第十八章 残された痕跡
防衛隊本部に、新たな報告が届いた。
郊外の資材置き場で、保管されていた金属部品が大量に移動しているという。
盗難の可能性も考えられたが、監視カメラには人間の姿が映っていなかった。
映像に残っていたのは、金属部品が床から浮かび上がり、倉庫の奥へ運ばれていく様子だった。
「また、あの長い腕の個体でしょうか」
湊が映像を確認しながら尋ねた。
「可能性はある。以前、同じような場所で金属を集めていた個体だ」
隊長が答える。
「今回は量が多いですね」
「そうだな。所有者にはすでに連絡している。まずは現場の安全を確保する」
湊たちは装備を整え、車両に乗り込んだ。
*
資材置き場は、工業地帯の一角にあった。
周辺には倉庫や工場が並んでいるが、休日のため人通りは少ない。
到着した隊員たちは、警察と協力して敷地内を確認した。
「金属部品の一部がなくなっています」
「破壊された設備は?」
「今のところありません。ただ、保管場所がかなり乱れています」
湊は倉庫の奥へ進んだ。
床には金属片が散らばっている。
その先に、見覚えのある細長い人影があった。
灰色の身体に、長い腕。
以前から金属部品を集めていた個体だった。
「こんにちは」
湊が声を掛ける。
個体は手に持っていた金属板を止めた。
「また来た」
「そうだね。また会ったね」
個体は湊の後ろにいる隊員たちを見た。
「人間が多い」
「今回はここにあるものを確認しに来たんだ」
「これ?」
個体が金属板を持ち上げる。
「それも、ここにあるものだよね」
「使う」
「前にも何かを作っていると言っていたね」
「そう」
「もう完成した?」
個体は金属板を見た。
「まだ」
「何が足りないの?」
「足りないものは、分かった」
湊は少し身を乗り出した。
「じゃあ、今は材料を集めているところ?」
「そう」
「何を作るのか、聞いてもいい?」
個体はしばらく黙っていた。
「動くもの」
「自分で動かすの?」
「違う」
個体は金属板を床に置いた。
「自分で動く」
湊はその言葉を聞いて、以前の会話を思い出した。
自分が使うために作っている。
しかし、まだ何を作ろうとしているのかは分からない。
「それは、君が使うもの?」
「そう」
「危ないものではない?」
「分からない」
その返答に、後ろの隊員が反応した。
「分からないなら、こちらとしても確認が必要だ」
隊員が一歩前へ出る。
個体はその動きを見て、腕を少し持ち上げた。
周囲の金属片が浮かび上がる。
「待って!」
湊が声を上げた。
隊員たちはすぐに警戒姿勢を取った。
浮かび上がった金属片は、しばらく空中に留まっていた。
しかし、個体はそれを誰かに向けることなく、ゆっくり床へ戻した。
「ここにあるものは、人間のもの?」
「そうだ。管理している人間がいる」
「前にも聞いた」
「うん。だから、勝手に持っていかないでほしい」
個体は周囲を見回した。
「分かった」
その言葉のあと、個体は持っていた金属板も床に置いた。
「これは、置いていく」
「いいの?」
「ここにある」
湊はうなずいた。
「ありがとう」
個体は返事をしなかった。
そのまま倉庫の奥へ移動し始める。
「待って。ここから出るなら、そちらの通路を使ってほしい。外には人がいるから」
湊が指した方向を、個体は確認した。
そして、指定された通路へ向かった。
*
個体が敷地の外へ出たあと、隊員たちは倉庫内を確認した。
「今回は攻撃されなかったな」
「はい。ただ、能力を使える状態だったことは確かです」
隊長は床に置かれた金属板を見た。
「所有者に確認して、元の保管場所へ戻してもらおう。こちらで勝手に処分することはできない」
湊は倉庫の奥に残された金属片を見た。
「何を作っているんでしょうね」
「それを知る必要はある。だが、本人が話すまでは分からないこともある」
「そうですね」
「一つだけ確かなのは、あの個体が何かを完成させようとしているということだ」
隊長は記録を端末に残した。
今回の接触では、負傷者も建物の破損も発生していない。
しかし、金属を大量に移動させた事実は変わらない。
今後も同じ行動が続けば、管理者との問題になる可能性がある。
*
同じ頃、財閥の研究施設では、防衛隊から送られた映像が分析されていた。
「対象は金属を複数同時に操作しています」
「操作可能な重量は?」
「正確には分かりません。今回の映像だけでは、対象がどこまでの重量を扱えるか判断できません」
「身体の変化は?」
「腕の表面に変化が見られます。ただし、以前の記録と同じ反応かどうかは確認中です」
研究員は別の映像を開いた。
そこには、特殊生命体の組織から抽出した成分を使った実験結果が表示されていた。
「こちらの試験は?」
「細胞レベルでは反応が続いています。しかし、生体全体に適用できるかは不明です」
「人体への適用はまだ早いな」
「はい。安全性の確認が必要です」
責任者は資料を閉じた。
「引き続きデータを集めろ。防衛隊の装備開発にも使える可能性がある」
研究員はうなずいた。
彼らにとって、個体が何を作ろうとしているかは、単なる観察対象ではなかった。
その身体と能力を、人間の技術に応用できるかどうか。
その可能性を調べることも、研究の目的の一つだった。
*
夜。
久世灯里は、父親の残した資料を整理していた。
今回の個体について、以前の観察記録と照合する。
金属を集める。
何かを作ろうとする。
人間の所有物だと伝えられれば、いったん手放す。
灯里は記録の中に、父親が残した短い文章を見つけた。
――個体が何かを必要とするとき、その必要性を外部から決めつけてはならない。
彼女はその文章を見つめた。
必要としている理由を理解することと、行動をすべて認めることは違う。
今回の個体は、少なくとも人間の所有物について説明を受け、行動を変えた。
それが今後も続くかどうかは分からない。
灯里は記録を保存した。
そのとき、別の画面に未整理の古い研究資料が表示された。
十年前の実験記録。
その中には、まだ開くことのできない資料も残されていた。
灯里は一度画面を閉じた。
今は、目の前で起きていることを確かめなければならない。
*
深夜。
資材置き場から離れた場所で、長い腕を持つ個体は地面に座っていた。
周囲には、どこかから集めてきた小さな金属片が並んでいる。
個体は一つずつ手に取り、形を確かめた。
金属片を組み合わせる。
しかし、うまく固定できない。
いったん分解し、別の位置へ移動させる。
再び組み合わせる。
今度は、わずかに動いた。
個体は手を止めた。
まだ足りない。
完成には至っていない。
それでも、以前よりは目的に近づいていた。
個体は組み上げた金属を見つめ、再び手を伸ばした。




