第6話 条件のいい家
私は、ちゃんと過去から学んでいる。
幸人さんと「お付き合い」すると決めたら、真っ先に、両親に紹介した。
思っていたよりも、数段、嬉しそうな反応が怖いほどだった。
「うちの娘は不器用でして、真面目なことだけが取り柄で」
「姉に比べると地味ですが、優しいところは長所だと……」
褒めているのか、ディスっているんだか、ちっともわからない言葉を連発する両親。
それでも「初めての彼氏が、こんなに立派な人だなんて」と父も母も、大喜び。
その日、幸人さんに「よろしくお願いします」と頭を下げてくれる両親に、少しだけ心が動いてしまったのは事実。
一方で、コイツの反応は予想通りすぎて、何の感傷も湧かなかった。
「姉の望未です。妹がいろいろと行き届かないところがあったら、言ってくださいね。ほら、メグって、頭は良いけど融通が利かないしぃ~」
こっちは、本当にわかりやすい。
ともかく、幸人さんの名前を確かめつつ、巨大な「ネコ」を被るノンが怖いほど。
紹介したら、紹介されるのは普通のこと。
誘われたのは突然だったけど、私はどこかで、そうなるだろうと思っていた。
ランチを一緒に食べている時に、幸人さんが探るように言ってきた。
「メグミ、今度、ウチに来てみない?」
それが、彼の実家を指していることは、すぐに分かった。
「今まで、さ、付き合った子を家に連れてきたことはなかったんだよね」
彼は「結婚」をチラつかせるような雰囲気で「本気だから」と言うのが上手いと思った。
実際のプロポーズはまだ。けれども、彼の家族に会うということは、結婚の話が現実味を帯びるということ。
今は、着々と話が進んでいるはず。
だから、迷ったけれど断るわけにはいかなかった。
そして、幸人さんの家に来て、改めて、思った。
――情実枠は伊達じゃないのね。
世田谷の瀟洒な住宅が建ち並んだ一角だ。門を入る前から、もう分かってしまった。
確かに、すごい家……というより「お屋敷」と言う方が近い。
門をくぐった瞬間、空気が変わる感じだ。敷地の広さも、庭の手入れも、全部が「余裕」を見せつけてくる。
迎えに出てきたのは、お母様だった。
「まあ、メグちゃん。うちのユキ君がお世話になってるわ。ようこそ。わぁ~、お会いできて、ほんとうに嬉しいわあ」
ほんわりとした柔らかい声に、上品な笑顔。私は、顔を平常に保つので精一杯。
手を取られて、軽く抱き寄せられた。
『何、この距離感?』
とっさに心に浮かんだのは「距離感バグってね?」というネットの言葉。それほど、私は驚いていたんだと思う。
「ユキ君がね。あなたの話ばっかりするのよ~ ベタ惚れね。だから、どんなお嬢さんかと思ってたのよぉ」
「ママ、それ、言っちゃダメなヤツだから」
幸人さんは、少し照れたように笑ったけど、私は、もう一度、心の中で飛び上がっていた。
『ママ? ママって言った!』
「ほらほら、大切なお嬢さんをこんなところじゃダメよ。応接室にご案内して差し上げて」
ユキ君と呼ぶ、その言葉が甘い、甘すぎる。
私は笑顔を保ちながら、案内されるままに付いていった。
ソファに座ると、お父さまが現れた。
「ははは。凍堂家へようこそ。さ、どうぞ、くつろいで」
すぐに「ママ」が現れて、あれこれとテーブルに並ぶのは手作りお菓子に、手作りのオードブル。
自ら淹れてくださる高級紅茶。
そこから、話が始まった。
お父さまは、物腰の柔らかい、いわゆるイケオヤジ風で、話は合わせてくれる。だけど、主導権は自然にママが握っていた。
整えられたテーブルと途切れない笑い声。
全部が、きちんと「名家」風に揃っていた。
言葉が切れたタイミングで、ママは、背中をスッと伸ばして、何気ない口調で切り出してきた。
「メグちゃん、お仕事は楽しい?」
にこやかな声だった。
「はい。まだ覚えることばかりですけど」
「まあ、えらいわね。でもね」
ママは、ふふっと笑って、紅茶に手を伸ばす。
「仕事が楽しいなんて、家庭を知らない人の言い分よ。女はね、家庭で守られている時が一番幸せなの」
さらりと常識を語るみたいな口調に、みじんも疑いを持ってないとわかる。
私は、うまく言葉が見つからなくて、曖昧に笑いながら、でも、少しだけ言葉を返してみた。
これも後々のためだ。
「今は、続けたいと思っています」
それだけ言うと、ママは少し驚いたように目を瞬かせてから、すぐに微笑んだ。
「そう。若いうちは、そう思うものよね」
それ以上、話を深くしてこなかった。でも、その一言で、ママの「答え」は決まっている気がした。
私は、笑顔を貼りつけたまま、小さく息を吸った。
――これは、完璧みたいね。
そう思った。
けれども、まだ、自分を出すのは早すぎる。仮面を付けて「お嬢様」を演じ続けるしかなかった。
帰り道、幸人さんは満足そうだった。
「どうだった? うち、すごいでしょ」
その言い方が子どもっぽい。さっき「ママが」と言った姿が頭に浮かんでる。
私は、家に帰り着くまでに、心を整理する必要があった。
そのせいだろうか。翌日、ノンが、私の顔をじっと見て言った。
「ねえ。お宅にお邪魔したんでしょ?」
家のことを知りたいらしい。
「そうよ。世田谷まで。遠かったなぁ」
「世田谷?」
「うん。古い住宅街なの。お屋敷みたいな所ばっかりで、きっと、一人で行ったら迷っちゃうと思う」
「お父さまって、どんな人なの?」
「物静かで、優しそうな人だったわ」
そこから、話を打ち切ろうとする私を、何度も追いかけてきて、あれもこれもと、聞きだそうとしてくるノン。
できる限り、曖昧に、そして、隠そうとして、でも、執拗なノンの言葉に、隠しきれなくなる私。
――でもね、あなたもだよ。
目の中にある、ギラギラとした光を、ノンは隠せてなかった。




