第17話 助走
「最近、すごく積極的だね」
幸人さんが驚きの目で、私を見つめてくる。
「そう? でも、ほら、お父様もおっしゃってたけど、こういうのは勢いも大事だなって思えてきたの」
もうすぐ昼休みも終わる。
私は「チャペルと庭のある式場特集」のページに付箋を貼ると、サッと閉じて、最近一回り大きくした通勤カバンにしまい込んだ。家の机にも、同じような雑誌が何冊も放り出したまま。
面白いことに気が付いた。我が家の付せんたちは「一人歩き」が好きらしい。たまに、付せんが外れていたり、付けたページが違っていたり、はたまたページごといなくなったり――地味な嫌がらせだね、と私は平常モード。
むしろ 「嫌がらせ」じゃない方が、一般論としては怖いけどさ。
「ドレスは、もうちょっと派ででも良いんじゃないかって。ママが」
「ふふっ。着るヒトが地味だものね」
「そんなことはないけど」
どうやら、ママのセリフが図星になったらしい。わかりやすくて良い。
私は心から微笑める――そんなことくらいでは傷つかないから、大丈夫。
「でも、いろいろと時間が無いわ.頑張らないと」
「メグミが前向きになってくれて嬉しいよ」
「だって良い式場を押さえるのもそうだけど、ウエディングドレスや、お色直し用だって、いろいろと時間がかかるし」
気が付けば、もう、冬の半ば。
あまりノンビリしていられないよ?
「お母様も、ジューンブライドが良いって賛成してくださってるんでしょ」
「あぁ。ママもそうだったって」
幸人さんによると、ようやくママも反対しなくなっているらしい。ママもちょい悪イケオヤジパパも、結婚を早めることに賛成なのが、ちょっと、面白い。
「何だかんだで、けっこうギリギリになったし。いろいろと決めなきゃいけないことも多いけど、とりあえずドレスと式場だけは早く決めたいな」
私は、ちょっと内緒話的に声を潜めて「ハネムーンもね」と付け足した。
途端に、幸人さんがニヤリと応じてきた。
「ヨーロッパだったね。休暇も余ってるし、慶弔休を入れれば3週間は取れる」
大手だけに、休暇はたっぷりとあるし、学生時代に海外旅行は何度も行ったという幸人さんには、自信があるらしい。
「行きたいのはパリとミラノだっけ? 他にも余裕で回れそうだよ」
「ふふっ。初めての海外。楽しみだな」
「今時、珍しいよね。あ、そう言えば、ママも初めての海外はパリに行ったって言ってたな」
「そうなんだ。じゃあ、いろいろとお話を聞かないとね」
「まあ、どうせ一緒に暮らすんだし、後でゆっくり聞けば良いさ」
幸人ママのご機嫌は「結婚後の同居」に同意してから急上昇した。
先日も、あの家にお邪魔して「幸人はこれが好きなの。お仕事の朝にでも、飲めるようにしてあげて」とクラムチャウダーの作り方を教わった。
ネットで探した「簡単レシピ」を予習していったら、ブイヨンから作る本格派だった……
玉ねぎの切り方ひとつにも、こだわる手順がある。ママのありがたい教えを片っ端からメモする「素直な嫁」だ。
まあ、そのメモを家に帰ってから、どこかにやっちゃうのは、ナイショ。
「お料理は愛情を込めるものなのよ。ちょっとした手間を掛ければ、無限に美味しくなるわ」
「はい。おっしゃる通りですね。こうして作ると、本当に美味しいです」
全面肯定マシーンと化した私にスキは無い。幸人ママは、ますます絶好調。
でも「コンソメをヒトカケ入れればすむのに」だとか「1時間も煮込む料理を、フルタイム勤務で平日に作れるわけが無い」というツッコミは、胸にしまっておくしかなかった。
ふっと現実に戻った私の前で、幸人さんがお店のドアを開けてくれている。
こういうところは「慣れてる」って感じ。私も自然な笑顔で「ありがとう」と言えた。
「じゃあ、旅行の方はオレが考えとく」
「お願いします」
「それと……」
ちょっと言葉を切って、視線を外した。
「式の後、成田に直接だと疲れるからさ」
「はい。その日と翌日は都内のホテルでゆっくりするんでしょ?」
幸人さんが望む「答え」を先に言葉にする。一日でも早く、だよね?
平然としたフリをしているけど、明らかに顔がニヤついてる。
さすがに、その表情が読み取れないほどではない。だからと言って、それで「改めて軽蔑する」ほど、幼くもない私だ。
「あぁ。疲れたまま旅行だと、ケンカになりやすいからね」
「ありがとう。都内のホテルも、泊まったことがないから、ちょっと楽しみ」
「楽しみだね」
その瞬間、幸人さんの目が、私の身体を撫で下ろした。だけど、結婚の具体的な話をしている相手だ。それを不愉快だと思うわけにもいかないとわかってる。
――そもそも、幸人さんの「楽しみ」と私の期待は違うものだし。
些細なことを、あれこれ指摘しても邪魔になるだけ。最短で行くと決めた以上、どんどん決めていく。
そして、少なくともプロジェクトが達成されるまでは、結婚のことは秘密。
だから――
指輪を付けるのは、幸人さんの家に行くときだけ。
――パートタイムラバー
どっちが? その言葉を胸に封印しておくのが、今の私だ。




