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レッドオーガ ―不殺の鬼の名を継ぐ、白き鬼―  作者: うみぐま


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第三十一話 閉鎖区画・後編

玲那は無双たちを順に見た。


 敵を警戒するというより、観察するような目だった。


「で――お前ら、この場所を誰から聞いた?」


「鴉羽だ」


 無双が答える。


 玲那の眉がぴくりと動いた。


「……鴉羽?」


 舌打ちする。


「あの野郎。場所まで喋ったのかよ」


 布武が問う。


「仲間じゃないの?」


「一応な」


 玲那は面倒そうに髪をかき上げた。


「けど、あいつは勝手に動きすぎる。何考えてんのか分かんねぇんだよ」


「法原はどこだ」


 無双が一歩前へ出る。


「教えるわけねぇだろ」


「ここにいるの?」


 布武が問う。


「今はいねぇよ」


 玲那はあっさり答えた。


「逃げたの?」


 その言葉で、玲那の表情が変わった。


「博士が?」


 声が冷たくなる。


「ふざけんな。博士をなめんなよ」


 無双は黙って玲那を見る。


「あの人は、あたしが追いかけるって決めた研究者だ。逃げたんじゃねぇ」


 一拍置く。


「ここに残る必要がなくなっただけだ」


 継真が静かに尋ねた。


「では、次の仕事へ向かったんですか」


「知りたきゃ博士本人に聞け」


 継真はそれ以上追及しなかった。


「……では、もう一つ。解除キーは、どこですか」


「解除キー?」


「眠っている仲間を起こすために必要なものです」


「眠ってる仲間……?」


 玲那が黙った。


 やがて、何かを思い出したように白衣のポケットへ手を入れる。


 取り出したのは、小さな記録媒体だった。


「……これのことか?」


 無双たちの視線が、一斉に集まる。


「それを、どこで?」


 布武が問う。


「博士から預かってた」


 玲那は記録媒体を指先で弄ぶ。


「何に使うかも言わずに、『好きにしろ』ってな」


 無双が一歩前へ出た。


「じゃあ、それを渡せ」


「嫌だね」


 玲那は記録媒体を握り込む。


「今、面白いこと聞いたばっかなんだ」


 手元へ視線を落とす。


「眠ってる仲間を起こす鍵、か……」


 しばらく黙ったあと、玲那の口元がわずかに上がった。


「……そういうことかよ」


「何が?」


 布武が聞く。


「別に」


 玲那は顔を上げた。


「やっぱ博士は最高だって思っただけだ」


「渡して」


「奪ってみろよ」


 玲那の両手に、白炎が灯った。


「できるならなっ!」


 速い。


 無双がそう思った時には、もう合掌が成立していた。


 白炎が重なり、すっと消える。


「番内【烈風波《れっぷうは》】」


 玲那の掌が、わずかに横へ向く。


 次の瞬間。


 圧縮された風が、無双の脇を抜けて爆ぜた。


「っ!」


 布武が身を低くする。


 継真も反応した。


 だが、間に合わない。


 風は二人をさらい、そのまま外壁へ向かって押し流した。


 二人の身体が床を滑る。


 背後の内壁へ叩き込まれ、白い壁に亀裂が走った。


 次の瞬間。


 壁が砕け、その向こうの外壁まで風圧が突き抜ける。


 外光が、一気に研究室へ流れ込んだ。


 布武と継真の身体が、砕けた破片とともに外へ投げ出される。


「布武! 継真!」


 無双が叫んだ。


 玲那は動かない。


 吹き飛ばされていく二人から、目だけは離さなかった。


「お前ら、レッドオーガなんだろ」


 低く呟く。


「このくらい、自分で戻ってこいよ」


 二人はただ落ちているわけではなかった。


 《烈風波》の勢いに押され、研究棟から離れる方向へ流されていく。


 このままでは外壁へ戻れない。


 地上まで落ちる。


 無双はもう走っていた。


「無双!」


 布武の声が聞こえる。


 止まれと言ったのかもしれない。


 それでも、無双は止まらなかった。


 割れた外壁を蹴り、迷いなく空中へ飛び出す。


 玲那の眉が、ごくわずかに上がった。


「……迷いなしかよ」


 無双は振り返らない。


 ただ二人を追うだけでは足りない。


 落下しながら、布武と継真よりさらに外側へ身体を投げる。


 風が耳を裂いた。


 無双は空中で身体をひねる。


 正面に、布武と継真。


 その向こうに、白い研究棟。


 ここからなら、二人を建物へ押し戻せる。


「布武! 継真!」


 二人が振り向いた。


 無双の両手に白炎が灯る。


 《烈風波》なら、ヴァレンとの訓練で使ったことがある。


 ただ、得意じゃない。


 玲那ほど綺麗にも、強くも扱えない。


 それでも今は、二人を押し戻せればいい。


 無双は両手を合わせた。


 白炎が重なり、すっと消える。


「番内【烈風波《れっぷうは》】!」


 掌から、風が爆ぜた。


 玲那のものとは違う。


 荒く、歪で、力任せ。


 それでも風は、布武と継真を正面から捉えた。


 二人の身体が研究棟側へ押し戻される。


「あとはなんとかしろ!」


「雑ね!」


