第20話 ノンの悪あがき
土日は、凍堂家に行くか、さもなくば「ママ」に連れられて、ショッピングが、いつものことになってしまった。
「男の人なんていても邪魔になるだけよ」
謎の主張で、幸人さんは、土日に暇で、あちこち出かけているらしい。
私にとっては、体力的にも精神的にも、けっこう厳しい戦いだ。
そう言えば、先週の日曜日は、青山にある老舗のオートクチュールのサロンにも、やっぱりママと二人で行った。
母くらいの年のデザイナーさんに、細かくサイズを計られて、ついでに、全ての数字をママにチェックされた。
映画なら、ヒロインは「オーマイガッ!」とでも叫ぶところだろう。
私はひたすら心を無にして「生涯二度と来ない場所」を見学するつもりでいたから、気にしない、気にしない……
たとえ帰りに「ウエストはあと二センチ絞った方が映えるって言われたわ」と、チクリと言われても、気にしたら負け。
デザイン画を来週までに起こすからとのこと。つまり、2週間後も、ここにきて、あれこれ一日がかりで打ち合わせになるのだろう。
結婚式場も、日取りを決めたら、ママが強制参加。
ブーケの花の種類から、フラワーシャワーにつかう花の種類まで、実に細かい。
ウエディングプランナーの方は、若手から主任の方に「チェンジ」となった。
「若い人の感覚だと、凍堂家には合わないわ」
せっかく、いろいろと頑張ってくれてたのに、ごめんなさい。
すごく、感覚の合うプランナーさんだったけど、スポンサー様には敵いませぬ。ママのひと言で退場決定。
でも、チェンジを告げられたときに「ホッとした」という目をしていたのを私は見逃さなかったけど。
ともかく「凍堂家の」という大前提のおかげで、小さな式場を選んだはずなのに、帝国ホテル並のお値段になってしまった。
いったい、誰が払うのかと……
あれや、これやで気を遣うけど、実際問題としては、もはや秒読み。
やっと、久しぶりの「完全休日」が取れたのは2月の真ん中だった。
嬉しくて、遅く起きた後は、近所のカフェで溜まっていたミステリーを一冊読む。
朝から両親もノンも出かけていたのを思い出した。
おウチでのんびりも良いかなと、駅前で自分用のケーキを買って、ウキウキと自宅に戻った。
上がっていたテンションが、一気に下がったのは、玄関を開けた時だった。
目に入ったのは見覚えのあるパンプス。
見覚えがあるのは当然で、幸人さんにプレゼントされたばかりで、今度のデートに履いていく約束のやつだ。
足のサイズは同じ……
その時、リビングの方から笑い声が聞こえた。
心から楽しそうな声だ。
そして、もう一つは、聞き慣れた男の声。
でも、理性はちゃんと「ヘンな声じゃない」ってことで安心したのもホントだ。
さすがに、実家で「そんなモノ」は見たくない。
足音を殺さず、一気にリビングを開けた。ドアを開ける。
ソファにくっついて座ってる二人が、同時にこちらを見た。
「……あ」
先に声を出したのは幸人さんだった。
ノンは驚いた顔をしない。
むしろ――
少しだけ、口角を上げた。
「メグ~ おかえりぃ~」
楽しげな顔は「普通の姉」だ。その横で、幸人さんは身体をわずかに離そうとして失敗しているのをしっかり見た。
私はカバンを椅子の背に掛けながら、聞いた。
「何してるの?」
ノンは肩をすくめた。
「別に? ちょっと話してただけ」
幸人さんが立ち上がって、所在なさげ後頭部を頻りに撫でている。
「メグミ。違うんだ」
その声は、どこか弱かった。
私は頭の中だけで「何が、どう違うのか五十字以内で述べよ」と、思わず国語の先生になりそうだった。
さすがに自分が動揺しているのを認めるしかない。
座ったままのノンは、私から幸人さんに視線を動かして、クスッと笑った。
「まだ言ってないの?」
幸人さんが、困った顔をする。
「ノン……」
「だって、もうバレたわけだしぃ。ちょうど良いでしょ」
ノンはソファにもたれたまま、私を見る。
その目は、昔から変わらない。
奪いに来るときの目。
「ごめん」
幸人さんは、たった、それだけを言って、困った顔。
私は一瞬、何の言葉かわからなかった。
「ごめんって?」
私が聞き返すと、幸人さんは視線を逸らした。
「その……」
言葉を探している顔だ。言うべきことがあるのに、言葉が見つからない。そんな表情だった。
ノンが助け船を出した。
「ゆっきーって、やっぱり、真面目な子が苦手なんだよね」
声の表情は、既に勝った者のそれだ。
「まあ、仕方ないよね」
ノンは私を見たまま、言葉を続ける。
「だってさぁ、メグが相手だもんねぇ」
そこで、少しだけ首を傾けた。
「あのね」
「ノン、あの、それはまた今度でいいじゃん」
「え~ どのみち、分かるコトだよ? 今言っちゃえば良いと思うよ」
「だ、だけどさ」
「あら? そのために今日、来たんじゃなかったの?」
「いや、だけど、ほら、そのうち分かるコトだし……」
「こういうのはハッキリ言わないとダメなんだよ?」
「うん、そうだけどさ」
幸人さんが意識しているのは、ノンの機嫌だけだというのが丸わかりだ。
そして――
ノンは、ゆっくりと立ち上がって言った。
「私、妊娠してるの」
――誰の子ども?
それを言うのは、さすがにやめておいた。




