第二十四章 選ばれた手段
特殊緊急防衛隊の訓練施設に、新しい装備が運び込まれた。
これまで使用していた関節補助装置とは異なり、今回は腕部と背部を中心に構成された装備だった。
隊員たちの前に立った研究員が、説明を始める。
「今回の装備は、特殊生体組織の構造を参考にして設計されています。従来の補助装置よりも瞬間的な出力を高めることができます」
「どのくらい違うんですか?」
隊員の一人が尋ねた。
「数値上では、従来型を上回っています。ただし、連続使用には制限があります」
「身体への負担は?」
「使用者によって差があります。筋肉や関節への負荷が増える可能性があるため、使用時間を管理してください」
隊長は装備を見た。
「前回の装備でも、急停止時に身体への負担があった。今回も同じ問題があるのか?」
「完全には解決していません。現在も調整中です」
「つまり、性能が上がった分だけ、使い方を間違えれば危険になるということだな」
「その認識で構いません」
研究員は否定しなかった。
湊は装備を手に取った。
見た目はそれほど大きくないが、実際に持ち上げると重量が腕に伝わってくる。
「これを使えば、前より強くなれるんですか?」
「単純に強くなるわけではありません。身体の動きを補助するものです。使用者自身の判断と技術が必要になります」
「なるほど」
湊は装備を戻した。
力が増えることと、危険を減らせることは同じではない。
それは、これまでの現場で何度も経験していた。
*
その日の午後、防衛隊に新しい出動要請が入った。
郊外の道路で、複数の車両が急停止したという。
事故は起きていなかったが、道路脇の金属製防護柵が変形していた。
目撃者によれば、道路の向こう側に人型の影が立っていたらしい。
「また金属を操る個体か?」
移動中の車内で隊員が言った。
「まだ分からない。映像も不鮮明だ」
隊長が答える。
「住民の避難を優先する。道路を封鎖して、対象の位置を確認するぞ」
現場に到着すると、道路はすでに警察によって一部封鎖されていた。
車両は迂回し、周辺の住民も離れ始めている。
湊たちは道路脇を進み、防護柵の変形した場所を確認した。
金属製の柵は、内側に押し曲げられたような形になっていた。
「外から衝撃を受けた跡に見えます」
「周囲を確認しろ。まだ近くにいる可能性がある」
隊長の声が無線に流れた。
そのとき、道路の反対側で何かが動いた。
暗い色の身体。
腕の周囲が大きく膨らみ、表面には硬い模様が浮かんでいる。
湊は足を止めた。
以前、道路で隊員たちを攻撃した個体に似ていた。
しかし、同じ個体かどうかは分からない。
「対象を確認。全員、距離を取れ」
隊員たちが装備を構える。
暗色の個体は防衛隊を見た。
次の瞬間、道路脇に落ちていた金属片が浮き上がった。
「来るぞ!」
隊員が叫ぶ。
金属片が飛んできた。
湊は新型装備を作動させ、腕を前に出した。
衝撃が装備に伝わる。
身体が後ろへ押されたが、以前よりも強く踏みとどまることができた。
「湊!」
「大丈夫です!」
しかし、次の攻撃は別の方向から来た。
隊員の一人が避けきれず、肩に金属片を受けて倒れた。
「負傷者あり!」
隊長がすぐに指示を出した。
「対象を追うな! 負傷者の救護と周辺住民の安全を優先しろ!」
湊は倒れた隊員のもとへ走った。
装備の動作がわずかに遅れ、足元が不安定になる。
それでも、転倒する前に身体を支えた。
隊員の肩から血がにじんでいる。
「動かせますか?」
「……少し痛む」
「無理に動かさないでください」
救護担当が到着し、負傷者の状態を確認する。
その間に、暗色の個体は道路脇の斜面へ移動していた。
隊員たちは追跡せず、周囲の安全確認を続けた。
個体の姿は、やがて木々の向こうに消えた。
*
現場から戻った湊は、装備を外していた。
腕には軽い痺れが残っている。
「どうだ?」
隊長が尋ねた。
「衝撃には耐えられました。ただ、二回目に動こうとしたとき、少し遅れました」
「装備の反応か?」
「たぶんそうです。身体の動きと完全には合っていません」
隊長は記録を確認した。
「負傷者は?」
「骨に異常がないか、病院で検査しています」
「そうか」
隊長は短く答えた。
「装備の性能が上がっても、現場での判断が追いつかなければ意味がない。次の訓練では、急停止と方向転換を重点的に確認する」
湊は頷いた。
新しい装備を使えば、以前より多くのことができる。
しかし、できることが増えれば、現場で選ばなければならない行動も増える。
その判断を間違えれば、誰かが傷つく。
*
同じ日の夜、財閥の研究施設では、別の実験が進められていた。
透明な容器の中に、特殊生命体から採取された組織が置かれている。
研究員が画面を確認した。
「細胞の反応は安定しています」
「人間の細胞との接触実験は?」
「限定的な条件では反応が確認されています。ただし、長期的な変化は不明です」
「拒絶反応の可能性は?」
「あります。個体差も大きいと考えられます」
責任者は画面を見た。
「それでも、以前より進んでいる」
「はい。ただ、実用化にはまだ時間が必要です」
「防衛隊への装備提供は続けてください。現場データが必要です」
研究員は少しだけ表情を変えた。
「装備の使用による身体的な影響については、すべて報告する必要があります」
「当然です。記録は残してください」
責任者はそう答えた。
しかし、研究員が確認したかったのは、記録を残すかどうかではなかった。
隊員たちに、どこまで説明するつもりなのか。
その質問は、口に出されなかった。
*
数日後、湊は負傷した隊員の見舞いに行った。
病室では、隊員がベッドの上で腕を動かしていた。
「もう大丈夫そうですね」
「まだ少し痛むけどな。あの装備がなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれない」
「そうですね」
「お前も使ったんだろ?」
「はい。衝撃はかなり抑えられました」
「なら、悪い装備じゃない」
隊員はそう言って笑った。
「ただ、使いこなすには時間がかかりそうです」
「それはそうだな。道具が変われば、慣れるまで時間が必要だ」
湊は頷いた。
病室を出ると、廊下の窓から夕方の空が見えた。
人間は道具を作り、身体を補い、できることを増やしていく。
それ自体は悪いことではない。
だが、その道具が何をもとに作られ、どんな影響を持つのか。
使う側が知らないままでいいのかは、まだ答えが出ていなかった。
*
その頃、森の奥では、小柄な人型の個体が木の枝に腰を下ろしていた。
遠くから、人間の声が聞こえる。
複数の人間が何かを運んでいるようだった。
個体はしばらくその様子を眺めていた。
以前、湊と会ったときに聞いた言葉を思い出す。
人間は食べる。
眠る。
働く。
誰かと一緒にいる。
そして、困っている相手を助けることもある。
個体には、まだ理解できないことが多かった。
枝から降りると、地面に落ちていた小さな木の実を拾った。
それを手の中で転がす。
食べる必要があるのかどうかも、まだよく分からない。
個体は木の実を元の場所に置き、森の奥へ歩いていった。
人間の世界には、知らないことがまだ残っている。
そのことを、個体は少しずつ理解し始めていた。




