第三十七話 雷鳴・後編
答えは、あの顎の奥にある。
【雷砲】を砕いた、何重もの歯列。
そして、そのさらに奥から放たれる冷たく硬い光。
無双は、グレイブジョウの巨大な顎を見据えた。
さっき光線を撃った時。
顎は大きく開いていた。
その間、歯列は雷を噛み砕いた時のようには動いていなかった。
光を撃つ。
咬砕する。
二つを、同時にはできない。
なら。
狙うのは、その切り替わる一瞬。
グレイブジョウの顎が、ゆっくりと開いた。
歯列のさらに奥。
冷たい光が灯る。
無双は右拳を引いた。
今度は、利き腕の右。
腕の奥が鈍く軋む。
それでも、拳は下ろさない。
両手に白炎を灯す。
左右の圧を揃え、合掌。
白炎が消えた。
雷気が足裏から身体を駆け上がる。
膝。
腰。
肩。
そして、右拳へ。
「来いよ」
グレイブジョウの口内で、光が膨れた。
放たれる。
同時に。
無双も右拳を突き出した。
「番内――【雷砲】!」
雷と光が、真正面から激突した。
轟音。
石床がめくれ上がり、砕けた残骸が宙を舞う。
「ぐっ……!」
反動で無双の足が床を削った。
それでも、拳は引かない。
冷たい光と雷の境目が揺れる。
拮抗。
いや。
無双の雷が、わずかずつ前へ出ていた。
一歩。
踏み込む。
「俺は――」
グレイブジョウの口内で、歯列が回り始める。
光線から咬砕へ切り替わる。
やはり、一瞬遅い。
「上に戻るって、言っただろ!」
もう一歩。
雷が冷たい光を押し返した。
グレイブジョウの顎が閉じ始める。
「咬砕――」
その声は、最後まで続かなかった。
【雷砲】が光線ごと、閉じかけた顎の奥へ食い込む。
歯列が噛み合う。
だが、遅い。
雷はすでに、そのさらに奥へ入り込んでいた。
無双が狙っていた場所。
光線が生まれていた、その中心へ。
白い閃光が膨れ上がる。
次の瞬間。
顎の内側で、雷が爆ぜた。
雷鳴が研究棟を叩く。
巨大な口の隙間から光が噴き出し、何重もの歯列が内側から砕け散った。
顎が、開いたまま止まる。
光線も消えた。
一歩。
グレイブジョウの巨体が後ろへ下がる。
もう一歩。
四本の脚が石床を掻いた。
支えきれない。
巨大な身体が、沈むように倒れ込んだ。
地面が揺れる。
粉塵が舞った。
無双は右拳を振り抜いたまま、荒い息を吐く。
立っているのは、無双。
倒れているのは、グレイブジョウ。
巨大な顎は動かない。
赤い目だけが、断続的に明滅していた。
無双が拳を下ろした。
その瞬間。
「っ……」
右腕の奥が、遅れて軋んだ。
指先がわずかに震える。
無双は一度だけ顔をしかめ、拳をゆっくり開いた。
「……やっぱ、まだ無茶だったか」
それでも、動く。
今はそれでいい。
グレイブジョウの赤い目が明滅する。
「当機、戦闘継続不能」
低い声。
「捕縛任務、遂行不能」
一拍。
「機密保全規定に基づき、当機の破壊を要求する」
無双の眉が動いた。
赤い目が、まっすぐ無双を捉える。
「……とどめを刺せ」
無双は一瞬だけ目を丸くした。
それから、笑った。
「勝ったのは俺だ」
右拳を下ろす。
「命令すんな」
グレイブジョウは沈黙した。
無双はその横を抜け、研究棟の入口へ向かう。
「内部区画は、気力登録により閉鎖されている」
背後から声がした。
「登録外個体は通行不能」
「じゃあ、壊しながら行く」
その時だった。
はるか上。
白い研究棟の最上部で、爆炎が立ち上がった。
遅れて、熱を含んだ風が外壁を駆け下りてくる。
無双は腕で顔を覆った。
あの燃え方。
知っている。
「……布武」
もう一度。
最上階が爆ぜる。
炎と風がぶつかり、研究棟全体が低く唸った。
「丈夫すぎだろ、この建物」
「九十七階。玲那様と侵入者一名の交戦を確認」
無双は最上階を見上げる。
「今のお前たちでは、玲那様への勝率は低い」
「勝手に決めんな」
「機能評価だ」
「なら、なおさら急ぐだけだ」
無双が歩き出そうとする。
「待て」
肩越しに振り返る。
「……なんだよ」
グレイブジョウの赤い目が静かに明滅した。
「上位命令。対象観測の継続」
「観測?」
「当機による捕縛成功率、大幅低下」
砕けた顎の奥で、何かが小さく軋む。
「観測主体への移送を、代替手段として選択する」
無双は少し黙った。
「……要するに、捕まえられないから玲那に丸投げするってことか」
「概ね正しい」
「負けたって言えよ」
「拒否する」
「そこは認めろよ」
無双は小さく笑う。
「親切ってわけじゃないんだな」
「親切ではない」
「だろうな」
赤い目が、わずかに揺れた。
「それに」
「ん?」
