第十五章 異なる反応
特殊緊急防衛隊の本部に、二つの異なる報告が届いた。
一つは、郊外の道路で発見された人型の個体に関するものだった。
もう一つは、山間部で確認された大型生物の目撃情報だった。
どちらも人的被害は報告されていない。
しかし、行動の特徴は大きく異なっていた。
「郊外の個体は、こちらから接近すると距離を取った。一方、山間部の個体は、接近した隊員に対して威嚇行動を示している」
隊長が二つの報告書を並べた。
「同じ種類の生命体なんでしょうか?」
隊員の一人が尋ねる。
「外見や身体構造に共通点があるという報告はある。ただ、それだけで同じ行動を取るとは限らない」
「対応を統一するのは難しそうですね」
「だからこそ、個体ごとの記録が必要になる」
隊長は山間部の地図を指した。
「今回は、こちらの目撃地点を確認する。住民からの通報では、数日前から山道付近に大型の生物が現れている。付近には作業員もいる。まずは安全を確保する」
湊たちは装備を確認し、車両に乗り込んだ。
*
山道の入口には、警察官と地元の作業員が待機していた。
目撃情報によると、対象は道路脇の斜面に現れ、しばらく周囲を歩いたあと、山の奥へ戻っていったという。
「作業員の方は全員、避難していますか?」
隊長が警察官に確認する。
「はい。今日の作業は中止してもらいました」
「目撃された場所は?」
「この先のカーブを曲がったところです。道路脇の木が何本か倒れているそうです」
「分かった。こちらで確認する」
湊たちは慎重に山道を進んだ。
少し進んだところで、地面に大きな足跡が残っているのを発見した。
足跡は道路から斜面へ続いている。
「かなり大きいですね」
湊がしゃがんで確認する。
「以前の山林で見つかったものと似ているな」
同行する隊員が記録写真を撮影した。
そのとき、斜面の奥から低い音が聞こえた。
全員が動きを止める。
木々の間で、何かが移動していた。
「対象を確認」
隊員が無線で報告する。
現れたのは、以前の山林で目撃されたものに似た大型の生物だった。
身体の一部は硬い外殻に覆われ、背中には不規則な突起がある。
個体は道路上の防衛隊を見つけると、動きを止めた。
「刺激するな。距離を保て」
隊長が指示する。
湊は相手の様子を観察した。
個体はすぐには攻撃してこなかった。
しかし、こちらが一歩進むと、身体を低くした。
「こちらの動きに反応しています」
「分かっている。これ以上近づくな」
隊長は隊員たちに下がるよう指示した。
そのとき、斜面の上から小さな岩が転がってきた。
岩は道路の端に落ちた。
大型個体はそちらを向いた。
そのまま斜面を登り始める。
「移動するぞ」
隊長が言った。
湊は大型個体が向かった先を見た。
倒れた木の近くに、別の影があった。
人間に近い姿だった。
だが、距離があり、細かな特徴までは確認できない。
「隊長、あそこにも何かいます」
「確認できるか?」
「人影のように見えます」
大型個体はその影の近くで止まった。
二つの影はしばらく動かなかった。
やがて、人型の影が木々の奥へ移動する。
大型個体も、その方向へ歩き出した。
「追跡するか?」
隊員が尋ねる。
隊長は周囲を確認した。
「無理に追うな。斜面の状態も分からない。位置だけ記録しておけ」
「了解」
湊は二つの影が消えた方向を見つめた。
大型個体と人型の個体。
互いに敵対しているようには見えなかった。
しかし、仲間なのかどうかも分からない。
*
現場から戻った防衛隊では、撮影された映像の確認が行われていた。
「二つの個体が同時に確認されたのは初めてか?」
「記録上はそうです。ただし、以前から同じ地域にいた可能性はあります」
「行動に関係があるかは?」
「分かりません。片方がもう片方を避けていたようにも見えますし、偶然同じ方向へ移動しただけかもしれません」
技術担当者は映像を止めた。
「少なくとも、外見だけで個体同士の関係を判断するのは危険です」
隊長は頷いた。
「今後、複数の個体が同じ場所で確認された場合は、相互の行動も記録する。こちらの都合で関係を決めつけるな」
湊はその言葉を聞きながら、山道で見た二つの影を思い出していた。
これまでに出会った個体は、それぞれ違う行動を取っていた。
人間に興味を持つものもいれば、何かを作ろうとするものもいる。
人間から離れようとするものもいれば、攻撃してくるものもいる。
それぞれが何を考えているのかは、まだ分からない。
*
同じ頃、久世灯里は新たに届いた山間部の映像を確認していた。
大型個体と人型個体が同じ場所にいたという報告。
彼女は映像を何度か再生した。
大型個体は人型の影に向かって攻撃していない。
人型の影も、大型個体から逃げているようには見えなかった。
「同じ場所にいたからといって、関係があるとは限らない……」
灯里は映像を保存した。
父親の資料には、個体同士の関係について詳しい記録がほとんど残っていない。
それぞれの個体が独立した意思を持つという考え方は繰り返し記されていた。
だが、独立していることと、他の個体と関わらないことは違う。
個体同士が協力することも、対立することもあるはずだった。
灯里はその可能性を記録に加えた。
*
夜。
山間部の奥では、大型の個体が倒木のそばに立っていた。
少し離れた場所には、昼間に確認された人型の個体がいる。
二つの個体は互いに向き合っていた。
人型の個体が一歩近づく。
大型の個体は身体を動かしたが、攻撃はしなかった。
人型の個体は、そのまま近くの地面に手を触れた。
しばらくして、二つの個体は別々の方向へ動き始めた。
同じ場所にいた理由も、互いに何を考えていたのかも、まだ誰にも分からない。
それぞれが、自分の行き先を選んでいた。




