第二十三章 消えた反応
特殊緊急防衛隊の作戦室に、複数の監視映像が並んでいた。
映っているのは、ここ数週間に各地で確認された人型の生物たちだった。
森の中で姿を見せた小柄な個体。金属を動かす長い腕の個体。壁面を移動する個体。そして、道路で隊員たちを攻撃した暗色の個体。
外見も行動も異なる彼らを、同じ基準で分類することは難しかった。
「今回、確認してほしいのはこっちだ」
隊長が画面を切り替えた。
映し出されたのは、郊外にある小規模な倉庫だった。
「昨夜、警備員から通報があった。敷地内の設備に異常が発生したらしい」
「設備の故障ですか?」
湊が尋ねた。
「最初はそう考えられていた。だが、監視カメラに妙なものが映っていた」
映像が再生される。
倉庫の外壁付近に、ぼんやりとした人影が現れた。
人間よりも少し細い輪郭。頭部と胴体は確認できるが、顔までは分からない。
その影は壁に手を伸ばした。
次の瞬間、壁面の一部が波打つように変化する。
しかし、数秒後には元の状態に戻っていた。
「また壁を変化させる個体か……」
隊員の一人が呟いた。
「同じ個体だと判断するには情報が足りない。現時点では、別の個体として扱う」
隊長はそう言って映像を止めた。
「問題は、その後だ」
別の映像に切り替わる。
今度は倉庫の内部だった。
棚に置かれていた金属製の部品が、わずかに動いている。
床に落ちたわけではない。
誰かが触れた様子もなかった。
「この部品は?」
「倉庫の管理会社に確認した。設備の交換用部品だ。昨夜の時点では、数が合わなくなっていたらしい」
「持ち去られたんですか?」
「そこまでは分からない。監視映像には、部品が動いたところまでしか映っていない」
湊は画面を見つめた。
壁を変化させる影と、動いた金属部品。
同じ時間帯に起きた現象ではあるが、それだけで同一の原因だとは言えない。
「現地で確認する。周辺の住民や警備員の安全を優先しろ」
隊長の指示で、隊員たちは出動準備を始めた。
*
倉庫は住宅地から少し離れた工業区域にあった。
敷地の周囲にはフェンスが設置され、入口には管理会社の担当者が待っていた。
「こちらです。問題があったのは、奥の保管場所です」
担当者の案内で、湊たちは倉庫の内部に入った。
棚には機械部品や交換用の金属板が並んでいる。
いくつかの棚は空になっていたが、担当者によれば、以前から交換作業に使われていた場所らしい。
「なくなったという部品は、ここに置いてあったんですか?」
「はい。ただ、正確には、何個あったかまでは記録していませんでした」
「では、盗難があったとはまだ判断できませんね」
「そうですね。警備員が、夜中に物が動く音を聞いたと言っていました」
湊は棚の周囲を確認した。
床には細かな金属粉が落ちている。
しかし、それが昨夜の現象によるものなのか、以前からあったものなのかは分からなかった。
「隊員は二人一組で周辺を確認。倉庫の外も調べてくれ」
隊長の指示が飛ぶ。
湊は別の隊員とともに、倉庫の裏側へ回った。
そこで、フェンスの近くに不自然な痕跡を見つけた。
地面に細い線が何本も残っている。
何かを引きずったようにも見えるが、途中で途切れていた。
「これ、金属を運んだ跡でしょうか」
「分からない。写真を撮って報告しよう」
湊が端末を取り出したときだった。
フェンスの向こう側で、小さな音がした。
カチ。
続けて、もう一度。
カチ。
二人は同時に振り向いた。
フェンスの向こう、積み上げられた資材の陰に、細長い腕が見えた。
「いたぞ」
隊員が警戒姿勢を取る。
資材の陰から現れたのは、以前から何度か確認されている長腕の個体だった。
灰色の皮膚には細かな模様があり、両腕は人間よりも長い。
その手には、小さな金属片が握られていた。
「待ってください」
湊は隊員を制止した。
個体は二人を見ていた。
逃げようとはしない。
「ここは人間が管理している場所だ」
湊が声をかける。
「知っている」
個体は短く答えた。
「また何か作っているのか?」
「そうだ」
「この部品も、作るために必要なのか?」
「必要だった」
個体は手にしていた金属片を見た。
それから、フェンスの内側に置かれている資材へ視線を向ける。
「それは持ち出したものか?」
「違う」
「本当に?」
「ここにあったものではない」
湊は少し考えた。
「どこにあった?」
個体は答えなかった。
ただ、手にしていた金属片を地面に置いた。
「これは返す」
「それは君のものなのか?」
「違う」
「じゃあ、誰のものだ?」
「分からない」
個体はそう答えると、フェンスの外へ視線を向けた。
「だが、ここには置かない」
湊はその言葉の意味を考えた。
以前、資材置場でも同じように、人間が管理しているものを使わないと判断したことがある。
しかし、今回の部品がどこから来たのかは分からない。
「昨夜、倉庫の中に入ったのか?」
