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レッドオーガ  作者: うみぐま


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第八話 観測の火(後編)

港は、燃えていた。

 火は「景色」じゃない。

 熱が皮膚に貼りつき、煙が喉を削り、木と油が同時に焦げる匂いが頭を鈍くする。


 人影は、もう近くにない。

 避難誘導は進み、ここは“空っぽ”だ。

 残っているのは爆ぜる音、軋む荷車、落ちる火の粉――そして、炎だけ。


 その炎の中心に、無双と布武が立つ。


 火の粉の中に、黒い影。

 さっき民衆へ火球を放った存在。


 無双が軽く息を吐く。


「……よし。今度は、二人で止める」


 布武は返事をしない。

 声は低い。いつもの柔らかさだけが、きれいに抜け落ちている。


「答えて。法原ほうげんの居場所」


 影が、首をわずかに傾けた。


「要求を確認した。情報提供は拒否する。観測を継続」


 滑らかな声。

 なのに温度がない。息の揺れも、喉の擦れもない。


 無双が眉を上げる。


「観測って、なに。俺ら、そんなに珍しいかよ」


 無双は口の端だけで笑う。


「……見るだけで済むと思うなよ」


 影は答えない。

 ――動く。


番内ばんない――【業火砲波〈ごうかほうは〉】」


 火球が飛ぶ。

 無双の反射が先に動く。避ける。

 避けた先へ、火球がもう一発。先回り。


「回避したか」


 火の玉が連なって押し寄せ、波みたいに板を舐めた。

 逃げれば町側へ伸びる。


 布武が一歩、前へ出た。


 左手=知識。

 右手=威力。


 両手に白炎はくえんが灯り、釣り合いを取る。

 膨らみ、圧が増し――合掌の直前で張りつめる。


 布武が合掌。

 ――手に灯った白炎がすっと消える。


 布武が低く言った。


「番内――【炎障壁〈えんしょうへき〉】」


 火球の軌道が折れて空へ抜ける。

 町側へ行く線だけが切り取られたみたいに。


「……町に流すなよ、布武」


「無双。来る。内側」


「りょーかい」


 無双が布武の作った隙間に滑り込む。

 軽口のまま、目だけが真剣だ。


 影は退かない。

 無双の“当たる位置”から、最小の角度で外れる。


「……うわ。これ、ムカつく」


「解析を続行。行動パターンを学習中」


 無双が踏み込む、その直前。


「反射を予測。反撃を実行」

「【業火砲波ごうかほうか】」


 火球が一点を狙って飛ぶ。


 無双の足が止まりかける。止まれば焼かれる。

 避ければ、火球が別の道を探して追ってくる。


 布武が構える。両手に白炎が灯り、圧が増す。

 合掌。

 白炎がすっと消える。


 火球の軌道が折れて空へ抜ける。

 だが次の火球は、その“抜け”の先を狙う。


「着弾点を再計算。誘導を開始」


(火で、俺を動かしてる!?)


