第13話 プロポーズ
第13話 プロポーズ
連れて来てくれたのはホテルのメインダイニング。
そう…… ノンがインスタに載せたお皿のあるお店だ。
席について真っ先に感じたのは、幸人さんの雰囲気が、いつもと違ってるっていうこと。
ホンの小さな雰囲気の違いだけど、きっと、今の私は過敏になっているから、わかってしまうのだろう。
その瞬間、別の感情が心に溢れそうになったけど、ともかく、美味しい料理に罪はない。
心ゆくまで、料理を堪能した。
さすが超一流。美味しかった。
一方で「二人のディナー」と考えると微妙な空気があったのは事実。
落ち着いた照明で個室に近い席。いつものように料理の話、仕事の愚痴、海外旅行の話に、ゴルフの自慢。
他愛ない会話の連続はいつも通り。
けれども、やっぱり、どこか違う。
視線に載せられた「意志」のようなモノを感じてしまった。
いつもよりも速いピッチで、四杯目のワインを飲み干してから、幸人さんの目は据わっていた。
そして、とうとう言った。
「部屋を押さえてある。もう、遅いし。泊まっていかない?」
分かっていた。こういう流れがあることくらい。
以前は、もっと軽く「どう?」「無理」「あ、そ」だったけど、今日の表情はあの時と違う。
「な? いいだろ」
「無理です」
あえて、即答した。
「えー、なんで?」
冗談めかした声だけど「いいじゃん。オレたち付き合っているんだしさ」と、引いてくれない。
多分、つい最近の成功体験が、私にも使えると思っているんだろう。
そりゃね、ノンは、い~っぱい、お泊まりしてきたし。手段を選ぶつもりはないのだろう。
あと一押し、ってね。
だけど、 私を一緒にしてもらっては困る。
スッと、背筋を伸ばして答えた。
「お付き合いする前に、言いましたよね」
こういう時は、キッパリと断るって決めてある。
「結婚するまで、そういうことはしません」
自分で思った以上に、強い拒絶の響きになってしまった。
さすがにムッとした表情だ。
最近はちょくちょく見せるようになってきた、怒りを懸命に押さえている顔。
「まだ、その話?」
軽く笑おうとする。
「今どきさ、重すぎない?」
「重いとか軽いとか、関係ないです。私は、変えるつもりはありません」
幸人さんは、ため息をついた。
「真面目かよ」
その言い方に、苛立ちが混じる。
「好きなら、いいじゃん」
「それと、これとは別です」
「そんなにオレが信用できないの?」
沈黙。
「信用するしないではなくて、決めてるんです。だから、最初に、結婚するまではと言いました」
しばらくして、幸人さんが言った。
「じゃあさ」
軽い声だった。
「結婚、しようか。すぐ」
あまりにも、簡単な言葉だ。
「……え?」
「だから、結婚するって言ってるの。それで良いんだろ?」
ワインよりも、自分の言葉に酔うみたいに、幸人さんは言葉を重ねてきた。
「だって、さ。もう、そのつもりで付き合ってるんだし。いずれ結婚するなら、いいでしょ?」
心臓が、一拍、遅れた。
ついに、言った……
嬉しさなんてカケラも生まないプロポーズ。
ああ、今、言ったな、というそういう感覚だ。
「それ、本気ですか?」
私が聞くと、幸人さんは、大きく肯いた。
「本気だよ。決まってるじゃん。結婚しようって、冗談で言うヤツなんかいないって」
私の反応が変わったのがわかるのだろう。その声は、いくぶん和らいでいる。
「ほら、うちもさ、家はちゃんとしてるし。君だって来たことあるわけだしさ。結婚を拒否る条件なんてないだろ?」
私が黙っていると、さらに言葉を並べ始めた。
「パパの会社があるから、まだ、オレも出世するし、ママも、君のこと気に入ってるし。家だってある」
まるで、お店の人が、商品を並べるみたいに、条件を挙げている。
私は、しばらく黙っていた。
その沈黙を、幸人さんは「肯定」だと思ったらしい。
「な? それなら良いだろ?」
笑った。
私は、ゆっくり頷いた。
「……分かりました。でも、今夜はダメです」
「なんでだよ!」
「きちんと両家に、結婚のご挨拶をして、形を整えてからじゃないと」
「絶対?」
「はい。絶対です」
幸人さんが、その時に歪んだ笑いをしたのを私は見ないフリをした。
しかし、それで、私たちは「確定」した。
結婚の約束が成立……
その夜、ベッドに入ってからも、眠れなかった。
嬉しい心は一つもないまま、考えるべきことが次々と浮かんでくるせいだ。
一段落、というよりも「次のステージ」で勝負する感覚に近い。
――ああ。
やっぱり、そういう人だった。
翌朝、幸人さんから来たメッセージ。
《昨日のこと、ママに話したよ。すごく喜んでた》
この一文は、結果ではなくて「スタートピストル」だ。
最終段階がスタートした合図に過ぎないということ。
ついつい、自分でも驚くほど冷たい笑いが浮かんでいた。
「今ごろ、幸人さんは、どう思っているんだろう?」
「つい、言ってしまった」と後悔しているのか。それとも「ようやく抱ける」と肉欲を持て余しているのだろうか?
でも、約束は成立した。しかし、誰もそれを「守る」とは言ってないことを、噛みしめていた。
――条件は、全部、揃った。




