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新種族とアンカー  作者: 亀


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第三十四章 動き出すもの

 山間部にある資材置場で、奇妙な現象が報告された。

 夜間、誰も操作していないはずの金属部品が、一定の場所に集まっていたという。

 管理会社の担当者は、最初は風や動物の仕業だと考えていた。

 しかし、翌朝確認すると、部品の配置が前日とは明らかに変わっていた。

 さらに、監視カメラには金属片が地面から浮き上がる映像が残されていた。

 特殊緊急防衛隊は、現場の調査を決定した。

     *

「場所は以前、長腕の個体が出現した資材置場に近いですね」

 移動中、隊員が地図を見ながら言った。

「同じ個体とは限らない。現場で確認する」

 隊長はそう答えた。

 湊は窓の外を眺めていた。

 以前出会った灰色の皮膚を持つ個体。

 あれから何度か接触したが、結局、何を作ろうとしているのかは分からないままだった。

 ただ、金属部品を集める行動は続いている。

「完成したんでしょうかね」

 湊が呟いた。

「何がだ?」

「以前、あの個体が作っているものです。少しずつ動くようになったと言っていました」

「完成していたとしても、それが何なのか分からない以上、警戒は必要だ」

「そうですね」

 車両が現場に到着した。

     *

 資材置場の管理者から説明を受けた後、防衛隊は敷地内へ入った。

 現場には、鉄板や金属製の棒、古い機械部品などが置かれていた。

 その一角に、奇妙な空間ができていた。

 周囲の金属部品が、中央の一点を避けるように配置されている。

「誰かが並べたようにも見えますね」

「しかし、管理者は人が触れていないと言っていた」

 湊は地面に残された跡を確認した。

 そこには、何かを引きずったような痕跡があった。

 だが、何を動かした跡なのかは分からない。

「こちらに反応があります」

 隊員の声が聞こえた。

 資材置場の奥。

 積み重ねられた金属板の向こうに、人影があった。

 細長い腕と、灰色の皮膚。

 以前から接触している個体だった。

「また会いましたね」

 湊が声をかける。

 個体は手を止めた。

「春日湊」

「ここで何をしているんですか?」

「作っている」

「以前の続きですか?」

「そうだ」

 個体の足元には、いくつもの金属部品が置かれていた。

 その中央には、組み合わされた部品の一部が見える。

 以前よりも形になっているようだった。

 しかし、それが何なのかはまだ分からない。

「動くようになったんですか?」

「少し」

 個体は腕を伸ばした。

 金属片がゆっくりと浮き上がる。

 複数の部品が接近し、互いに組み合わさった。

 しばらくすると、中央の構造物がわずかに動いた。

 カタ、と小さな音がする。

 だが、すぐに止まった。

「止まりましたね」

「足りない」

「また何かが足りないんですか?」

「そうだ」

「何が足りないのか、まだ分からない?」

「分からない」

 個体は動かなくなった構造物を見つめていた。

 湊は少し離れた場所からそれを眺めた。

「それを動かして、何をするつもりなんですか?」

 個体は答えなかった。

 しばらくして、ようやく口を開いた。

「動かしたい」

「動かすこと自体が目的なんですか?」

「まだ分からない」

 湊はその言葉を聞き、質問を続けるのをやめた。

 個体自身にも、まだ説明できないことがあるのかもしれない。

 そのとき、別の隊員が声を上げた。

「隊長、周囲の部品が動いています!」

 金属板の一部が浮き上がっていた。

 個体の腕は動いていない。

 しかし、周囲の金属が少しずつ位置を変えている。

「いったん距離を取れ!」

 隊長が指示した。

 湊も後退する。

 金属板は空中で揺れた後、地面に落ちた。

 大きな音が響く。

 個体はその場から動かなかった。

「今のは、あなたが動かしたんですか?」

「違う」

「では、何が起きたんですか?」

「分からない」

 個体は自分の腕を見た。

 そして、足元の構造物へ視線を戻した。

 その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。

 隊長が湊に指示を出す。

「対象との距離を保て。周辺の金属部品にも近づくな」

「了解しました」

 防衛隊は現場の安全を確認しながら、監視を続けた。

 やがて個体は、構造物の周囲にあった部品を地面に戻した。

「今日は、もう終わりですか?」

 湊が尋ねる。

「続ける」

「ここで?」

「分からない」

 個体は立ち上がった。

 そして、資材置場の外へ歩き始めた。

「そこにあるものは、管理会社の所有物です。持ち出さないでください」

「持っていかない」

「分かりました」

 個体はそのまま敷地の外へ出ていった。

 湊たちは追跡しなかった。

 残された構造物は、その場に置かれたままだった。

