第9話 夢想と無双
私は、笑顔だけを貼り付けて、ママの独擅場を黙って聞いていた。
「そう言えば、メグミさんは、お仕事をまだ?」
続けるつもりなのか、と言いたいのは分かる。でも、期待される答えを出すつもりもない。
「はい。少しずつ仕事も覚えて、楽しくなってきたところです」
幸人さんのおかげで、とは言ってあげない。我ながら、セコい意趣返しだとは思うけれど、その程度は「あり」だと思う。
幸人さんの表情をチラリと見ると、むしろ、次のママの言葉を気にしている感じだ。
「そうよね、お仕事大切よね」
わかるわぁ~と、絶対にわかってない顔で頷きながら、紅茶を一口。
このあたりのカップの使い方は「上流夫人」の役どころにピッタリだと思う。
ノドを湿らせたところで、口角を上げるママ。さて、ここからは、自分のターンだと思っているのかな?
「ノゾミさんは、いかがかしら?」
「お仕事、ですか?」
「えぇ。もう、何年か働いていらっしゃるのよね?」
「はい。良いキッカケがあったら、早く家庭に入りたいなと思っています。それに赤ちゃんも早く欲しいです」
夢見る表情で、チラリと視線を幸人さんに向けている。
良い家庭を作り上げる夢想を、表情だけで作り出すのだから、ノンの被っている「ネコ」は優秀だと思う。
我が意を得たりと、ママの声は一段とハリが出た。
「その気持ち、わかるわ~ ねぇ、メグミさん」
その振り方は、返事を期待してないヤツだと、すぐにわかる。
私は曖昧な笑みだけを返した。
「確かにお仕事も大切だけど、お家のことをするのは、お好きかしら?」
え? ノンにそれを聞いちゃう……
「好きです。お掃除もお料理。あ、最近、お休みの日にちょっと手を掛けた朝食を作るのが趣味になってきました」
余裕の笑みを浮かべて答えるノンに、私はけっこう感心した。
それは、真っ赤なウソ。
ここまで堂々と、笑顔で嘘を言えるなんて。
――ノンが、家で料理をするのなんて見たことがない。
休みの日に、朝食を作るどころか、昼まで寝ているのがいつものこと。
ついでに言うと、掃除は、母に言われて私が時々掃除機を掛けているあり様だったりする。
「まあ! 理想的ねぇ」
そこから三十分ほど。
こういうのをラノベだと「ママ、無双」とか言うんだよね、と心の中で苦笑い。
時折、幸人さんが、申し訳なさそうに、チラチラ見てくるのは、さすがに、これはマズいと思っているのだろう。
とはいえ、私の立場で、ママに水を差すわけにはいかないのだから、ここは、笑顔で流すだけ。
ママは、私そっちのけで、完全にノンに夢中だった。それはよくわかる。
――確かに、どっちにとっても理想なのかもね。
だけど、こんなにも、露骨に「それ」を出す人がいるんだと驚くしか無い。
――ああ。
ノンの態度はたいがいだけど、ママの態度もあまりにもわかりやす過ぎる。
私は、ただ、黙って横にいるのがお仕事なった、今回の「お呼ばれ」だった。
帰り道、途中まで幸人さんは送ってくれた。
「ちょっと、ママが調子に乗り過ぎちゃって。ゴメン。でも、ノンちゃんをママも気に入ったみたいだし」
その言葉に、悪意はないのだろう。おそらく「単純に感想を言った」だけ。
「メグミも、これなら、大丈夫だよね」
これで「何」が大丈夫なのか、正座をさせて問い詰めたいところ。
でも、そんなことができるはずがない。
「えぇ。お母様、ご機嫌になってくださって良かったわ」
私は、笑って頷いた。確かに、気に入ってたね。少しも口ごもったり、無理する言葉もなかった。
ただ、ノンを全面賛美と言う感じだっただけ。
私が、少しも「不機嫌」を見せないことに、安心したのだろう。
「う、うん。ママはすごく上機嫌だった。ありがとう」
それは何に対してのありがとうなのか、問い詰めないけど……
ノンが着々と「私の場所」に手を伸ばしている。
それを、どう言葉にすればいい?
でも、恐らく、ここで私が何を言ってもムダ。だって、これは、私が、ずっと見てきた光景だったから。
欲しいものを見つけた時の、ノンの顔は輝いている。
そして、それを「正しい」と言ってくれる大人の存在をちゃんと、用意するのも、いつものことだ。
人も、場所も、立場も変わった。
でも、起きていることは、何ひとつ、変わっていない。
私は、いつものバッグの肩紐を、握りしめていた。
――思った通りじゃん。
この人は、最初から「理想の人」だったんだよね。