「入った」
予想外に、個体はすぐに答えた。
「何をした?」
「見た」
「何を?」
「動くもの」
個体は長い腕を少し持ち上げた。
「ここには、使えるものがあると思った」
「それで、部品を動かしたのか?」
「動かした」
「持っていったのか?」
「持っていない」
説明は断片的だった。
湊がさらに尋ねようとしたとき、背後から隊長が近づいてきた。
「状況は?」
「この個体は昨夜、倉庫に入ったことを認めました。ただ、部品を持ち去ったとは言っていません」
「侵入した理由は?」
「作るものに必要な部品を探していたようです」
隊長は個体を見た。
「敷地に入ることは許可されていない。次からは入らないようにしろ」
「分かった」
個体はすぐに答えた。
だが、その返事だけで今後も守られるとは限らない。
「倉庫にあるものを勝手に動かすことも駄目だ」
「分かった」
個体はもう一度答えた。
それから、湊に視線を向ける。
「まだ、足りない」
「何が?」
「分からない」
個体はそう言って、資材の間を抜けていった。
隊員たちは追跡しようとしたが、隊長が手を上げた。
「無理に追うな。周辺の安全を確認する」
個体の姿は、すぐに見えなくなった。
*
同じ頃、財閥系研究部門では、倉庫の映像が別の画面に表示されていた。
「対象個体の行動を確認しました」
「金属操作能力は?」
「確認できています。ただし、今回の映像だけでは、どの程度の重量まで操作できるのか判断できません」
「防衛隊との接触は?」
「会話をしています。少なくとも、こちらの言語を理解しているようです」
研究員が記録を切り替える。
画面には、倉庫内部の金属部品が動いた瞬間が表示されていた。
「興味深いですね。単に金属を動かすだけではなく、対象を選んでいる可能性があります」
「能力の制御ですか?」
「まだ分かりません。目的に応じて操作しているのか、周囲の金属に反応しているだけなのかも判断できない」
別の研究員が資料を開いた。
「採取済みの組織サンプルについては、細胞構造の変化が続いています」
「人体への適用は?」
「まだ実施できません。現段階では、拒絶反応や長期的な影響を予測できない」
「分かりました。引き続き分析を進めてください」
責任者は倉庫の映像をもう一度見た。
画面の中で、長い腕が金属片を持ち上げている。
その行動の意味は、まだ誰にも分からなかった。
*
一方、灯里は研究施設の端末で、父親の古い実験記録を確認していた。
今回は、過去の事故記録ではなく、個体の身体構造に関する資料だった。
画面には、複数の個体の観察結果が並んでいる。
同じ種に属する個体でも、身体の構造は必ずしも一致しない。
筋肉に相当する組織の密度、外皮の硬さ、細胞の反応速度。
それぞれに差があった。
灯里は、その中の一つの記述に目を止めた。
『身体の変化は、外部環境への単純な適応だけでは説明できない』
その下には、父親の手書きの補足が残されていた。
『何を必要としているのかを、外側から決めつけてはいけない』
灯里はしばらくその文章を見つめた。
研究者としてなら、個体の能力を測定し、分類し、利用可能性を検討することはできる。
だが、それによって個体が何を望んでいるかまで理解したことにはならない。
端末の画面を閉じようとしたとき、別の資料が目に入った。
倉庫で確認された長腕の個体とは別の記録だった。
そこには、身体の一部を変化させた個体の観察映像が保存されていた。
記録日時は十年前。
しかし、映像の大部分は閲覧制限がかかっていた。
灯里は再びアクセスを試みた。
表示されたのは、以前と同じ警告だった。
『閲覧権限がありません』
灯里は画面を見つめた後、端末から手を離した。
十年前の資料には、まだ見られないものが多すぎる。
それでも、現在起きている異常と、過去の研究が無関係ではないことだけは、少しずつ明らかになっていた。
*
夜。
工業区域から離れた空き地で、長腕の個体は地面に置いた金属片を見ていた。
昼間に持っていたものとは別の部品も、周囲にいくつか並べられている。
個体は一つを手に取り、別の部品と重ねた。
うまく合わない。
向きを変える。
それでも、合わない。
長い指が金属の表面をなぞった。
個体はしばらく考えた後、部品を離した。
まだ足りない。
それは分かっている。
だが、何が足りないのかは、まだ分からなかった。
個体は地面に並べた金属片を見下ろす。
そして、その中の一つを拾い上げた。
今度は、ほんのわずかに動いた。
小さな振動だった。
個体は手を止める。
動いたものを見つめ、もう一度同じ操作を試した。
金属片は、再びわずかに震えた。
個体はそれ以上何もせず、しばらくその場に座っていた。
まだ完成していない。
それでも、以前とは違う反応があった。
個体は金属片を手元に置き、夜の空を見上げた。
その目的を知る者は、まだいなかった。




