった。

 機械の動作は数秒後に止まった。

 隊員たちは周囲を確認し、負傷者がいないことを確かめる。

 その間に、個体は倉庫の出口とは反対側へ移動していた。

「待ってください!」

 湊が呼びかける。

 個体は一度だけ振り返った。

「ここには、もう来ないのか?」

「分からない」

 それだけ言うと、資材の陰へ姿を消した。

 隊員たちは周辺を確認したが、個体を発見することはできなかった。

     *

 調査終了後、倉庫の設備は一時的に停止された。

 機械の異常については、管理会社が専門業者に調査を依頼することになった。

「個体が現れた時間と設備の異常は重なっています。ただし、それだけで原因と判断することはできません」

 隊長は報告書にそう記した。

「現場にいた個体は、何かを探していたようでしたね」

 湊が言う。

「以前の資材置場でも同じような行動をしていた。だが、目的は分からない」

「何を作っているのかも、まだ話してくれません」

「本人が話さない以上、こちらから決めつけることはできない。ただし、管理区域への侵入や設備への影響は別の問題だ」

 湊は頷いた。

 相手の目的が分からないことと、現場の安全を守ることは、別々に考えなければならない。

     *

 財閥の研究施設では、倉庫から提出された映像が分析されていた。

「今回の映像では、金属部品が浮いている」

「はい。ただし、以前確認した個体と同一かどうかは判断できません」

「設備の停止については?」

「原因は不明です。個体の能力によるものか、設備自体の異常なのか、現時点では区別できません」

 研究員は別の資料を開いた。

 そこには、特殊生命体の組織を利用した装備開発の進捗が記されていた。

「こちらの試験は?」

「細胞反応に個体差があります。特定の反応を再現できる段階には至っていません」

「人体への適用は?」

「安全性の確認が終わっていません」

 責任者は画面を見た。

「研究を止める必要はない。だが、結果を急ぐな」

「分かりました」

 研究員は資料を閉じた。

 別の端末には、管理対象の状態を示す一覧が表示されている。

 その中には、外部への情報共有が制限されている項目もあった。

 研究員は一覧を確認した後、端末を切り替えた。

     *

 灯里は、父親の古い研究資料を整理していた。

 最近の現場で確認された金属の移動や、設備の異常。

 それらを過去の研究記録と比較しても、明確な一致は見つからない。

 ただ、父親の資料には、能力の発現と周囲の環境について記された部分があった。

 灯里はそのページを読み返した。

 能力が現れたという事実だけでは、その個体が何をしようとしているのかは分からない。

 反対に、何かが起きたからといって、その個体が意図的に起こしたとも限らない。

 彼女は資料の端に残された日付を確認した。

 十年前。

 現在の研究資料に記された日付とは、かなりの隔たりがある。

 その間に何が行われていたのか。

 父親が何を知り、どこまで反対していたのか。

 まだ答えは見つからない。

 灯里は資料を閉じ、別の記録への閲覧申請を送った。

     *

 夜。

 湊は帰宅途中、駅から少し離れた公園の前を通った。

 ベンチの近くに、小さな人影が立っている。

 見覚えのある姿だった。

「こんばんは」

 湊が声をかける。

 森で初めて出会って以来、何度か話をしてきた小さな人型の個体だ。

 個体は湊を見た。

「春日湊」

「覚えてくれているんですね」

「覚えている」

 個体は公園の外を見た。

 そこでは、清掃作業員が落ち葉を集めていた。

「人間は、何度も同じ場所を掃除する」

「落ち葉はまた落ちてきますからね」

「なくならないのに?」

「全部なくすのが目的じゃないんです。歩く場所を使いやすくするためですよ」

 個体は作業員の動きを見ていた。

「終わっても、また増える」

「そうですね。でも、また掃除する人がいます」

「なぜ?」

「そこを使う人がいるからじゃないですか」

 個体は少し考えた。

「必要だから?」

「そういうこともあります」

 湊は公園の入口に目を向けた。

 作業員は集めた落ち葉を袋に入れ、次の場所へ移動していた。

「人間は、同じことを繰り返すんですね」

「そうですね。全部が一度で終わるわけじゃないですから」

 個体は湊を見た。

「お前も?」

「僕も?」

「守ることを繰り返すのか」

 湊は少し考えた。

「そうなることもあります。守れたと思っても、次に別の危険が起きるかもしれませんから」

「終わらない」

「必ずしも終わるとは限りませんね」

 個体はしばらく黙っていた。

 やがて、公園の外へ歩き出す。

「もう行くんですか?」

「見るものがある」

「そうですか。気をつけて」

 個体は返事をしなかった。

 ただ、少し進んだところで一度だけ振り返り、そのまま夜の街へ消えていった。

     *

 地下研究施設。

 番号00の生命維持装置では、神経活動の測定が続いていた。

 研究員は前回までの記録と現在の数値を比較する。

「反応の間隔が、さらに短くなっています」

「身体の動きは?」

「現時点では確認できていません」

「映像記録を継続しろ。変化があればすぐに報告する」

「はい」

 研究員は画面を切り替えた。

 装置の中に横たわる身体は、依然として目を閉じている。

 しかし、測定画面には、これまでとは異なる波形が少しずつ増えていた。

 十年間変わらなかった状態は、確実に変化し始めている。

 それが何を意味するのか、まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。