 布武が叫び返した。


 その瞬間。


 風を放った反動が、無双自身を逆方向へ押した。


「うおっ――!」


 ただでさえ研究棟から離れていた身体が、さらに外へ流される。


 だが、無双はそちらを見なかった。


 視線の先にいるのは、布武と継真だけだった。


 無双の《烈風波》は二人を研究棟へ押し戻した。


 だが、風は荒い。


 同じ方向へ飛ばしたはずなのに、二人の軌道が少しずつずれていく。


「継真!」


「大丈夫!」


 先に外壁へ届いたのは布武だった。


 衝突まで、もう数秒もない。


 布武は迫る壁の一点を睨む。


 両手に白炎。


 合掌。


「番内【焔穿《えんせん》】!」


 細く収束した火気が、外壁の芯を貫いた。


 赤い亀裂が走る。


 次の瞬間、壁が内側へ砕けた。


 布武は勢いを殺さず、そのまま開いた穴へ滑り込む。


 一方、継真はさらに下へ流されていた。


 布武が入った階には届かない。


 迫ってくるのは、数階下の外壁。


 怖い。


 痛みも残っている。


 それでも、無双がここまで戻してくれた。


「……ここからは、俺がやる」


 両手に白炎を灯す。


 合掌。


「番内【水裂《すいれつ》】!」


 細く圧縮された水気が、外壁を斜めに切り裂いた。


 継真は開いた隙間へ身体を滑り込ませる。


 布武とは、別の階。


 二人の気配が、それぞれ研究棟の中へ消えた。


 無双はそれを見届ける。


「よし」


 その直後。


 右腕の奥に、鋭い痛みが走った。


「っ……!」


 さっきの《烈風波》で、治したばかりの腕に無理をかけた。


 継真に言われたばかりだった。


 骨をつないでも、すぐ元通りになるわけじゃない。


 けれど、今さらどうにもならない。


 無双は研究棟から離れたまま落下を続けていた。


 地面が迫る。


「……もう一発」


 両手に白炎を灯す。


 落下の勢いを風で殺す。


 それだけでいい。


 だが――。


 右腕が震えた。


 右手の白炎だけが大きく揺らぐ。


 左手との釣り合いが崩れた。


「まずっ……」


 無双は両手を合わせようとする。


 白炎が触れ合う寸前、二つの圧がぶつかった。


 弾かれる。


「っ、合わねぇ……!」


 白炎が散った。


 《烈風波》は成立しない。


 地面が迫る。


 もう一度組み直す時間はない。


 間に合わない。


 その直後。


 無双の身体を、下から風が掬い上げた。


「な――」


 身体が大きく煽られる。


 落下速度が、一気に削がれた。


 風は無双を包んだまま、地面すれすれまで支え続ける。


 だが、完全には止まらない。


 最後に風がほどけた。


 無双の身体が石床へ落ちる。


「ぐっ!」


 肩から転がり、何度か地面を跳ねた。


 ようやく止まる。


 息が詰まった。


 すぐには起き上がれない。


 数秒遅れて、肺へ空気が戻ってきた。


「……っ、はぁ……」


 痛い。


 全身が痛い。


 それでも、生きている。


 あの高さから落ちて、自分の力だけで助かったはずがない。


 無双は仰向けのまま、はるか上を見た。


 白い研究棟。


 割れた外壁は、もう小さな黒い点にしか見えない。


 さっき自分を受け止めた風。


 あれは――。


「……玲那か」


 答えは返ってこなかった。


 九十七階。


 割れた外壁の奥で、玲那は地上を見下ろしていた。


「……危ねぇな」


 玲那は舌打ちする。


「死なれたら、何も残らねぇだろ」


 地上の無双から目を離さない。


「まだ見てねぇんだよ。お前がどこまでやれるのか」


 その時、端末が警告音を鳴らした。


 外壁破損。


 侵入者反応、三。


 施設内の研究員たちが動き出す気配がする。


 玲那は通信を開いた。


「警報止めろ」


 短く命じる。


「侵入者には手ぇ出すな。あたしが見る」


 警告音が消えた。


 玲那は椅子を引き寄せ、端末へ向き直る。


 画面には研究棟の区画図と、三つの反応が表示されていた。


 一つは中層。


 一つは、それより数階下。


 そして一つは、研究棟の外。


 玲那の指が画面をなぞる。


「綺麗にバラけたな」


 中層の反応に最も近い区画。


 温室区画――試作体【ブルームレイド】。


 下層。


 処置室区画――試作体【スティッチャー】。


 そして外部。


 迎撃待機中――試作体【グレイブジョウ】。


 玲那は白衣のポケットから記録媒体を取り出した。


 指先で一度だけ転がし、端末の横へ置く。


「博士、ほんと性格悪いよな」


 責めているような声なのに、どこか楽しそうだった。


 三つの表示へ、順に指を触れる。


 起動。


 起動。


 起動。


 赤い表示が、一つずつ灯った。


 玲那はそれを眺め、口元をわずかに上げる。


「好きにしろって、こういう意味かよ」


(第三十一話・終)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回掲載日:2026年09月13日 20時00分です。


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