第十一章 届かなかった声
特殊緊急防衛隊に、新たな通報が入った。
今度の場所は、市街地にある小さな商業施設だった。
閉店後の駐車場で、建物の外壁が一部破損しているのが見つかったという。
けが人はいなかった。
しかし、防犯カメラには、夜間に駐車場を歩く人影が映っていた。
「人間と同じくらいの大きさだな」
隊長が映像を確認する。
「はい。ただ、途中で映像が乱れています。次の画面に切り替わったときには、姿が消えていました」
「周辺のカメラは?」
「確認中です」
湊は映像を見つめていた。
人影は駐車場の端に立ち、建物を見上げている。
その後、外壁に手を触れたように見えた。
「何かを探していたんでしょうか」
「まだ分からない。破損した部分も調べる必要がある」
隊長は映像を停止した。
「現場に向かう。今回は警察の鑑識にも確認を依頼している。対象の行動と建物の損傷に関係があるか、慎重に調べろ」
「了解しました」
*
商業施設に到着すると、警察官がすでに現場を確認していた。
外壁の一部には、円形に近いくぼみが残っている。
コンクリートが削れたというより、内側から押し出されたような形だった。
「工具を使った跡ではなさそうですね」
湊が近くで確認する。
「鑑識も同じ見方だ。周囲に工具らしいものは落ちていない」
「この部分だけですか?」
「今のところはな」
湊は破損箇所の周囲を見た。
壁の下には細かな破片が落ちている。
その中に、黒っぽい小さなものが混じっていた。
「これは何でしょう」
手を伸ばしかけたところで、同行していた隊員に止められた。
「触るな。採取は鑑識に任せろ」
「あ、すみません」
隊員は無線で鑑識に連絡した。
湊は少し離れた場所から、その破片を観察した。
石にも金属にも見える。
ただ、周囲のコンクリートとは明らかに色が違っていた。
「対象の身体の一部という可能性もある」
隊員が言った。
「そうですね」
「だが、断定はできない。現場の物証として扱う」
湊は頷いた。
そのとき、施設の管理者が警察官に声を掛けた。
「昨夜の映像をもう一度確認したいんですが」
「何か分かったことがありますか?」
「いえ。ただ、あの人影が何をしていたのか気になって」
管理者は映像を表示した端末を持ってきた。
人影は建物の壁に触れたあと、しばらく動かなかった。
やがて手を離し、駐車場の奥へ歩いていく。
「ここです」
管理者が画面を拡大した。
人影の顔は確認できない。
しかし、手を壁から離す直前、指先のあたりがわずかに光っていた。
「何かをしていたんでしょうか」
「可能性はあります。ただ、映像だけでは分かりません」
警察官が答えた。
湊は画面を見ながら、ふと気づいた。
人影は壁に触れたあと、破損箇所から離れている。
そのまま何かを壊そうとしたのなら、もう少し違う行動を取っていたのではないか。
もちろん、それだけで無害とは判断できない。
「この個体が、何かを伝えようとしていた可能性はありませんか?」
湊が尋ねると、隊員はすぐには答えなかった。
「可能性の一つではある。ただ、こちらに伝える意思があったかどうかも分からない」
「そうですよね」
「先に結論を決めるな。現場で確認できることを確認する」
「はい」
*
その日の夕方。
防衛隊の施設では、採取された破片の簡易分析が行われていた。
結果はまだ出ていない。
ただし、通常の建築材料とは異なる特徴が確認されたため、研究部門へ送ることになった。
「また研究部門か」
隊員の一人が小さく言った。
「現時点で分からないものは、専門の部署に回すしかないだろう」
「それは分かっています。でも、現場で見つけたものが全部向こうに集まっていく」
「それが問題なのか?」
「いえ。別に」
隊員はそれ以上話さなかった。
湊はそのやり取りを聞いていたが、口を挟まなかった。
自分たちが現場で確認したことと、研究部門が分析することは違う。
それぞれの仕事がある。
ただ、現場で何が起きているのかを知る機会が減っていけば、判断に必要な情報まで失われるかもしれない。
そんなことを考えていた。
*
一方、久世灯里のもとにも、新しい分析依頼が届いていた。
商業施設で採取された黒い破片。
彼女は資料に目を通したあと、画像を拡大した。
表面には不規則な模様がある。
自然にできた傷なのか、何かの構造なのかは分からない。
ただ、過去の研究資料に残されていた特殊生命体の身体組織の画像と、いくつか似た特徴があった。
「これが、身体の一部だとしたら……」
灯里はすぐに断定することを避けた。
似ているからといって、同じものとは限らない。
採取された場所も、個体の行動も、まだ十分に確認されていない。
彼女は追加分析を依頼した。
その後、父親の資料を開き直す。
過去の研究記録には、身体の一部が外部環境に反応する現象についての記述があった。
しかし、その先は欠落している。
灯里は画面を見つめた。
父親が何を調べていたのか。
何を知り、何を残そうとしたのか。
まだ、断片しか見えていなかった。
*
夜。
商業施設から離れた場所で、一人の人影が建物の壁に手を触れていた。
昼間に確認された個体とは別の個体だった。
その指先が壁の表面をなぞる。
しばらくすると、壁の一部がわずかに変化した。
個体は手を離した。
変化はすぐに止まり、壁は元の状態に戻っていく。
「違う」
個体は小さく呟いた。
何かを確かめていたようだった。
しかし、望んでいた結果にはならなかったらしい。
個体は周囲を見渡した。
遠くには、人間の住む建物が並んでいる。
窓には明かりが灯り、その向こうで人々が生活していた。
個体はしばらくその光景を眺めたあと、暗い路地へと姿を消した。
その行動を、まだ誰も記録していなかった。




