第21話 ゲームは終わった
私は、部屋に走り込んだ。
今の表情を絶対に見せたらダメ。見せたら負けになる。
そう言い聞かせて、ドアを背中で押しての立て籠もり。
幸人さんがドアを叩いても、いくら呼んでも、そしてスマホに鬼着信があっても、私はただ貝になるしかないのだ。
反応してはダメ。心に溢れてくる感情のせいで、今は演技ができないから。
素直な感情を、ここでぶつけたら、絶対に良くない結果になる。
――小さい頃からの繰り返し
それこそが、今必要としていること。つまりは「諦める」という態度だ。
驚いたのは、私が部屋に立てこもっていると、三十分と経たずに、笑い声が聞こえたこと。
まあ、さすがに幸人さんのものではなかったけど。
両親が帰宅した気配を感じて、しばらくして……
花村家に怒号が響いた。
生まれて初めて聞く怒鳴り声。
それは、予想もしていなかった、父が怒りにまかせた声だった。
「え? 何それ……」
そんなの知らない。
母の悲鳴のような叫びが聞こえた。
よく聞き取れないけど、幸人さんと――ノンとを非難する声だった。
私のために、両親が?
腰が抜けた。たぶん、私が生きてきて、一番驚いた瞬間だったと思う。
私が聞いちゃってるのは、ノンが奪って、それを両親が非難している声だよね?
リビングで起きている場面を想像してみる。
ノンが妊娠と、そして、幸人さんは自分のモノだと宣言した――それに両親が怒った。それも最大級に。
ということだろう。
「今すぐ、出てけ!」
父の声が響く。
こんなにも怒ってくれる父がいたなんて。
でも、さすがに妊娠した人を家から追い出すのは、ダメなこと。
私は、そっと部屋を出て、階段から、一階を覗き込んだ。
「お前もお前だが、お前が、そんなだらしないことをしやがるから娘が傷付いたんだ!」
誰のことを言っているんだか、声だけだとわからなかったけど、ノンを非難して、幸人さんのだらしなさに怒ってる。
そして、私が初めて見た――
茫然とするノン。
蒼ざめた幸人さん。
そして、幸人さんの襟首を掴む激怒の父。
バンッと幸人さんを突き飛ばした。
「さっさと出ていけ。二度と我が家の敷居はまたぐな」
時代がかった見得を切る父。
瞬間、母と目が合った。
私は小さくかぶりを振ってから、ノンのお腹に視線を送ってみせる。
母に、伝わった。
「あなた、ちょっと待って」
なだめに廻った。これでいい。
私はそっと部屋に戻って、カバンに最低限の身の回りのものを詰め込んだ。
まだ、リビングでは険しい空気に満ちている。
私は、そこを素通りしながら、玄関に向かう。
ドアを開けた音に、父が気付いたのだろう。
「メグ!」
こんな風に、焦った父の顔を見られたのは、本当に良かったんだと思う。
でも、私は、今だけ精一杯の演技をする。
ゴメンね、お父さん。
「数日、頭を冷やします」
ペコリ。
「メグミ」
母が飛び出してきた。
「安心して。連絡も取れるようにするから」
今は、顔を見られたくないだけ。
案の定、幸人さんは、出て来なかったけど、ノンまで、出て来なかった。絶対、勝ち誇って出てくると思ったのに、ちょっと意外。
「明日は休むけど、落ち着いたら会社も行くから」
両親は、言葉をなくした。引き留めることも、そして、慰めの言葉も見つからないよね。
それで十分。
こういう時だもん、タクシーだって使っちゃう。
車中では母に「婚約解消と、ちゃんと赤ちゃんの責任を取るように言って」とだけ送った。
母からは「本当に愛実はそれで良いの?」と返ってきた。
「結婚式には参列しないよ」
「それは当然です。結婚式の後、望未とは縁を切るとお父さんと話し合いました」
「ありがとう」
短く返して、私の計画は終了!
もう大丈夫だよね?
何度も何度も、母からのメールを読み直している間に、涙が出てきた。
嬉しい時って、本当に涙が出てくることを、私は初めて知った。
ノンが奪ってくれた!
私が大事にしていると思えば、ノンは、必ず奪ってくれるのだから。
実際、幸人さんは、外から見たら優良物件にしか思えないだろうし。
ずっと、ずっと、我慢してきて良かった~
私の心には、達成感と歓喜、そして何よりも、安心という名の安らぎが爆発した。
タクシーが向かうのは、都心の一流シティホテル。
ちょっと豪華に泊まるくらいは、できちゃう身だ。
「最高だよね」
落ち着いた室内には、寝心地の良さそうなベッド。
そして、もう、私を拘束する何も無い世界……
ポンとベッドに飛び乗ってゴロン。
ひゃっほー
と叫ぶのはわざとらしいから、大人しくシャワーをして寝る体勢。
でも、興奮しすぎて寝られないかも。
「あっ…… 報告だけはしておいた方がイイよね」
心配を掛けてしまったのだから。
終わりました、とひと言だけ告げるため、電話を掛けていた。




