第二十六章 守る理由
防衛隊本部の訓練場に、数人の隊員が集まっていた。
前回の現場で使用された新型装備について、追加の訓練が行われることになったためだ。
装備を管理する研究員が、端末を操作しながら説明する。
「今回は、瞬間的な出力を上げる操作と、作動を停止させる操作を重点的に確認します。特に、連続使用後の身体への影響には注意してください」
「前回の装備よりも負担が大きいんですか?」
隊員の一人が尋ねた。
「現時点では、使用条件によって異なります。出力を上げれば、それだけ身体への負担も増加する可能性があります」
「結局、使いどころを考えないといけないわけか」
「その通りです」
湊は装備を装着した。
腕を曲げ、伸ばし、ゆっくりと身体を動かす。
以前よりも力が伝わる感覚はある。
しかし、動作を急に止めると、わずかな遅れが生じた。
「どうだ?」
隊長が尋ねる。
「力は出ます。でも、動きを止めるときに少し違和感があります」
「無理に出力を上げるな。現場では、必要なときだけ使えばいい」
「分かりました」
訓練はその後も続いた。
隊員たちはそれぞれ装備の特性を確認し、動作の違いを記録していく。
全員が同じように扱えるわけではなかった。
ある隊員は高い出力を出せたが、短時間で腕に痺れが生じた。
別の隊員は出力こそ低かったものの、安定した動作を維持できていた。
装備の性能だけで、現場での有用性を判断することはできなかった。
*
訓練終了後、湊は装備を返却していた。
そこへ、同じ班の隊員が近づいてきた。
「お前、最近あの人型の個体とよく話しているらしいな」
「森で会った個体のことですか?」
「ああ。隊内の記録にも何度か出ている」
「たまたま会うことが多いだけですよ」
「向こうはお前を覚えているんだろ?」
「はい。名前も覚えてくれています」
隊員は少し考えた。
「それで、あいつは人間に危害を加えないのか?」
「今まで僕が会ったときは、攻撃してきませんでした」
「それは、お前に対してだけかもしれない」
「そうですね」
湊は否定しなかった。
「ほかの場所で何をしているかまでは分かりません」
「だったら、信用するのは危険じゃないか?」
「信用しているわけではありません」
湊は装備の固定具を外しながら答えた。
「ただ、話をしたことがあるだけです」
隊員は少し意外そうな顔をした。
「話をすることと、信用することは違うのか」
「違うと思います。相手が何を考えているのか分からないなら、分からないまま接するしかないですから」
「……まあ、そうだな」
隊員はそれ以上何も言わなかった。
湊も、自分が相手のことを理解できているとは思っていなかった。
ただ、会話を続けることはできる。
それだけだった。
*
数日後、湊たちは住宅地の近くにある公園へ向かった。
公園の管理者から、夜間に設備の異常が確認されたと連絡があったためだ。
遊具の一部が変形し、近くの照明設備も破損していた。
「現場には人がいない時間帯だったそうです」
隊員が報告する。
「防犯カメラは?」
「照明設備の故障で、該当する時間帯の映像が一部記録されていません」
「原因は分かっていないということか」
「はい」
湊は遊具の周囲を確認した。
金属製の支柱が曲がっている。
その近くには、小さな金属片が落ちていた。
「これも撮影しておきます」
湊が端末を取り出したとき、公園の奥から人影が現れた。
小柄な人型の個体だった。
森で何度も会った、あの個体である。
個体は湊を見ると、少しだけ立ち止まった。
「春日湊」
「こんにちは。また会いましたね」
「また会った」
個体は周囲を見回した。
「ここは何をする場所だ?」
「公園です。人間が遊んだり、休んだりする場所ですよ」
「遊ぶ?」
「前にも話しましたよね。楽しいことをするんです」
個体は変形した遊具を見た。
「これは、遊ぶものか?」
「そうです。でも、壊れているみたいですね」
「壊れている」
個体は遊具に近づこうとした。
「待ってください。そこは触らない方がいいです」
湊が声をかける。
個体は手を止めた。
「なぜだ?」
「壊れているところに触ると、さらに壊れたり、怪我をしたりするかもしれません」
「怪我」
「身体が傷つくことです」
個体は自分の手を見た。
「人間は、身体が傷つくと困るのか?」
「そうですね。痛いですし、動けなくなることもあります」
「お前も?」
「僕もです」
個体は少し考えた。
「お前は、弱いと言われていた」
「そうですね。以前、そう聞かれました」
「弱いのに、守るのか?」
湊はすぐには答えなかった。
公園の向こうでは、隊員たちが遊具の状態を確認している。
「守れるかどうかは、強さだけで決まらないと思います」
「なぜだ?」
「強くても、誰かを守ろうとしなければ、守ることにはならないからです」
個体は湊を見た。
「守ろうとする」
「はい」
「それは、必要なのか?」
「僕にとっては必要です」
個体はしばらく黙っていた。
やがて、変形した遊具から離れた。
「分からない」
「すぐに分からなくても大丈夫ですよ」
「お前は、分からないことが多いのか?」
「多いですよ。僕も知らないことばかりです」
個体は少しだけ首を傾けた。
「人間も、知らないのか」
「もちろんです」
そのとき、隊員の一人が湊を呼んだ。
「春日、こちらを確認してくれ!」
「今行きます!」
湊が振り返る。
再び個体に目を向けたとき、個体はすでに公園の出口へ歩き始めていた。
「また会ったら話しましょう」
湊が声をかける。
個体は振り返らなかった。
ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
*
防衛隊の調査では、遊具の破損原因は特定できなかった。
金属の変形は確認できたものの、特殊生命体の能力によるものだと判断できる証拠はなかった。
公園は安全確認が終わるまで、一部の遊具の使用を停止することになった。
湊は報告書を作成しながら、個体との会話を思い返していた。
あの個体は、守るという言葉に興味を持っていた。
しかし、それを理解したわけではない。
理解できないからといって、何かを拒絶しているわけでもなかった。
*
同じ頃、財閥の研究施設では、防衛隊から回収された装備の使用記録が分析されていた。
「使用者によって、出力と身体への負担にかなりの差があります」
「個体差ということか?」
「それだけではありません。使用者の動作や判断によっても変化しています」
「身体強化試薬との組み合わせは?」
「まだ実験段階です。装備との併用による影響は確認できていません」
責任者は記録を見た。
「人体への適用試験を急ぐ必要がある」
「安全性が十分に確認されていません」
「分かっている。だからこそ、検証を進める」
研究員は画面を見つめた。
「対象となる隊員への説明は、どこまで行うのでしょうか」
「必要な情報は提供する」
「長期的な影響については?」
「まだ分からないものを、確定した情報として説明することはできない」
責任者の言葉に、研究員は反論しなかった。
確かに、未知の影響を正確に説明することはできない。
しかし、分からないことがあると伝えることはできる。
研究員はその点について、まだ納得していなかった。
*
夜。
小柄な個体は、公園から少し離れた場所にいた。
人間たちの姿が見える。
何人かが公園の周囲を歩き、壊れた遊具を確認している。
その中に、湊の姿はなかった。
個体は昼間の会話を思い出した。
強いこと。
守ること。
身体が傷つくこと。
それらは、まだ一つにつながらない。
個体は自分の手を見つめた。
この身体には、何ができるのだろう。
何を必要としているのだろう。
答えはまだなかった。
個体は公園から目を離し、暗い道の向こうへ歩き出した。




