第4話 大人になっても、終わらない
部活は続けた。
だけど、他の時間は、とにかく勉強に集中した。
白根先輩とのことを考えないようにするには、それが一番、簡単だったからだ。
家にいても、ノンは、あれこれと「彼氏自慢」を両親にノロケ始めた。
私が、その「彼氏」とお付き合いしていたことは家族に話せなかった。
もしも、それを話して「あなたはまた、別の人ができるわよ」なんていわれでもしたら――母は実際、明るく言いそうだった――大事な何かが壊れそうだったから。
父も母も「男の子と付き合ったことがない妹」を笑顔で励ましているつもりだったらしい。
「メグも、勉強ばかりじゃなくて、彼氏の一人や二人、作って良いんだぞ」
父は、大らかに笑い飛ばしながら、そう言った。
そして母は、こっそりと聞いてきた。
「元バスケ部のキャプテンって言ってたわ。あなたも知っている人でしょ? どんな人? 真面目な方だと良いんだけど」
――真面目に二股する人です。
そう言って上げられたら、どれほどスッキリしただろう。
でも、それを言った後に、父と母から、どんな目を向けられるのかと考えると、何も言えなかった。
家は、休む場所じゃなかった。
部活と塾と、そして放課後の図書室が私の居場所と決めた。
とにかく、勉強する。
私の目標は「ノンとは、違う大学に行く」ことに絞られた。
できるだけ、偏差値の高い大学。
地元の女子大に推薦で入ったノンとは遠い世界に行くと決めて、猛烈に頑張った。
結果として、私は「超」が付くほど有名な大学に進学した。ちょっと通学時間がかかるけど、自転車で通うノンと分かれられるなら気にならない。
むしろ、嬉しかった。
大学生活は、楽しかった。ノンの影が見えない生活が、こんなに楽しいなんて……
生まれて初めての「自由」を私は味わったんだと思う。
一方で、女子大生活を謳歌するノンは、あっさり「先輩」と別れた。
「なんか、違った」
理由は、それだけ。というよりも、他の偏差値の高い大学の人たちと会っているらしい。
でも、私と関係ない世界で何をしようと、私は全く気にならなかった。
あ、でも、一つだけ「事件」が起きたっけ。
ノンが白根先輩と別れてから、しばらくしてのこと。その白根先輩からDMが入った。
まだ繋がっていたことすら忘れていたのに、こんなことを言ってきた。
「あの時はゴメン。やり直さないか?」
考えるまでもなく返事をした。
「姉のお下がりは、服だけでたくさんです」
そのまま、速攻でブロックした。
だから、ノンが誰と付き合おうと、どんな男の子と遊ぼうと、私は全く興味なかった。自分に被害がなければ、それでいいのだから。
けれど……
私の卒業が近づくにつれて、ノンの様子が、少しずつ変わっていった。
「就職、どうするの?」
私は、最小限にして答えた。
「普通だよ」
それを聞いたノンは、ふうん、と、どこかつまらなさそうだった。
ノンは、信販会社のオペレーターとして就職していた。
仕事から帰れば、喋るのは愚痴ばかり。
「クレーマーばっかりで、マジ無理」
「上司がババァで、理屈になってないんだけど」
「若い男が同じフロアにいないって、どんな罰ゲームよ」
そして給料も、良いとは言えないらしい。でも、それは本人も分かっていたはずだと思うのだけど。
ただし、ノンは、愚痴を言いつつも、どこか余裕があった。その理由は、すぐに分かった。
「寿退職できれば、人生、余裕の逆転ってもんでしょ」
そう言って、ノンは笑った。
けど、実際には、女性と年配の男性ばかりの職場だ。普段の生活に出会いなどない。
だからだろう。マッチングアプリを使い始めたらしい。
スマホを見ながら、ため息をついたり、舌打ちをしたり。あげくは、セルフィーの出来映えを加工し始めたり。
「いい男、いないんだけど」
ノンの「いい男」の基準が、かなり高いことは、なんとなく分かった。
女子大時代に付き合った男たちはどうしたの、とは思う。
振ったのか、振られたのかは知らないけれど、ノンの周りに「彼」がいないのは確かだ。
だからだろう。寿退社を目指すノンが、次第に焦り始めているのが、手に取るようにわかった。
まあ、私に関係ないところで何をしても、私は知ったことではないと無視し続けた。
そんな中、私の就職が決まった。
インターンシップの巡り合わせと、大学名や、OG情報のおかげもあって、誰もが羨む大手商社から内定をもらった。
それを知った時のノンの目を、私は、忘れられない。
驚きと羨望――そして、どろっと濁った欲望。
全部が、混ざった目だった。
――嫌な予感がした。
入社前の研修が始まると、ノンは、私の周りを、やけに気にするようになった。
「どんな人がいるの?」
「同期に男の人、どのくらいいる?」
「社内で合コンとかしない?」
何気ないふりを装うことも忘れて、質問だけが増えていく。
一人暮らしをしたいと、親に相談した。でも、答えは「ダメ」の一点張り。
危ない。女の子なんだから。一人暮らしをするくらいなら貯金しなさい。
理由はいろいろ並べられたけれど、結論は、最初から決まっていたのだろう。
私は、実家に残った。確かに、東京の一人暮らしだと、生活は苦しくなるに違いない。
姉からの苦しさと、一人暮らしの生活苦。
どちらを取るべきか……
本当は一人暮らしの生活苦を選びたかった。だけど、親と断絶してまで、選ぶ勇気は出なかった。
そして、入社して間もなく、私は、凍堂幸人さんと出会った。
社内のジョブローテーションで知り合った職場の先輩で、なぜか私を気に入ったらしい。
とってもスマートな誘い方で、ついつい、私も何度か、ふたりでお出かけをした。
よく考えたら、それは「デート」と呼ばれる行動だった。
話をしてみると、幸人さんは、面白い。仕事ぶりはともかく、プライベートは特別だ。
私に話を合わせ、素敵なお店に連れて行き、楽しませてくれる。
父親は、老舗のメーカー系の重役なのを隠さない。ということは、商社によくある「情実枠」だ。
少し軽くて、ノリが良い人。
「悪い人じゃないんだけどね」
それが、女子社員の共通した評価だった。
大学名は聞いたことが無いところだけど、勉強よりも「青春」してた分だけ、女の子の扱いに慣れているらしい。
デートの店選びも、プレゼントのセンスも、ちゃんと流行をわかってる。なによりも「メーカーへのコネ」が出世のカギを握っている安心組だ。
私たちが働いているのは大手商社だ。
正直に言えば、家、カネ、仕事の全部が揃っている男性。
結婚相手の条件として、悪いどころではない。
「これは、ぜったいに欲しがるタイプだよね」
案の定、ノンは敏感に嗅ぎつけたらしい。
「最近、帰り遅くない?」
「なんか、雰囲気、変わった?」
「お休みの日のお出かけ、お洒落しているよね」
チクチクと、日常会話のフリをした「尋問」に、私は、何も言わなかった。
できるだけ、隠した。今まで、そうやって、生きてきたから。
でも、分かっていた。
どれだけ隠しても、一度、名前を知られたら、終わりだということを。
――また、ノンの「欲しい」が始まる。
でも、私だって、今まで通りの私ではない、と思いたかった。




