↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新種族とアンカー  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/50

第三十二章 残された空白

 特殊緊急防衛隊に、新しい任務が与えられた。

 今回の場所は、市街地から離れた山間部にある旧工業施設だった。

 十年以上前に閉鎖された施設で、現在は管理会社が定期的に敷地を確認している。

 その管理会社から、建物内部の設備が何度か作動しているという報告が届いていた。

「電源は切られているはずなのに、夜間に照明が点灯したり、機械の音が聞こえたりするそうです」

 隊員が資料を説明した。

「侵入者の可能性は?」

「管理会社が確認しましたが、人間の侵入を示す痕跡は見つかっていません」

「特殊生命体の目撃情報は?」

「直接の目撃はありません。ただ、建物の外壁に黒い線のようなものが現れたという報告があります」

 湊は写真を確認した。

 壁面には、細い黒色の線が何本も走っている。

 以前、旧研究施設で確認されたものと似ているようにも見えた。

「同じ現象でしょうか」

「まだ分からない。現場で確認する」

 隊長は資料を閉じた。

     *

 旧工業施設は、山に囲まれた場所にあった。

 建物の周囲には雑草が生い茂り、入口には立入禁止の表示が残されている。

 管理会社の担当者が防衛隊を出迎えた。

「設備の電源は、数年前から完全に切っています。建物の中に電気が流れる理由はありません」

「最後に確認したのはいつですか?」

「三日前です。そのときは何もありませんでした」

 隊長は隊員を二つの班に分けた。

 湊は二人の隊員とともに、建物の内部を調査することになった。

 扉を開けると、古い機械と配管が並んでいた。

 床には埃が積もっている。

 しかし、その一部に不自然な跡があった。

「誰かが歩いたような跡があります」

 隊員がしゃがみ込む。

「足跡ですか?」

「形がはっきりしません。埃が部分的に消えています」

 湊は周囲を確認した。

 壁には、外から報告されていた黒い線があった。

 線は壁面を横切り、機械の裏側へ続いている。

「この先を確認します」

 三人が慎重に進んだ。

 そのとき、建物の奥から低い機械音が聞こえた。

 電源が切られているはずの装置が、ゆっくり動いていた。

「停止している設備ではなかったのか?」

「管理会社の説明では、そのはずです」

 湊は装置に近づかず、周囲を確認した。

 機械の表示板には数字が浮かんでいた。

 しかし、その数字は一定せず、短い間隔で変化している。

「触らない方がいいですね」

「ああ。まず映像を記録する」

 隊員がカメラを向けた。

 その直後、装置の前に影が現れた。

 人間のような輪郭だった。

 影は機械に近づき、表面に手を伸ばした。

 すると、表示板の数字が一斉に変化した。

「対象を確認!」

 隊員が声を上げる。

 影はゆっくりと振り返った。

 顔ははっきり見えない。

 身体の輪郭も、周囲の暗闇に溶け込むように不明瞭だった。

「動くな!」

 隊員が警告する。

 影は一瞬だけ動きを止めた。

 しかし、攻撃する様子はない。

 その手が機械から離れると、表示板の数字は再び不規則に変化し始めた。

「何をしているんだ……?」

 湊が呟いた。

 影は答えなかった。

 次の瞬間、建物の照明が一斉に点灯した。

 隊員たちは反射的に目を閉じる。

 再び目を開けたとき、影は消えていた。

「追跡しますか?」

「待て。まず周囲の安全を確認する」

 隊長の指示が無線から届いた。

 湊たちは装置から距離を取り、建物内部の異常がないか確認した。

 設備は停止していた。

 しかし、表示板には最後まで数字が残っていた。

     *

 調査終了後、防衛隊は現場の映像を分析した。

「影が触れた直後に、装置の数値が変化しています」

「装置そのものを操作したのか?」

「断定できません。接触と数値変化には時間的な関連がありますが、内部で何が起きたのかは分かりません」

「外部からの電力供給は?」

「確認中です。現時点では、通常の電源経路から電気が供給された形跡はありません」

 隊長は映像を止めた。

「原因を特定するまでは、施設を使用させない。管理会社にも立入禁止を徹底させろ」

「了解しました」

 湊は画面に映る影を見ていた。

 以前、壁に触れていた人影と似ている。

 しかし、同じ個体なのかは分からない。

 それに、今回の影が装置に触れた理由も不明だった。

 ただ、ひとつ気になったことがある。