     *

 調査の結果、構造物に使用されていた金属部品の一部は、資材置場の所有物だった。

 管理者は、以前から部品の配置が変わっていたことを確認していたが、持ち出されたものはないと説明した。

 ただし、いつ、誰が、どのように移動させたのかは分からなかった。

「対象が組み立てていたものは、何かの機械でしょうか」

 隊員が映像を確認しながら尋ねた。

「現段階では分からない。機械として機能するのかどうかも不明だ」

 隊長は報告書をまとめた。

「今回、対象は直接攻撃していない。しかし、周囲の金属が予期せず動いた。次回も同じ場所で作業するとは限らない。管理会社には敷地の管理を徹底させろ」

 湊は報告書に、個体が話した言葉を記録した。

 ――動かしたい。

 その言葉の意味は、まだ分からなかった。

     *

 一方、財閥の研究施設では、別の研究が進んでいた。

 研究員たちは特殊生命体から採取した組織の分析結果を確認していた。

「細胞の構造は、以前の試料と同じ特徴を持っています」

「人体の細胞との適合性は?」

「一部の反応は確認できています。ただし、長期間の影響については分かっていません」

「細胞の変化は?」

「試験環境によって異なります。一定の方向に変化するとは限りません」

 研究責任者は資料をめくった。

「人体への応用を進める場合、どの程度の量が必要になる?」

「現段階では算出できません。個体ごとの差もあります」

「個体差か……」

 責任者は別の画面を開いた。

 そこには、防衛隊が使用している補助装備の改良計画が表示されていた。

「まず装備の改良を優先しろ。人体への応用は、必要なデータが揃ってから判断する」

「了解しました」

 研究員は資料を保存した。

 その画面には、人体への適用に関する試験項目がいくつも残されていた。

 まだ実施されていない項目もあれば、すでに結果が記録されている項目もある。

 研究の全体像を把握している者は、施設内にも多くなかった。

     *

 灯里は、父親の資料を読み返していた。

 最近、特殊生命体の能力について調べる機会が増えている。

 しかし、財閥の研究資料を確認するたびに、疑問も増えていた。

 現在の研究者たちは、能力を測定し、再現し、利用することを目的としている。

 それ自体は研究として理解できる。

 だが、父親の記録には、能力の数値や利用方法よりも、個体が何をしているのかという観察が多く残されていた。

 灯里は古い資料を開いた。

 そこには、父親が書いた一文があった。

『同じ能力を持つことと、同じものを求めることは違う』

 灯里はその文章を見つめた。

 能力が似ているからといって、同じ目的を持つとは限らない。

 そして、同じ種族だからといって、同じ未来を選ぶとも限らない。

 彼女は最近の目撃記録を並べた。

 攻撃する個体。

 人間を観察する個体。

 何かを探す個体。

 何かを作ろうとする個体。

 どれも、同じ説明では理解できない。

 灯里は新しい記録を保存した。

     *

 夜。

 森の近くにある建物の屋上に、小型の人型個体がいた。

 遠くに街の明かりが見える。

 個体は、建物の下を歩く人間たちを眺めていた。

 そのとき、近くの道路に一台の車が停まった。

 車から降りた人間が、荷物を持ち上げようとしていた。

 しかし、荷物は重いらしく、何度か持ち直している。

 少し離れた場所から、別の人間が近づいた。

 二人は短く話した後、一緒に荷物を運び始めた。

 個体はその様子を見ていた。

 しばらくして、二人は別々の方向へ歩いていった。

 個体はその場を離れようとした。

 そのとき、遠くから声が聞こえた。

「おい、そっちは危ないぞ!」

 人間の一人が、道路を横切ろうとした子供に声をかけていた。

 子供は立ち止まり、車が通り過ぎるのを待った。

 個体はその光景を見つめた。

 そして、以前湊が話していた言葉を思い出した。

 守る。

 まだ、その意味は分からない。

 だが、人間は何かを止めたり、誰かに声をかけたりする。

 その行動が何につながるのか、個体にはまだ理解できなかった。

     *

 地下研究施設。

 生命維持装置の前で、研究員が記録を確認していた。

「生命活動の数値が安定しています」

「前回の変化から、どのくらい経過した?」

「約九時間です」

「変化の間隔が延びたのか?」

「一時的な変動かもしれません。まだ判断できません」

 責任者は容器の中を見た。

 身体は静かに横たわっている。

 その手は、以前と同じ位置にあった。

 しかし、計測機器には新しい反応が記録されている。

「引き続き観察しろ」

「はい」

 研究員は端末に記録を入力した。

 画面の隅には、十年前の事故記録への参照リンクが表示されていた。

 その資料は、現在も閲覧制限がかかったままだった。

 誰も、それを開かなかった。

 透明な容器の中で、眠り続ける身体の生命活動は、静かに変化していた。

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