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レッドオーガ ―不殺の鬼の名を継ぐ、白き鬼―  作者: うみぐま


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第四話 正面突破

 大通りの喧騒が遠のいたところで、少女は足を止めた。


 建物に挟まれた、細い路地だった。

 少女は来た道を確かめてから、無双《むそう》を肩から下ろした。


 両足が石畳につく。

 無双がずれた襟元を直していると、少女は腕を組んだ。


「子どもが襲われてたから思わず助けたけど。……あんた、何したの?」


「お前も子どもだろ。それに俺は何もしてない」


「何もしてないなら、なんで獣人に絡まれてんのよ」


「知らねぇよ」


 少女は外套の襟を下げ、無双へ向き直った。

 言い返しかけた口が止まる。


「……あんた。もしかして、無双?」


 名を呼ばれ、無双も少女の顔を見直した。


 酒場で聞いた声。

 長い黒髪の間から、こちらを見る目。


 別々に引っ掛かっていたものが、ようやくつながった。


「……お前、布武《ふぶ》か?」


「正解」


 無双は、もう一度その顔を見た。


 研究所に残されていた、空のカプセルを思い出す。

 あの場所から先に出ていった妹が、今は目の前にいる。


「……やっと会えたな」


 声にすると、自然と口元が緩んだ。


 無双は頬を掻いた。


「すぐに分からなくて悪い。目覚めてから記憶がところどころ曖昧でさ。全部は戻ってない」


「そう」


 布武はあっさり頷いた。


「じゃ、そのうち戻るわよ」


「久しぶりの再会にしては、軽くないか?」


「兄妹の再会なんて、こんなもんでしょ。たぶん」


「“たぶん”って」


「だって、正しい再会の作法なんて知らないし」


 布武が肩をすくめた。

 無双は少し笑い、それ以上言うのをやめた。


 布武は腕を組み直した。


「……で。なんでカーヴァンにいるのよ」


「ヴァレンに、お前がいるから合流しろって言われた」


「……あの男、なんで私の居場所を知ってるの?」


「俺にも分からねぇ。けど、来てみたら本当に会えた」


 布武は眉を寄せた。

 少し考えてから、無双へ視線を戻す。


「私は、三人を起こす鍵を探して、幻成学府会《げんせいがくふかい》を追ってるの。今はボムスンの周辺を探ってる」


「ボムスン? 手配書を出してたやつか」


「そう。表向きは貿易商だけど、裏では珍しい種族を捕まえて売ってる」


 無双の眉が寄った。


「……人身売買か」


「ええ。その取引のどこかで、学府会とつながっているかもしれない」


「まだ分かってないのか」


「だから確かめに来たの。一度、あいつの屋敷へ潜ったんだけど――」


「見つかった?」


「見つかった」


「ルーガか」


「ええ。鼻が利くのよ、あいつ」


 無双は、顔を近づけてきた狼の獣人を思い出した。


「それで逃げたのか」


「そう。ついでに、檻に入れられていた人たちも連れ出したわ」


「ついでって言うなよ」


 布武はそっぽを向いた。


「……放っておけなかっただけよ」


 無双は布武の横顔を見た。

 それから、広場の手配書を思い返す。


「じゃあ、あの手配書はお前を探してたのか」


「そういうこと」


「俺、お前と間違われて襲われたんだぞ」


「……それは災難だったわね」


「他人事みたいに言うなよ」


 布武は口元を少し緩めた。


「私はもう一度潜るつもり。今度こそ、ボムスンから学府会について聞き出すわ」


「また潜入か。正面から行った方が早いだろ」


「騒ぎに気づいて、ボムスンが逃げたら?」


「追えばいいだろ」


「逃げた先を探す方が面倒なのよ」


「……それは確かにめんどくせぇ」


 無双は少し考えた。

 それから、顔を上げる。


「じゃあ、俺が囮になる」


 布武が無双を見た。


「俺が正面で警備を引きつける。その間に、お前がボムスンを押さえてくれ」


「……できるの?」


「まかせろ!」


 無双は胸を叩き、にっと笑った。


 布武は腕を組んだまま、少し考えた。


「分かった。私が先に回って、逃げ道を確かめるわ。あんたは少し待ってから正面へ向かって」


「おう」


「できるだけ派手にね」


「得意だ」


「でしょうね」


 布武の口元がわずかに緩んだ。


「それと、ルーガが出てきたら倒して」


 無双は即答した。


「最初からそのつもりだ」


 布武は頷き、路地の出口を指した。


「館は中央広場の裏よ。私は別の方から入るわ」


「分かった。そっちは任せた」


「ええ」


 布武は踵を返し、路地の奥へ歩き出した。


 無双はその姿を見送り、肩を回す。

 長い黒髪が角の向こうへ消えてから、もう少しだけ待った。


 無双は一人、昼の喧騒へ戻った。


 屋台の油が跳ね、香辛料の匂いが風に乗る。

 荷車が軋み、人々は互いに身体をずらしながら歩いていた。


 中央広場を抜けると、その裏手に大きな商館が見えた。


 白い壁に、金の意匠。

 荷を載せた台車のそばで、商人たちが笑いながら話している。


 ここが、ボムスンの館。


 無双は門の前で立ち止まり、背筋を伸ばした。

 一度、息を吐く。


 門番が無双に気づいた。


「子どもがなんの用だ?」


 無双は真っ直ぐ答えた。


「ボムスンに会いに来た」


 門番が眉をひそめる。


「ん? ……お前、どこかで見たような」


 無双の顔を確かめるように、じっと見る。


 そのとき、門が内側から開いた。


 金具の擦れる音に、低い唸り声が重なる。

 門番が口を閉じ、脇へ退いた。


 門の影から、狼の獣人が姿を現す。


 ルーガ。


 昼の光の中で、琥珀色の目が無双を捉えた。


 無双は、口角だけを上げる。


「……来たな」


(第四話・終)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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