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何かとんでもない誤解 :side 旦那様

 一方、こちらは一通り雛姫をからかって満足した築である。

 満ちたりた気分で二度寝に突入していたわけなのだが。


「…………」


 うっそりと目を開けて、築は時計を見やった。時計の針は正午を少し過ぎたあたりを指し示している。そろそろ、ペットのタヌキに餌を与える時間だ。ばりばり、と硬い黒髪をかき乱しながら、むくりと体を起こした。餌、というのはもちろん、言うまでもなく雛姫へと与えるつもりの昼食のことである。築には、今日一日雛姫に執事として仕事をさせる気どころか、何かさせる気すらなかった。

 アレは病人だ。保護の対象である。

 本人に聞かれたら、病人扱いしないでほしいだとか、もう元気だから心配しないでくれだとかきゃんきゃんとうるさく抗議されるのだろう。いとも簡単に想像できてしまって、それだけでニィと口角が笑みに歪んでしまった。ビビりつつも、自分の意志や、曲げたくない筋を一生懸命主張する姿が面白可愛くて、ついついいじめたくなる。


 ……面白可愛い?


 他人に対してそんな感想を抱いたのはどれくらいぶりだろうか。というかもしかしたら初めてかもしてない。


「…………」


 何気なく鏡に映った自分の顔を見て、築は反射的に眉間に深い皺を寄せた。鏡に映った自分は、何かとても優しい顏で笑っていた。自分で気持ち悪くなるぐらいの頬の緩み具合だ。あまりの自分らしくなさに、逆に渋面になった。


「……何をにやけているんだ俺は」


 人を小馬鹿にするような、あざけるような笑みを浮かべるのは得意だ。そんな笑い方ばかりしている自覚は重々にある。だが今鏡に映っていた己の顔には、なにやら正体不明な甘さが滲んでいた。


「ペースが狂う」


 低く、ぼそりと呟く。

 八人目のメイドを追い出して、九人目が来ると聞いたとき、少しは使える人間が来ればいいと築は思っていた。先の八人はどこでどう潜り込んだのか、揃ってヒモつきの良家の子女揃いだったからだ。人嫌いで、滅多に社交界に顔を出さない築に近づくために、いよいよ手段を選ばなくなってきた、というところだろう。隙あらば築を落として玉の輿を、なんていう思惑が見え見えで、築は頭を抱えたものだ。それでも最低限の家事さえしてくれれば、まだマシだった。積極的に迫ってくるものだから、とりあえず抱いてみればすぐに妻面で家事を放り出す。

 まあ、元が良家の子女なのだから、仕方がない話でもあるのだ。

 もとより彼女たちは、人に仕えられる側の人間だ。

 だが、それでは築がわざわざ金を出して雇う意味はない。

 女が抱きたければ、別に金など出さずとも築は困らないのだ。

 それでも月に低くもない給金を出してメイドを雇うのは、家事をさせるためだ。

 それが妙な色気を出して迫ってくるものだから、金で抱かれにきている商売女ならそれなり付き合ってもらおうと好き放題してみたら、今度は悲鳴をあげて逃げられた。全く持って酷い話である。