 無双は、わざと派手に避けた。足音をわざと響かせて、目立つ軌道で突っ込む。


「追跡を継続。予測モデルを更新」


「……じゃ、見とけ」


 いつもの角度で入る。

 そして、その次だけ――変える。


 急に速度を落として、軌道を外す。

 息を殺し、足音を消し、気配そのものを薄くする。


「攻撃を実行……着弾点が外れた」


 一拍。

 そのズレが、無双には勝ち筋に見えた。


 無双が影に向かい飛び出し、距離を詰める――その瞬間だった。


 黒い手が伸びた。

 速い。音が遅れて来る。


 無双の頭が、わしづかみにされる。

 痛みより先に視界がぶれる。首が固定され、重心が奪われる。


「拘束」


 短く、冷たい声。


 無双の腕は上がる。反射で肘が跳ねる。

 ――だが間に合わない。


 男は掴んだまま体ごと回し、無双を投げた。

 布武へ向けて。一直線。逃げ場を塞ぐ角度。

 “当てる”投擲じゃない。布武の動きを縛るための投げだ。


 布武の目が一瞬だけ揺れる。

 すぐに、体が動く。


 布武は前へ出た。両腕を広げる。

 無双の体が落ちてくる。重い。熱い。焦げ臭い。


 布武は受け止めた。

 衝撃が骨まで響く。足が滑る。

 だが踏ん張る。抱え込む。


 その直後――男が、手を向けた。


「番内――【業火砲波〈ごうかほうは〉】」


 火の玉が連なって飛び、波みたいに押し寄せる。

 二人まとめて焼き払う角度。

 避ければ無双を落とす。受ければ二人とも焼かれる。


 布武は無双を抱えたまま、腰を落とす。

 受け止める形じゃない。押し返す形。


 両手に白炎が灯り、圧が増す。

 合掌。

 ――白炎の灯りが、すっと消える。


 消えた“その後”に、布武は低く言った。


「番内――【業火砲波〈ごうかほうは〉】」


 火球の列が、布武の前で“返る”。

 飛んできた火球の列と、押し返す火球の列が正面で噛み合う。


 火が火を食う。

 赤が白に寄り、白が赤に押し返され、音が爆ぜる。


 ――拮抗。


 だが、ほんの一瞬。

 布武の列が、わずかに前へ出た。


 男の火球を押し潰し、そのまま一歩だけ届く。

 ドン、と熱の衝撃が男の胸元を叩いた。


 ローブが燃え上がる。

 火が布に走り、フードの影が一瞬で明るく裂けた。


「……っ」


 無双が目を見開く。


 燃える布の下から、黒いものが覗いた。

 肉じゃない。骨でもない。

 鈍い金属の光――継ぎ目、装甲、関節。

 火を浴びても、そこだけ焦げる匂いがしない。

 しかも、火の中でひとつも呻かない。


 男は熱に顔を歪めない。

 ただ、淡々と一歩引く。


 燃え落ちる布の間で、機械の体が確かに見えた。


 無双の喉が鳴る。


「……人、じゃねえ……」


 布武は無双を抱えたまま、目だけで男を刺す。

 声は落ちたまま、低い。


「……いったい何なの」


 男は一拍、動きを止めた。

 炎の音だけが鳴る。


「識別要求を検知。回答を実行」


 次の瞬間、声が硬く区切られる。

 人間っぽさが抜ける方向に。


「識別名:|SENTRY-Δ1《セントリー-デルタワン》」


 無双が、その名前を一度だけ口の中で転がす。


「……セントリー」


「引き続き観測開始。対象:無双。対象:布武」


 一度だけ、妙に滑らかに。


「あなたたちは、観測対象だ」


 その直後。

 セントリーは、距離を詰める。


 重いはずの体格が、音を置き去りにする。


 無双が迎える。布武も同時に入る。

 ――二人が一斉に攻める。


 無双の拳。

 布武の掌底。

 脇、関節、首、視界――狙いを散らして崩しにいく。


 当たる。

 当たったのに、通らない。


 ゴン、と鈍い音。

 肉でも骨でもない、硬い響きだけが返る。


「……硬っ」


 無双の拳が痺れる。

 布武の指先も、当てた瞬間だけ跳ねる。


「損傷、軽微」


 短く、冷たい。


 布武が息を吸い、次の合掌の間合いを測ろうと半歩だけ下がる。

 だが、その“測った位置”に、もうセントリーがいた。


 先回りじゃない。

 最初からそこへ誘導されていたみたいに。


 布武の目が、ほんの一瞬だけ細くなる。


 セントリーの腕が伸びる。

 叩くんじゃない。角度だけ狂わせる。


 釣り合いが崩れ、合掌が成立しない。


「合掌動作、阻止」


 無双が笑って舌打ちする。


「布武の邪魔をするな!」


 無双が前へ出る。

 布武の分の“隙”を作るために、わざと身体を晒して殴り合いに持ち込む。


 セントリーは受ける。

 受けた角度を、そのまま返してくる。


 拳が返る。

 無双は避ける。

 避けた先に膝。

 膝を外した先に肘。


 反射の連鎖を、予測で折ってくる。


「観測、継続」


(……このまま殴り合っても、削れねえ)


 外装が硬い。

 それが“負け筋”になる。


 無双は、布武を一瞬だけ見る。

 軽口の形を残したまま、声だけ短く落とした。


「時間稼ぎ、頼む。番外ばんがいを使う」


 布武の呼吸が一拍だけ乱れる。

 指先が、わずかに震える。

 港の音が、ほんの一瞬だけ遠のいた。


 驚き。悔しさ。

 でも、押し殺す。

 聞き返している暇がないことを、無双の声がもう証明していた。

 二人とも、もう次の失敗を考えていなかった。


「……わかった」


 布武は前へ出た。


「こっち。――私が相手」


 セントリーの視線が布武へ寄る。


「優先度、更新。対象:布武」


 その一瞬で、無双が“溜め”に入った。


 無双の両手に白炎が灯る。

 小さな光じゃない。

 港の炎に負けない光が――一気に膨らむ。


 大きくなる。

 更に大きく。

 両手の白炎が勢いよく燃え上がる。


 だが次の瞬間、その白炎が圧縮される。

 押し固められ、密度が上がり、空気が重くなる。火の粉が一瞬だけ引き寄せられて弾けた。


 白炎が激しく燃えて、圧だけが増す。

 無双の額に汗が浮く。


 集中。

 反発がないように釣り合いを取る。


 ――合掌。


 両手の白炎が重なり、すっと消えた。


 その直後、無双の体が軽くなる。

 ――速度が上がる。


 無双は消えた。

 地面を蹴る音が一拍遅れて聞こえる。


「追跡を継続」


 間に合わない。


 無双は背後にいた。短く言う。


「番外」


 左掌がセントリーの背に当たる。

 気力を吸い上げる。

 自分の気と一瞬だけ混ぜる。

 反撃の動きが、一瞬だけ止まる。


「異常発生……動作不能」


 無双の右手が、大きく綺麗に光る。燃えない。輝く。

 右掌を左手の甲へ重ね、押し立てる瞬間に叫んだ。


破界力はかいりょく!!!」


 セントリーを中心に光の柱が伸びる。

 ――バンッ!!


