第十三章 守るための力
特殊緊急防衛隊の訓練施設に、新しい装備が運び込まれた。
これまで使用していた通常の防護服とは異なり、身体の各所に補助装置が取り付けられている。
外見は大きく変わらないが、腕や脚の部分には小型の駆動機構が組み込まれていた。
「これが新しい装備ですか?」
湊は装備を見ながら尋ねた。
「研究部門が開発した試作品だ。通常の防護服よりも身体への負担を軽減できるらしい」
隊長が説明する。
「それだけですか?」
「現時点ではな。特殊な能力を直接再現するものではない。まずは現場で使えるかどうかを確認する」
技術担当者が装備の説明を始めた。
「関節部分の補助によって、重いものを持ち上げたり、短時間だけ強い衝撃に耐えたりすることができます。ただし、装着者の身体能力を無制限に高めるものではありません」
「動きにくくなったりしませんか?」
「その点も試験中です。全員に適合するとは限りません」
隊員たちは順番に装備を試した。
腕を曲げる。
膝を動かす。
歩行や軽い走行を行う。
装着した隊員の一人が、少し驚いた様子で腕を動かした。
「確かに、重いものを持ち上げるのは楽ですね」
「ただ、細かい動作には少し違和感があります」
別の隊員は、装備を外しながら言った。
「慣れれば問題ないかもしれませんが、現場で使うなら訓練が必要です」
「そのための試験だ」
隊長は全員の意見を記録させた。
湊も装備を着用した。
歩くと、膝の動きに合わせて補助機構が作動する。
通常よりも軽く感じるが、身体の動かし方には少し気を使った。
「どうだ?」
「思ったより動けます。ただ、急に方向を変えると少し遅れます」
「分かった。記録しておけ」
湊は装備を外した。
これが実際の現場でどれだけ役に立つのかは、まだ分からない。
ただ、これまでの装備では対応が難しかった相手に対して、何らかの対策が必要になっていることは確かだった。
*
同じ頃、研究施設では別の試験が行われていた。
透明な容器の中に、少量の液体が入っている。
担当研究員は、その成分分析結果を確認していた。
「今回の試料は?」
「先日回収された組織片から抽出した成分です。以前の試料と比べて、身体活動に関係する反応が強く出ています」
「人体への影響は?」
「まだ確認できていません。細胞レベルの試験では変化が見られましたが、人間の身体で同じ反応が起きるとは限りません」
「適合する人間がいる可能性は?」
「現段階では判断できません」
研究責任者は資料を確認した。
「防衛隊の装備開発とは別に、人体への応用可能性も調べておけ」
「安全性の評価が必要です」
「分かっている。だからこそ、基礎データを集める」
研究員は返事をした。
試験はまだ初期段階だった。
しかし、研究責任者はその結果に強い関心を示していた。
*
数日後。
湊たちは新しい補助装備を着用し、郊外の道路を巡回していた。
装備はまだ試験運用の段階であり、全員が使用しているわけではない。
湊は腕の動きを確かめながら歩いていた。
「慣れたか?」
隣の隊員が尋ねる。
「少しは。まだ走ると違和感がありますけど」
「俺もだ。これで何でもできると思うなよ」
「分かっています」
そのとき、前方の道路脇から大きな音がした。
金属が地面に落ちるような音だった。
「確認するぞ」
二人は警戒しながら音のした方向へ向かった。
道路脇には、工事用の資材が積まれている。
その一部が崩れ、金属製の部材が道路に転がっていた。
さらに奥で、何かが動いた。
「対象か?」
隊員が構える。
資材の陰から現れたのは、人間に近い形をした個体だった。
身体の表面は暗い色をしており、腕の一部が不自然に膨らんでいる。
個体は二人を見ると、すぐに距離を取った。
「こちら特殊緊急防衛隊。動かずにいてください!」
隊員が呼びかける。
個体は返事をしなかった。
その腕が動く。
道路に転がっていた金属部材が浮き上がり、二人の方へ飛んできた。
「伏せろ!」
湊は身体を横へ投げ出した。
金属部材が地面に衝突し、破片が散った。
隊員はすぐに無線で応援を要請する。
「対象が攻撃してきた。周辺の住民を避難させろ!」
湊は立ち上がり、個体の位置を確認した。
個体はまだ攻撃を続けようとしている。
湊は近くにいた隊員の前へ移動した。
「無理に近づかないでください!」
「分かっている!」
個体の腕が再び動いた。
今度は複数の金属片が同時に浮かび上がる。
湊は新しい補助装備の腕を構えた。
金属片の一つが装備にぶつかり、鈍い音を立てた。
衝撃で身体が後ろへ押される。
「春日!」
「大丈夫です!」
補助装備が衝撃を受け止めたものの、完全には防ぎきれなかった。
湊は腕の痛みを確認した。
骨に異常はなさそうだった。
しかし、装備の表面には傷が残っている。
その間に、個体は資材置き場の奥へ移動していた。
隊員が追跡しようとする。
「待ってください。住民の避難が先です!」
湊は周囲を見た。
道路の向こう側には、まだ数人の住民がいる。
隊員たちは追跡を中断し、住民を安全な場所へ誘導した。
個体はその隙に姿を消した。
*
防衛隊の施設に戻ると、装備の損傷確認が行われた。
「補助機構に問題はない。ただし、想定以上の衝撃を受けている」
技術担当者が報告する。
「装備がなければ?」
隊長が尋ねた。
「負傷の程度はもっと大きかった可能性があります」
湊は腕に巻かれた処置用の包帯を見た。
軽い打撲だった。
「それなら、役には立ったんですね」
「そうだな。ただ、装備があれば必ず安全というわけではない」
隊長は全員を見た。
「今回の件で分かったのは、対象がこちらに対して攻撃する意思を示したということだ。今後は接触時の警戒を強化する」
「対象の目的は分かったんですか?」
湊が尋ねた。
「まだだ。攻撃を受けた以上、危険な存在として扱う必要はある。しかし、なぜ攻撃したのかは別に調べる」
湊は頷いた。
相手が危険であることと、相手の目的を理解することは同じではない。
その二つを混同しないことが重要だった。
*
夜。
久世灯里は、特殊緊急防衛隊の装備試験に関する報告を読んでいた。
そこには、補助機構の開発が進んでいることと、特殊生命体の能力を利用した研究が並行して進められていることが記されていた。
人体への応用については、まだ具体的な情報がない。
しかし、研究の方向性は少しずつ変わっている。
灯里は父親の資料を開いた。
そこには、個体の身体機能についての記録があった。
――生命の機能を利用することと、生命そのものを理解することは同じではない。
灯里はその文章をしばらく見つめていた。
父親が何を危惧していたのか。
まだすべては分からない。
ただ、現在の研究が、父親の考えていた方向から離れていく可能性はあった。
彼女は資料を閉じ、次に調べるべき記録を選んだ。
十年前の事故に関係する資料。
そこへ近づくためには、まだ確認しなければならないことが残っていた。




