第十九章 守る側の代償
特殊緊急防衛隊の訓練施設に、新しい装備が運び込まれた。
これまで使用していた関節補助装置とは異なるものだった。
外見は通常の防護服に近いが、背中と両腕の部分に追加の機構が取り付けられている。
「これが新型ですか?」
湊は装備を眺めた。
「そうだ。研究部門から提供された試験用装備だ」
隊長が説明する。
「以前の補助装置より重そうですね」
「実際に重い。だが、出力は上がっているらしい」
隣にいた隊員が装備の腕部分を持ち上げた。
「らしい、ということは、まだ十分に試していないんですか?」
「実戦での性能は確認できていない。今日は訓練で使用感を確かめる」
湊は装備を受け取った。
身体に装着すると、背中の機構が固定される。
腕を動かす。
以前の装備よりも動きに抵抗がある。
「どうだ?」
「動かせます。でも、少し重いですね」
「無理に動かすな。まずは基本動作からだ」
*
訓練が始まった。
隊員たちは、重量物の移動や障害物の突破を試した。
装備を使用すれば、通常より大きな力を出すことができる。
しかし、動作が速くなるほど、装備の反応とのずれが大きくなった。
「停止!」
教官の声が響く。
湊は動きを止めた。
目の前の障害物には触れていない。
だが、腕の装備がわずかに遅れて停止した。
「今の感覚は?」
「止まろうとしたあと、装備が少し動きました」
「慣れるまでは急な動きを避けろ」
「分かりました」
別の隊員は重量物を持ち上げていた。
以前なら複数人で運ぶ必要があったものを、一人で持ち上げている。
「出力は十分だな」
教官が記録を確認する。
しかし、隊員は装備を外したあと、腕を軽く振った。
「どうした?」
「少し、しびれています」
「医療班に確認してもらえ」
訓練は一時中断された。
装備の性能が向上しても、使用者の身体に負担がないとは限らない。
湊は自分の腕を見下ろした。
便利なものが増えるほど、使う側が理解しなければならないことも増えていく。
*
午後、防衛隊に出動要請が入った。
郊外の道路で、車両が突然停止したという。
現場周辺では、複数の金属製品が道路上に散乱していた。
警察からの報告では、道路脇のフェンスも一部破損している。
「特殊生命体の関与が疑われる。現場へ向かう」
隊長の指示で、湊たちは車両に乗り込んだ。
*
現場に到着すると、道路の一部が封鎖されていた。
停止した車両の運転手はすでに避難している。
道路には金属片が散らばり、フェンスの一部が曲がっていた。
「対象はどこですか?」
湊が警察官に尋ねる。
「道路脇の斜面で目撃されています。こちらから確認できたのは一度だけです」
湊は斜面の方を見た。
そのとき、草むらの奥で何かが動いた。
「右側です!」
隊員が叫ぶ。
暗い色の身体をした個体が、斜面から姿を現した。
腕の周囲が膨らみ、表面に不規則な変化が見られる。
以前、道路で防衛隊を攻撃した個体と似ていた。
個体は隊員たちを見た。
次の瞬間、周囲の金属片が浮かび上がった。
「警戒!」
金属片が飛んでくる。
隊員たちは身を伏せた。
湊は新型装備の腕を前に出す。
衝撃が装備に伝わった。
以前の補助装置より強い力で受け止められたが、腕全体に重い負担がかかる。
「ぐっ……!」
「春日、大丈夫か!」
「大丈夫です!」
湊は後ろに下がった。
個体は続けて金属片を動かす。
隊員の一人が防護壁の陰へ移動する際、足を取られて転倒した。
「負傷者を確認しろ!」
隊長の指示が飛ぶ。
湊は倒れた隊員の方へ向かった。
その間にも、個体は金属を動かし続けている。
「住民は?」
「周辺の道路から避難しています!」
「警察と連携して退避を続けろ!」
隊長は隊員たちに指示を出した。
湊は倒れた隊員を安全な位置まで移動させた。
「立てますか?」
「足を少し打っただけだ。動ける」
「無理しないでください」
湊が振り返ると、個体は斜面の上へ移動していた。
攻撃が止まったわけではない。
金属片が地面に落ちる音が続いている。
しかし、個体は防衛隊から距離を取っていた。
「追うな!」
隊長が命じた。
「まずは負傷者と周辺の安全を優先する!」
個体は斜面の向こうへ消えた。
*
現場の安全が確認されたあと、湊たちは車両へ戻った。
転倒した隊員は医療機関で診察を受けることになった。
湊も腕の装備を外した。
装備の表面には、金属片が衝突した跡が残っている。
「新型装備でも完全には防げないか」
隊長が装備を確認した。
「はい。衝撃はかなり強かったです」
「身体への負担は?」
「少しあります。でも、以前の装備よりは受け止められました」
「その違いは記録しておけ」
湊はうなずいた。
「隊長、あの個体は以前と同じでしょうか」
「外見と能力には共通点がある。ただ、同一個体かどうかはまだ分からない」
「今回も、なぜ攻撃してきたのかは分かりませんね」
「ああ。攻撃を受けた事実は記録する。理由を推測だけで決めることはできない」
湊は斜面の方を見た。
あの個体は、何を考えていたのだろう。
こちらを敵だと思っているのか。
それとも、何か別の理由があったのか。
今の自分には判断できなかった。
*
夜、財閥の研究施設。
防衛隊から送られた新型装備の使用データが分析されていた。
「今回の衝撃でも、装備の主要機構に重大な損傷はありません」
「使用者の身体は?」
「腕部に負担が確認されています。継続使用による影響は、まだ評価できません」
「装備の出力を上げれば、さらに防御性能を向上できるか?」
「理論上は可能です。ただし、使用者側の負担も増加する可能性があります」
責任者は画面を見つめた。
「能力をそのまま再現する必要はない。人間が扱える範囲で性能を引き出せ」
「分かりました」
別の研究員が、特殊生命体の組織を用いた実験結果を報告した。
「人体への適応試験については、引き続き準備を進めています」
「まだ実施するな。現在のデータでは判断できない」
研究員はうなずいた。
研究施設の奥では、別の実験が続いていた。
防衛隊に提供される装備と、人体への応用を目指す研究。
どちらも同じ生命技術を出発点としていたが、目的も、必要な安全性の基準も異なっていた。
*
同じ夜、久世灯里は防衛隊の現場映像を確認していた。
今回の個体は、以前にも防衛隊を攻撃した個体と似ている。
しかし、映像だけでは同一個体とは断定できない。
灯里は画面を停止した。
金属片が浮かび上がる直前、個体の腕の表面が変化している。
その部分を拡大しても、詳しい仕組みまでは分からなかった。
彼女は父親の資料を開いた。
そこには、生命機能を外部の技術へ応用する際の注意事項が記されていた。
――能力を利用することは、その個体を理解したことにはならない。
灯里は画面を閉じなかった。
防衛隊は住民を守るために装備を必要としている。
財閥は技術を求めている。
特殊生命体は、それぞれ異なる意思で行動している。
同じ能力を前にしても、見ているものは違う。
灯里は現場映像を保存した。
そして、まだ確認できていない十年前の資料へ視線を移した。