 そんなわけで人材派遣会社から送られてくメイドどもに手を焼いた築だったもので、最初雛姫と名乗る男が目の前に現れたときには、


「ついに男を送ってきやがったのか」


 なんていうどこに向けていいのかすらよくわからない呆れと諦念に唸るしかなかった。全く、あの人材派遣会社はナニを斡旋しようとしているのかがわからない。

万が一にも、この男が色目を使ってくるようなことがあれば、問答無用で撲殺してくれようと築は半ば本気で思っていた。が。


 人材派遣会社に騙されてここに送り込まれたらしい男は、ただの間抜けだった。


 初日、いきなり執事服で現れ、旦那様と呼ばれたときのあの衝撃。

 本当に、どうしてくれようかと思った。

 そういうプレイなのかと、悩んでしまった。

 が、そんな築の方向違いの葛藤なんて関係ないというように、その男はひたすら真面目に家事をこなしていた。

 暗く、冷たく、埃くさく人の気配がなかった家に、温もりが灯った。

 築が玄関をくぐるたび、家には常になんらかの変化があった。


……それが、厭だった。


「……いや、違う」


 家の変化自体を築は疎んでいたわけではない。

 家が変わり行くことに、内心動揺していた自分自身が、厭だったのだ。


 ……もう、何年たったと思ってるんだ。


 築が家族を亡くしてから、もう充分な年月が流れている。

 家族のことを思い出すことも、日常の中ではほとんどなくなった。

 顔を思い出すことすら、難しいぐらいだ。


 もう、傷はふさがったと思っていた。


 幼い子供だった時分に受けた、家族との死別という傷。

 長い年月をかけて、それはもう癒えたものだと築は思っていたのだ。

 それなのに。


「……まだ、ぐらつく」


 人の気配を得て、暖かく変わった家は、かつて築が亡くしたものにとてもよく似ていた。だから、触れることを躊躇った。

 あの男は、使用人だ。

 家族ではない。

 それなのに、あの男の作った「家」に馴染んでしまえば……、いずれ訪れる別れの際に、築はまた家を失うことになる。

 ……築は、それが厭だった。

 だから、築は雛姫に己を誑し込む意図がないとわかった後も、関わることを避けた。


「……だって言うのに。ああ、面倒くさい」


 ぼそりとうめく。

 他人に心を乱される煩わしさときたら、ない。

 けれど、自覚してしまった。

 あの男が、庭で倒れる様を目の当たりにしたとき、築は必死になって腕を差し伸べていた。庭の土は柔らかだ。そこに倒れたぐらいで怪我をする可能性は低いとわかっていた。それなのに、築は腕を伸ばした。


『雛姫……ッ!!』


 初めて名前を呼んで、必死になって駆け寄って、その体が地に落ちてしまう前にこの腕の中に攫った。

 ふと、持ち上げた手に視線を落とす。

 男にしては、線の細い体だった。

 成人しているはずだが……、未成熟とでも言えばいいのだろうか。

 男だとわかっていても、時折少女のように儚げな印象がその姿に重なる。未完成だからこその危うさに、手を差し伸べずにはいられなくなった。

 あの瞬間の、脳の沸き立つよな感覚になんと名前をつけたものか。

 関わりたくない、と遠ざけていたはずなのに。


「……面倒なことになった」


 低くもう一度ぼやいて、築は鏡から無理矢理に視線をひっぺがし、部屋を出た。

 普段なら、書斎で仕事をしていても聞こえるせわしない足音が、今は聞こえてこない。どうやら雛姫は築の言いつけ通り、おとなしく自室で休んでいるのだろう。

 

 ……いや、油断はならん。

 

 何せ、あの男は筋金入りの阿呆だ。

 昨日の今日で、趣味だからとガーデニングに精を出していてもおかしくはない。


「……庭で見つけたらぶッ殺す」


 低くドスのきいた声で呟いて、築は居間へと向かった。











★☆★











 居間にも、あの目立つ執事服姿は見当たらなかった。

 後はそこの窓から庭をチェックし、キッチンを確認して、何か食べられそうなものを作ってやればいい。冷蔵庫の中に何が入っていたかと思いだしながら、築は庭を覗こうとして……。


「…………」


 地獄の鬼でも怯ませることが出来そうな凶相になった。


「この阿呆はなんでこんなとこで寝てんだ……ッ、ああ?」


 低い恫喝は、ヤのつく専門職の方々ですら蹴散らせてしまいそうな迫力に満ち満ちている。が、残念ながら今ここにそんな声音に肝を冷やしてくれそうな相手はいない。


「……きちんと休めって言ったよな」


 確かに窓際は日当たりも良好、気持ちよさげではあるのだが……、床に転がる姿はやはり寒々しい。枕を持ってくるだけの知恵があるのなら、何故敷くものなり被るものなりを用意しないのだろうか。やはり、この男は根本的な部分で阿呆だ。築はそう確信する。


「―――」


 げし。

 軽くつま先で、横腹のあたりを小突いてみる。


「……ん」


 小さくうなって、雛姫が身じろいだ。

 が、起きる様子はない。


 ……起きるまで小突き倒してやろうか。

 