 影は装置に触れた後、こちらを見ていた。

 あのとき、何を考えていたのだろうか。

     *

 財閥の研究施設では、旧工業施設の映像が共有されていた。

「この個体の行動について、過去の記録と照合しました」

 研究員が報告する。

「一致した特徴はあるか?」

「身体の輪郭と壁面への接触行動に共通点があります。ただし、映像の解像度が低く、同一個体かどうかは判断できません」

「設備への影響は?」

「接触後に計測値が変化しています。しかし、能力によるものか、装置側の異常が先に発生していたのかは分かりません」

 上司は映像を繰り返し再生した。

「過去の研究記録には、このような行動はあったか?」

「一部に似た記述があります。ただし、該当資料の閲覧権限がありません」

「誰が管理している?」

「研究管理部門です」

 上司は画面を閉じた。

「閲覧申請を出せ。必要な資料を確認する」

「分かりました」

 研究員は端末を操作した。

 申請画面には、十年前の研究記録が表示された。

 その中には、現在の研究員たちが知らない情報が残されている可能性があった。

     *

 灯里もまた、旧工業施設の報告を受け取っていた。

 彼女は施設名を見た瞬間、手を止めた。

 父親の古い研究資料に、同じ施設名が記載されていたからだ。

 灯里は保存していた資料を開いた。

 十年前の施設一覧。

 その中には、現在の工業施設だけでなく、研究施設や医療施設の名前も並んでいる。

 今回の施設には、研究内容を示す欄がなかった。

 削除されたのか、最初から記録されていないのかも分からない。

「また、この施設……」

 灯里は父親の手書き資料を確認した。

 そこには、短い記述が残されていた。

『個体が周囲に触れることで、何らかの変化が起きる可能性がある』

 その下には、別の文章が続いていた。

『変化が起きたことと、変化を起こそうとしたことは、同じではない』

 灯里は文章を読み返した。

 父親は、観測された結果だけで個体の意図を決めないようにしていた。

 今回の影も、機械を動かそうとしていたのか。

 それとも、何かを確かめようとしていたのか。

 あるいは、ただ触れただけなのか。

 映像だけでは判断できない。

 灯里は研究管理部門に資料閲覧を申請した。

 しかし、画面には以前と同じ表示が出た。

 <PRIVATE_PERSON>限された資料です。

 理由の説明はなかった。

 灯里は端末を閉じた。

 父親が残した記録には、まだ多くの空白がある。

 そして、その空白を誰かが意図的に残している可能性もあった。

     *

 夜。

 特殊緊急防衛隊の訓練施設では、新型補助装備の試験が行われていた。

 湊は腕部の装置を装着し、指定された重量物を持ち上げる。

 以前よりも少ない力で持ち上げられた。

「負担は軽減されていますね」

 研究員が記録する。

「ただ、動きを止めるときに少し遅れます」

「急停止時の反応ですね。まだ調整が必要です」

「実際の現場で使うなら、そこが気になります」

「分かっています。データを集めて改善します」

 湊は装備を外した。

「これを使う人には、どこまで分かっているんですか?」

「装備の基本的な性能と注意事項は説明しています」

「身体への影響についても?」

 研究員は少し間を置いた。

「現在確認されている範囲は説明しています」

「まだ分からないこともあるんですよね」

「すべての影響を確認できているわけではありません」

 湊は装備を見た。

「だったら、分からないこともちゃんと伝えてください」

 研究員は返事をしなかった。

 湊は訓練場を出た。

     *

 地下研究施設。

 生命維持装置の前で、研究員が記録を確認していた。

「反応間隔が、さらに短くなっています」

「数値の安定性は?」

「一部に変動があります。ただし、生命活動に相当する反応は維持されています」

「身体の変化は?」

「確認できません」

 責任者は容器の中を見た。

 横たわる身体は、十年前とほとんど同じ姿を保っている。

 しかし、装置の数値は明らかに変化していた。

「引き続き観察しろ」

「はい」

 研究員が端末に記録を入力する。

 そのとき、モニターの波形が一瞬だけ大きく揺れた。

「今の反応は?」

「確認します」

 研究員は計測機器を調べた。

 数秒後、波形は再び安定した。

 装置の中では、何も起きていないように見えた。

 ただ、閉じられたままの瞼の奥で、何かが少しずつ変化していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。