「対象から、当機ら試作体と類似する反応を検出」
無双の表情から、笑みが少し消えた。
「……お前らと?」
「類似反応あり」
「何が似てるんだ?」
数秒。
「判別不能」
「は?」
「当機が保有する情報内に、該当項目なし」
「言い出したのお前だろ」
「事実を報告した」
「……よく分かんねぇな」
引っかかりはした。
だが、今ここで考えても答えは出ない。
無双は九十七階へ視線を戻した。
「まあ、いい。今は上が先だ」
グレイブジョウの赤い目が明滅する。
「施設内生命監視網を照会」
短い沈黙。
「スティッチャー。生命反応あり。応答なし」
さらに数秒。
「ブルームレイド――」
そこで、声が止まった。
「どうした?」
「生体核反応、微弱」
「生きてんのか?」
「戦闘機能、停止」
一拍。
「五十四階残存組織、生体核波形と同期」
「……残存組織?」
「温室区画に残る根、蔓、植物組織」
グレイブジョウの赤い目が、一度明滅した。
「新規戦闘体の構築反応なし」
無双にはよく分からない。
「つまり?」
「残った身体が、動いている」
その直後だった。
研究棟の中腹。
焼け焦げた外壁の裂け目から、黒いものが姿を現した。
蔓。
一本ではない。
焦げた根。
千切れかけた蔓。
焼け残った茎。
温室に残されていたものが、一か所へ集まり始める。
絡まる。
捻れる。
束になる。
太さを失いながら、そのぶん長く。
残された組織すべてを、一本の道へ変えるように。
新しい身体を作っているのではない。
今あるものだけを使っていた。
無双は目を細めた。
「……あれが、ブルームレイド?」
「肯定」
「お前がやらせてんのか?」
「否定」
グレイブジョウの赤い目が明滅する。
「当機から命令は送信していない」
「じゃあ、なんで動いてんだ?」
「行動理由、解析不能」
「またそれかよ」
束ねられた蔓は、さらに細くなりながら伸びていく。
下へ。
そして、上へ。
焼け焦げた外壁へ張りつき、研究棟を縦に走った。
五十四階。
六十階。
七十階。
それより上へ。
同時に、下へ伸びた先端も地上へ近づいてくる。
長くなるほど、蔓は細くなる。
それでも切れない。
焦げた葉を数枚だけ残した先端が、ついに無双の前へ届いた。
そこで止まる。
刺はない。
攻撃する様子もない。
風に揺れるだけだった。
無双は少しだけ首を傾げる。
「……乗れってことか?」
返事はない。
グレイブジョウが告げる。
「ブルームレイド、生体反応低下中」
「これ使ったらどうなる?」
「予測不能」
「安心できる答えが一個もねぇな」
無双は蔓を見上げた。
九十七階は、はるか上。
でも。
道は、ここにある。
無双は笑った。
「まあ、いいか」
「判断基準を要求」
「なんとなく」
「不合理」
「うるせぇ」
一歩、近づく。
その瞬間。
蔓が無双の胴へ巻きついた。
「おい――」
一気に縮む。
「うおっ!?」
身体が地面から跳ね上がった。
風が耳元で裂ける。
研究棟の外壁が、凄まじい速さで下へ流れていく。
「先に言えって!」
返事はない。
束ねられた蔓が縮みながら、無双を上へ引き上げる。
五十四階。
焼け焦げた外壁の裂け目が迫る。
そこへ届く直前。
上へ伸びた別の蔓束が、無双を受け取った。
「まだ行くのかよ!」
さらに上へ。
次の束。
また次の束。
残っていた根と蔓が、外壁に沿って一本の道をつないでいた。
六十階。
七十階。
八十階。
無双は蔓から蔓へ引き渡されながら、研究棟を一気に駆け上がる。
その後ろ。
役目を終えた蔓から、少しずつ力が抜けていった。
張りつめていた束がほどける。
焦げた葉が、風に千切れる。
一枚。
また一枚。
研究棟の外壁を舞いながら、地上へ落ちていく。
下では、グレイブジョウの赤い目がその様子を追っていた。
「ブルームレイド、生体反応低下」
その声は、もう無双には届かない。
さらに上へ。
残った蔓が、最後の力を振り絞るように縮んだ。
最上階が近づく。
白い外壁。
黒く開いた裂け目。
その奥で、また爆炎が上がった。
布武の火。
無双は風に目を細めた。
「待ってろ」
焦げた蔓が、強く引く。
「今、戻る」
無双は迷わず、その道へ身体を預けた。
焦げた蔓に引かれながら。
九十七階へ、一気に駆け上がっていった。
(第三十七話・終)
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次回掲載日:2026年10月04日 20時00分です。
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