↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レッドオーガ ―不殺の鬼の名を継ぐ、白き鬼―  作者: うみぐま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/42

第三話 匂いの違い

 人々が空けた道を、狼の獣人《じゅうじん》が歩いてきた。


 尖った耳に、前へ突き出した鼻先。

 口元からは牙が覗いている。


 通りの端にいた男が、獣人と目が合うなり視線を落とした。


 獣人は足を止めず、広場の掲示板へ近づいてくる。


 無双《むそう》は掲示板の脇に立ったまま、その姿を目で追った。


 鼻先が、ひくりと動く。


 獣人の視線が無双に止まった。


 そのまま目の前まで来て、掲示板へ目をやる。


 手配書の似顔絵。


 無双の顔。


 何度か見比べた。


「……お前さん。この手配書のガキに似てるな」


 無双は紙を指先で叩いた。


「だろ? さっきもそれで勘違いされてさ。迷惑してんだ」


 獣人の鼻先が、もう一度動く。


「……似てる。だが、違う」


「匂いで?」


「ああ」


「便利だな」


「そうでもねぇ」


 獣人は手配書へ目を戻した。


 無双も、そこに描かれた顔を見る。


「……この人、探してるのか?」


 返事はない。


「見つけたら、どうする」


 獣人は、ごく普通の調子で答えた。


「殺す」


 無双は手配書から目を離した。


「……その“殺す”って、日課みたいに言うなよ」


 獣人は鼻を鳴らす。


「日課だ。邪魔なやつは消す。今も昔も変わらねぇ」


 近くにいた男が目を伏せ、二人から離れていく。


 無双はその背を見送り、獣人へ向き直った。


「……俺には、普通じゃねぇよ」


 獣人は答えず、踵を返した。


 帰る。


 そう思った、その瞬間。


 踏み出した脚が止まり、後ろへ鋭く跳ね返った。


 ドン――!


「っ!?」


 腰へ衝撃が突き刺さる。


 視界が一気に反転した。


 空。


 石畳。


 次に鼻へ飛び込んできたのは、酒と木の匂いだった。


 ――バキンッ!!


 無双の身体が酒場の壁を突き破り、テーブルを弾き飛ばす。


 椅子を巻き込みながら床を滑った。


 杯が宙を舞い、酒が弧を描いて散る。


「うわっ!」


「なんだ!?」


 悲鳴と怒号が重なった。


「おい!!」


 カウンターの奥から亭主が飛び出した。


 無双へ駆け寄り、伸ばしかけた手を途中で止める。


「坊主! 生きてるか!?」


 その声を聞いて、無双は息を吐いた。


「あー……びっくりした」


 身体を起こす。


「っ……」


 腰から背中へ、鈍い痛みが走った。


 無双は一度だけ顔をしかめ、それでも立ち上がる。


 身体をひねる。


 痛む。


 だが、動かせないほどではない。


 客が二人、三人と恐る恐る近づいてくる。


「ボウズ……本当に大丈夫なのか?」


「まあ、動ける」


 無双は肩を回してみせた。


 少し痛い。


 それでも、骨までやられた感じはない。


 それから、穴の開いた壁を親指で指した。


「……今の狼の獣人、誰?」


 亭主の顔が険しくなった。


「ルーガだ。ボムスンの用心棒」


「……ボムスン」


 さっき見た手配書の依頼主だ。


 客の一人が、口を開きかけた。


「ボムスンは――」


「言うな」


 亭主が即座に遮った。


 別の客が、もっと小さな声で吐き捨てる。


「……ここじゃ、あいつに逆らえない」


「やめろ。ここで言うな」


 言葉が途切れた。


 無双は立ち上がり、倒れた椅子を起こした。


「この町、やりづらいな」


 亭主が低く返す。


「生きやすいんだよ。関わらなけりゃな」


 無双は返事をせず、椅子の背を握った。


 関わらなければいい。


 それで済ませるのは、どうにも気に入らなかった。


 そのとき。


 壊れた壁の向こうに、狼の顔が見えた。


「……目を合わせるな」


 亭主が声を落とす。


 割れた壁板を足で押しのけ、ルーガが店内へ入ってきた。


「……ガキでも頑丈だな」


 無双は椅子から手を離し、ルーガへ向き直る。


 鼻先が、ひくりと動いた。


「……嫌な匂いだ。鬼か」


 無双の眉が上がる。


「鬼って、匂いで分かるのか?」


「分かる。だから嫌いだ」


「そうか。俺は獣人好きだぞ」


 ルーガは笑わなかった。


 鼻先が、もう一度動く。


 一度。


 さらに、もう一度。


 今度は無双ではない。


 ルーガの耳がぴくりと動いた。


 身体は無双へ向けたまま。


 顔だけが、わずかに背後へ向く。


 そこには。


 今しがたルーガ自身が入ってきた、壁穴がある。


「……違う」


 無双が眉を寄せる。


「何が?」


「お前じゃねぇ」


「は?」


 ルーガは答えない。


 鼻先を僅かに上げる。


 背後から流れ込む空気を探るように。


「近いな……」


「何が近いんだよ」


 無双も、つられるように壁穴へ目を向けようとした。


 その瞬間。


「どいて」


 声は。


 ルーガの背後。


 壁穴の外からした。


 ルーガが振り向くより早く。


 壁穴の端を蹴り、一人の少女が斜めに飛び込んでくる。


 伸ばされた脚が、ルーガの背中を捉えた。


 ――ドンッ!!


 巨体が無双の正面から弾き飛ばされ、脇の壁へ叩きつけられた。


 そばに積まれた酒樽が揺れ、客たちが身を引く。


 少女は床へ降り、すぐに無双へ近づいた。


 十二、三歳ほどに見える。


 腰まで届く黒髪が揺れ、外套の襟が口元を隠していた。


 少女は来た方を一度だけ振り返った。


「来て」


「え?」


 無双が聞き返すより早く、少女の手が襟を掴む。


「ちょ、俺はまだ――」


「今は黙って」


 襟を引かれ、無双は一歩前へよろけた。


 少女の腕が背へ回り、身体が肩へ担ぎ上げられる。


「おい!?」


「行くわよ」


 少女は無双を担いだまま、壁穴へ走った。


「おい! 坊主――!」


 亭主の声を背に、二人は通りへ飛び出した。


 無双は揺れる視界の端で、酒場の中を見る。


 ルーガが壁に手をつき、身体を起こしている。


 こちらへ向いた目が、ふと止まった。


 鼻先が動く。


「……面白い」


 ルーガは無双たちが消えた壁穴を、しばらく見ていた。


 だが。


 追っては来なかった。


 次の瞬間には、酒場が視界から外れていた。


 少女は人波の隙間を抜け、屋台の裏へ回る。


「おい、どこ行くんだ!」


 答えはなかった。


 無双を担いでいるのに、少女の息は乱れていない。


 走るたびに、長い黒髪が揺れる。


 無双は言い返そうとして、口を閉じた。


 先ほどの短い声が、妙に耳に残っている。


 聞き覚えがあるような気がする。


 だが。


 誰の声なのか、すぐには思い出せない。


 確かめようと顔を上げたところで、少女が角を曲がった。


 視界が大きく揺れ、無双は慌ててその肩につかまる。


「せめて、下ろしてくれって!」


 少女は足を止めなかった。


(第三話・終)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。