 幸せそうな寝顔で寝こける執事を見下ろして、そんな物騒なことを考えること数瞬。


「…………」


 が、結局築は雛姫を小突く代わりに、その傍らへとしゃがみこんだ。

 そっと手を伸ばして、雛姫に髪に触れる。

 染める前は、金か銀か。どちらにしろ淡い色だろう。

 思えば、最初から違和感はあったのだ。

 明るい翠の双眸に、艶やかな黒髪。

 色は黒なのに、内側から光を弾くような妙な光沢があった。

 市販されている染め粉で染めるとこうは染まらないので、きっと自分で工夫したか、腕の良い薬師に頼むかしたのだろう。そのせいか、雛姫の外見からはちぐはぐとした違和感を覚える。いや、その違和感こそが特徴として似合っている、とでも言えばいいのだろうか。鮮やかな黒髪と透けるような白い肌、淡い色彩の双眸との対比に、はっと眼を惹かれる。もしそれが作られたものならば、素の雛姫の纏う色味は、いったいどんなものなのだろう。


 ……今度、色を落とさせてみるか。


 そんなことを思いつつ、築はわしわしとその髪をかき撫でる。

 やはり、染めた髪につきものののマットな質感は感じられなかった。

 この染め粉を作った人間は、相当な工夫を重ねているとみていいだろう。


「……ん」


 頭を撫でる築の手に、雛姫が心地良さそうに鼻を鳴らして頭を摺り寄せてきた。無意識の所作だろうが、それこそ本物の動物じみている。


「……湯だぬきめ」


 抱きしめれば暖かく、ちょっかいを出せば愛嬌のある双眸を瞬かせてくりんと首をかしげるのだ。


「……面倒くさいことになった」


 ぼそり、呟く。

 目覚めてから、もう何度か繰り返している言葉をもう一度。

 築は面倒くさいことが嫌いだ。

 だから、なるべく人に関わらないように生きてきた。

 何かに執着してしまえば、例外なく面倒なことになるということわかっていたからだ。それなのに……、築は今、この湯だぬきをなんとかしてやりたいと思ってしまっている。


 昨夜のことを思い出す。

 悪夢にうなされ、夢の中で啜り泣く雛姫は家族とはぐれてなく迷子の子供のようだった。それを見て、思ったのだ。


 ……泣き顔、似合わねぇな。

 この阿呆は、能天気に笑ってるのがいい。

 それ以外は――…、俺が厭だ。


 そう、思った。

 結局、基本的に築は不遜な男なのだ。

 自分の思い通りにならないことが、我慢ならない。

 それが自分の興味の外のことならば、何がどうなろうとどうでもいい。

 だが、それが自分の興味の対象であるならば。




 どうやってでも、思い通りにするぞ、俺は。




「……ああ、面倒くさい」




 それが、築が自分自身を非常に面倒くさい男だと認識する一番の理由だった。


「いッそ――…、こいつを殺した方が楽な気がしてきた」


 ため息混じりに物騒きわまりないことを呟いてはみるものの、その声音はどこかやわらかい。八つ当たりのように、ぐしゃぐしゃと少々強めに雛姫の頭を撫でる。


「お前の――…不幸の原因は何だ?」


 過去、だけではないだろう。

 過去の不幸は思い出だ。

 過去にどれだけの不幸があったとしても、今がそれなりに幸せであるのなら、不幸は次第に遠のいていくものだ。築自身がそうだ。

 だが、雛姫は違う。

 雛姫は、未だその身に不幸の影を背負っている。

 屈託なく笑う様など、日向が似合う男であるのに、その表情の端々に黒々とした不幸の影を見出してしまう。

 

 その原因を取り除いてやりたいと思ってしまった。


 築が、そうしたいと思った。

 柄にもなく、守ってやりたいと思ってしまった。



 俺が、そうしたい。



 自分本位で、我侭で、身勝手な思いつきだ。

――…雛姫は、救いの手を待つ可憐な姫君などではないのに。





「男もイケたのか、俺」





 何かトンでもない誤解が生まれた瞬間だった。






ここまでお読みいただきありがとうございました。

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