第7話 今度はお姉さんも一緒に
今思えば、それは偶然を装った必然だった。
凍堂家の訪問以来、私たちは、週に2回、一緒にランチをするようになった。
残りの3日は「ママがお弁当を作ってくれるから」と、休憩室で食べるらしい。チラッと見せてもらったことがあるが、それはそれは、手の込んだ「お見事」なお弁当だ。
そこに合わせて、私にも弁当を持ってこいと言ってきたけど「そんな面倒なことはできない」と断った。
だって、作っていれば、当然のように「私も」と言ってくる誰かさんがいるからだ。最悪、作ったものを勝手に持って行かれてしまうのが目に見えている。
そんなストレスの種を作るなら、ビルにいくらでも入ってるテナントの方が絶対に良い。
「じゃあ、ママに二人分作ってって頼もうか」
私の「面倒」と言う言葉に、ちょっと嫌な顔を見せた幸人さんは、慌てて取り繕って、そんな提案をしてきた。
「そんなことをしてもらうのは、とんでもない!」
私は平身低頭して、お断りした。
一度でも受け取ったら、終わりだ。
末路が見え過ぎていてヤバい。
「我が家の味を覚えてちょうだい」
「女の子なんだから、これくらい」
「結婚したら、自然にやることよ」
そうやって、仕事も生活も、選択肢ごと包み込まれていく。それが「親切」の顔をしていることを、私はもう知っていた。
だから、こうやって無難な形に落ち着いた。
月と木だけ、外で一緒にランチをする。ただし仕事の都合が付かない時は、別でもいい。
それが、私たちの「形」になるように話を向けた。
そして、木曜日。
本日のデザートが出されたタイミングで幸人さんが言ってきた。
「また、ウチに来ない? 今度は、お姉さんも一緒に」
あまりにも動転して、プリンが喉につかえるかと思った……
「姉を、ですか?」
なぜ、ここで姉が出てくるのか、本当に意味が分からない。
「ノンちゃんにね、ママが会いたいって」
確かに、前に話した。「ウチに来た時に、一回だけ」話したのは覚えてる。望未という名前も確かに言ってた。
でも、いきなり「ノンちゃん」呼びになるわけがない。
いや、それよりも、幸人さんは、もっと大切なことを言っている。
「姉を、一緒に連れて行くんですか?」
まいっちゃうよなぁ~ と、なぜか照れた表情を見せてくれた幸人さんは「ママがね」と真面目な顔。
「お姉さまがいるなら、ぜひ、一度、会わなくちゃだって」
その言い方に、嫌な予感がしたのは確か。でも、断れる空気じゃなかった。
そして、家に帰ると、ノンは「お呼ばれ」していることを、なぜか、もう知っている空気があった。
「今度は、私も一緒なのね。あぁ、どんなお家なんだろう」
自分が家に誘われたことに、一切の疑問が無いらしい。
しかも……
「あ、そう言えばね、ちょうど、いくつかワンピを買っちゃったの。せっかくだし、それを着ていこうかな」
やる気満々っていうか「ちょうど」って何?
「無理しなくていいんだよ?」
私は普通の人になら通じるはずの「来るな」を頭の上に書き文字として浮かべながら言った。
当然だ。
妹が付き合っている男性の家に付いてくる姉。どう考えても、ありえない。
「無理だなんて。ふふっ、やだぁ、たった二人の姉妹だもの。彼氏のお母様へのご挨拶くらい。喜んで付いていくわ~」
なるほど。「彼氏のお母様へのご挨拶」ということですね?
私の気にしすぎと言われれば、それまでだけど「妹の彼氏の」と言わないところが、ノンのノンたるゆえんだと感じてしまう。
私たちの会話は、そこまでだったけど、当日、ノンは、私が思っていた右斜め上くらい気合を入れていた。
たぶん、イラストで描いたら、私の頭の横には「マジっすか」とでも、書き込まれているはずだ。
ノンは雑誌で見る「清楚系」そのもののいでたちだった。
ちょっとクラシックなシルエットのワンピース。柔らかいパステルカラーの色合い。
今までのノンの好みと正反対。どうみても「らしくない」服装で、違和感がMAX。
「どう? 変じゃないでしょ?」
――いえ、十分に変です。
女は化ける、と男の人が言ってた気がするけど――ネットだったかもしれない――ホントだった。
鏡の前で、くるりと一回転して見せるノンは、セミロングのストレートに見えるようにセットされた髪がふわりと広がる。
そして、いつものお化粧が、本日は「ナチュラルメイクに見える」ように、絶妙に計算し尽くされた形に塗り尽くされてる。
こ、これは……
既に絶滅危惧種になった、少女マンガに出てくる「お嬢様」を、現実にするとこうなるんだろう。
私は、唖然しながらも、辛うじて言葉を出した。
「うん。大丈夫だと思うけど…… そういうの持ってたんだ?」
「あら、やだ。大切なご挨拶ですもの。着回したモノなんて着られないわ。ちゃんと青山で買ってきたって言ったでしょ?」
青山? 初めて聞いたけど、文脈から言って、それは某紳士服チェーンじゃなくて、地名の方ですよね?
たぶん、ノンの給料の半分じゃ、買えないお値段ですよね?
そして、ストレートになった「お嬢様風セミロング」を見て、私は、思わず聞いてしまった。
「ひょっとして、昨日、美容院にも行った?」
「あ、わかる? 渋谷だと若過ぎちゃうから、表参道の美容院を見つけたの」
え……
私は、言葉が継げなくなる。
そこまでやるんだ?
確かに「狙いに来てる」というのは分かっていたつもりだ。だけど、ここまで露骨にというのは、怖いほど。
とは言え、私は形式的には拒めない。だって「妹の彼氏のお家に失礼がないように」と本人が言っているのだから。
ちなみに、母は「それなら、あちらのお母様もきっと喜ぶわ。愛実も嬉しいわよね」という、謎の援護射撃をしている。
母なりに「愛実の初めての彼氏」ということで応援しているつもりらしい。
なぜ、妹の彼氏の母親が喜ぶ髪型を、姉がすると嬉しいのか。いや、そもそも、なんて彼氏の家に姉を連れて行くのか、という話は、少しも疑問にされないのが、我が家クォリティ。
「これなら、あちらのお母様に喜んでいただけると思うの」
ため息しか出ない。でも、これで「やめろ」と言えば、悪いのは私ということになるのは、わかってる。
ただ、わからないのは、ノンはいったいどういうつもりで、ここまでやるのか、ということ。
いや、百歩譲って、母親世代に受けるカッコをしたのは理解したふりをしても良い。
なんで、ここまで「露骨に」やるのかが謎。
『これじゃあ、まるで挑戦状じゃない』
私は、小さく首を振るだけが精一杯だった。




