第5話 条件のいい男
幸人さんは、私が新人研修で、あちこちの部署を回った時に「指導係」についてくれた人だった。
世間的には、たぶん「ハイスペック」な先輩なんだと思う。
そんな幸人さんと、部署は違っても同じフロア。何かと顔を合わせることになる。
ノリが軽く、明るい幸人さんに声をかけられるのは苦痛ではなかった。むしろ、先輩に声をかけてもらえるのは、悪いことではない。
そんな人から「軽くごはんでも行かない?」と誘われる。しかも、私の行動を読んでいるのか、一人で「さあ帰ろうか」と本社ビルを出たところという、一番断りにくいタイミングだ。
これでは「友だちも一緒に」と言うわけにもいかない。
男性と二人で食事、というのは抵抗がある。けれども、先輩からの誘いを、毎回、撥ね付けられるほど、私は強くなかった。
断る理由も見つからないし、断り続ければ、職場の空気が変わる可能性もある。
私は、そういう面倒ごとを避ける選択肢を取るのが「得意」だった。
だから最初のうち、ただ、ご飯を付き合あっているだけのつもりだった。けれども、気づけば、断る理由が毎回ひとつずつ消えていた。
しゃべっている時も、興味を惹く話題を次から次へがお手のもの。店選びもスマートで、支払いも自然。
女の人がどんなことを喜ぶか、ちゃんと知っている。
――女性に慣れてる。
そう思って警戒しているのに、拒否感を持たせないように持っていく自然さが怖いほど上手だった。
「花村ちゃんってさ、変わってるよね」
ある日、そんなふうに言われた。
「変わってる?」
「うん。あんまり欲しがらないじゃん?」
「えっと、欲しがると言っても」
「これだけ、仲良くなっているんだよ? 普通の女の子なら、あれこれ欲しがると思うよ」
欲しがるという言葉に、胸の奥が小さく反応した。いけない……
私は、微苦笑でごまかした。
「そうですか?」
「まあ、それが花村ちゃんの良いところだけどさ」
「あの、そう言われましても……」
「だって、もしも、ここでアクセがなんかをプレゼントしても、絶対、拒否るでしょ?」
「先輩だと、きっと高価なものを出してきそうですものね」
実際、何度も断ってきた。
「普通さ、そういうのって喜ぶと思うんだけどな」
「新入社員では、たいそうなものは、どうにも……」
「と言われると思ったんでね!」
「え?」
「こう言うのなら、どう?」
そう言って、幸人さんは小さな紙袋を差し出した。
「あ、これ、今はやってるらしいですね。中々手には入らないって聞いたのに」
バズってると言われるコスメだ。
値段はさておき、これを手に入れるのは至難の業のはず。
このあたりが「女性に手慣れている」と言うヤツなのだろう。
コスメなんて、普通なら男性から贈るものではない。でも、幸人さんの雰囲気だと、許せてしまいそうなのは、キャラなのだろう。
「いただけません。こんな貴重なもの。何もないのに」
「いいのいいの。買ってみたかっただけなんだ。これ、君が受け取ってくれなかったら、オレが使うわけにもいかないじゃん」
こうやって、冗談交じりに「断る理由」をツブしてくるのが、すごく上手い。
金額的には大きくないから、突き返す理由が見つからなかった。結局、受け取ってしまうしかない自分に、少し腹が立つ。
社内で、普通に扱われること。
先輩として、丁寧に接してもらえること。
それが、少しだけ、嬉しかったのかもしれない。
けれども、私のことを見てくれる人が、他にもちゃんといた。
ある日の午後、プレゼン資料を抱えて席を立つと、同じ部署の先輩から声を掛けられた。
「花村君、その資料、この後のだよね」
桜木さんだ。
配属されてから、何かと私の仕事を気に掛けてくれる。
でも、雑談一つするわけでもなく、社交的な笑顔以上は見せないようなタイプだから、ちょっと苦手だ。
けれども、仕事に対しての真摯さは、いつも、尊敬できる人だった。
「はい。今、会議室に持っていきます」
「じゃあ、一緒に行こう」
「いえ、このくらい」
「オレも、準備があるんで、ついでだよ」
並んで歩きながら、進捗の確認をいくつかして、会議室の前で足を止める。その間も、仕事以外の話をしないのが桜木さんらしいと思った。
ただ、まだ、誰も来てない会議室に入った瞬間だった。
少しだけ、言いにくそうな表情をしてから、珍しくこちらを見ずに、言った。
「人を見るの、得意そうで苦手だよね。……仕事は冷静なのに」
意味を考える前に、先輩はそれ以上何も言わず、奥へと入っていった。
PCを立ち上げている桜木さんは、私に何かを言わせるつもりもないといった表情で、画面を覗き込んでいた。
――どういう意味だろう。
その時は、深く考えなかった。
でも、結局、桜木さんとは、仕事の話以外をしないまま、私は、ゆっくりと幸人さんに距離を詰められていった。
交際を始めた、と言い切るには、曖昧な時期が続いた。
でも、ある日、幸人さんははっきり言った。
「ちゃんと、付き合おう」
私は、すぐに頷けなかった。
男性として「条件」が良いのは確かだ。
見た目も、仕事も、明るい人柄も。
それにお父さんは老舗メーカーの重役らしいし、お祖父様も、立派な方だったらしい。
名門だ……
社内では、はっきりと「情実入社組」だと知られているけれど、それはそれで、商社では否定されてない。むしろ、安心の材料とされている。
私が、幸人さんを「男性」として見てこなかったとは言え、誰がどう見ても、悪い条件ではない。
――世間的に見れば特上の部類だろう。
だからこそ、私はいろいろと考えなければならなかった。
「……考えさせてください」
そう言うと、幸人さんは笑った。
「いいよ。待つから。そんな風に、しっかりしているところが、好きだよ」
けれども「待つ」と言いながら、次の日も、その次の日も、連絡は来る。
私の反応を見極めるように、絶妙のタイミングで連絡が来て、なし崩し的に「デート」に誘われる。
そのやり方に、私は少しずつ慣らされていった。
ここで「はい」と言えば、私の考えている「線」を越える。
結局、私は、いろいろと考えた上で頷いた。
――その代わり
付き合い始める最初に、私は宣言した。
キスはしない。
「結婚するまではダメです。分かってもらえますか?」
「明治かよ!」
私の宣言に、おちゃらけながらも「分かった」と言ってくれた。
「今どき、珍しいな。そういう子、好きだぜ」
その言葉が、なぜか引っかかった。褒め言葉というより、値踏みされたように聞こえたからだ。
そこから「カレカノ」としてデートは続いた。
私は、楽しんでいたんだと思う。
――悪い選択肢だと、思いたくなかった。
あとは、ノンが、どう動くのかだけが、問題だった。
いつも、お読みいただき
たいへん、ありがたく思っております
しかしながら
ブクマがお二人だけの現状からして
作者的には「大失敗」の位置付けで
完結前に、削除を考えざるをえない次第です
もしも
応援していただけるのであれば
ブクマと評価ポイントをよろしくお願いします
めげそう……