 大きな音が弾ける。外装は割れない。だが内部で何かが破裂する音がした。

 セントリーは、うつ伏せに倒れる。


 その瞬間だけ、戦いの音が消えた。

 残ったのは、燃える木の爆ぜる音と、遅れて揺れる火の粉だけだった。

 無双の息が、そこでようやく戻る。


「内部損傷を確認……出力が低下……」


 ログが掠れる。


 布武はその瞬間だけ無双を見る。

 視線が揺れ、呼吸が一拍乱れ、指先がわずかに固くなる。


 ――驚きと悔しさ。

 だが次の瞬間、押し殺す。


「……まだだ。油断するな」


「……ああ。わかってる」


 セントリーの指先が、ぴく、と動いた。


「自己修復を開始……再起動する」


 痛みのない滑らかさで起き上がる。

 視線が遠くへ固定される。通信。


「法原博士。Δ2(デルタツー)への移行を申請」

「却下」

「却下を受領。Δ1のまま継続。理由、要求」


 数拍。

 通信越しの沈黙が、港の火の音より冷たい。


「Δ2に上げれば、破壊が過剰になる。観測対象を失う確率が跳ね上がる。

 ――私は、まだ回収していないデータがある。Δ1のまま観測を続けろ」


「受領。Δ1を継続」


 セントリーが淡々と言う。


「外部音声出力を起動。公開モードへ切替」


 胸部――喉元の装甲が、わずかに開く。カチ、と乾いた音。

 騒音の上から、声が重なった。近い。耳元で囁かれたみたいに、やけに明瞭だった。


「聞こえるかい」


 法原の声。淡々としている。


「布武。……そして闘戦鬼とうせんき


 名を呼ぶというより、札を置くみたいな言い方だった。


 無双は一拍、呼吸を忘れた。拳がいつの間にか握れている。


 布武の指先が一瞬固くなり、すぐに握り直される。


「いいタイミングだ」


「今の段階で“出力”を上げるつもりはない」


「上げれば、君たちを――確実に殺す。……それは困る」


「君たちは貴重だ。サンプルとしてね。死なれたら、回収できないデータが増える」


「合掌成立の閾値いきち。言霊の影響。鬼門共有の同期。


 闘戦鬼、今、何を“繋いでいる”?


 ……答えなくていい。こちらで取る」


 研究の話に触れた途端、声の温度だけがわずかに上がった。


 布武が低く言う。「法原。居場所を言え」


 一拍。

 まるで、その一言を待っていたみたいに。


「そのつもりだ」


 軽い。

 火の爆ぜる音より先に、その一言が落ちた。


「座標を渡す」

「来るしか選択肢がない」


 セントリーが挟む。


「座標提示、受領準備」


 法原が座標を告げる。

 方角と距離と地形。言葉が一本の線になって、無双の頭の中に引かれる。


「闘戦鬼。――“番外”、今のは面白い」

「次は、私の前でやれ」


 ぷつり、と音声が切れる。


 セントリーが淡々と締める。


「座標データを受領。任務を更新」

「観測は完了。撤退を開始」


 無双が一歩出る。


「待て――!」


 布武が無双の腕を掴む。細いのに止める力がある。


「追わない。今は」


「……くそ」


 セントリーは火の粉の向こうへ下がっていく。

 撤退の動きに迷いがない。――最初から、手順だったみたいに。


「撤退を継続。追跡は想定内」


 無双が踏み出した、その瞬間だった。


 胸部――喉元の装甲が、カチ、と閉じる。

 同時に、空気が変わる。


 火の粉が、そこだけ“避けた”。

 ローブの端が揺れた。

 揺れたはずなのに、布の形が掴めない。

 輪郭が溶けるんじゃない――光そのものが折れていく。


(……気術きじゅつじゃない)


 白炎もない。

 言霊もない。

 なのに、視界の中心から“存在だけ”が抜け落ちる。


 巨体が、薄く、薄くなっていく。

 透明というより、背景に“上書き”される。

 そこにいたはずの空間が、最初から空だったみたいに戻る。


 無双は息を止める。

 見失ったんじゃない。――消えた。


 最後に火の粉の流れが一瞬だけ歪み、

 次の瞬間には、何もなかった。


 残ったのは焦げた匂いと、燃える木の音。


 無双が舌打ちする。


「……だから、あの目立つ図体で尾行できたのかよ」


 布武は答えない。

 視線だけが、空っぽになった空間を刺している。


 ――追えない。

 追えば町が燃える。

 追わなくても座標は手に入れた。


 無双は拳を握り直した。


「……来るしかない、ってさ」


 布武は低く言った。


「行く」


「だよな。

 でもその前に――これ以上燃やされたら困る」


「まず、火を止める。町を守る」


 二人は同時に港全体へ向き直った。


 火の粉が舞う。

 赤い矢印みたいに、次の場所だけを指していた。


(第八話・終)

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