第12話 伏線
桜木さんは一週間ほど出張している。
例の企業の地方支社について全国を飛び回って調査しているはず。
桜木さんが内密で任された仕事の下働きを頼まれた。
極秘の、それでいて「地味~」な仕事。
ちょっとした連絡に、依頼書の作成、ちょっとした確認とスケジュール調整。それに、必要な権利関係の書類や契約書をファイルから探し出してまとめておくなどという、チクッチクッと時間を取られるお仕事の連続だ。
まだ、会社名をハッキリと言葉に出して教えてもらえないことになってるけど、ウチの関係先になるから、手は抜けない。
「見れば見るほどヒドいよね~」
財務関係の資料を読むコトも覚えた。いくつかの内部資料も提供されている。
経営者の判断ミスに、放漫経営、そして、一部の役員による不正行為なんて、特別背任で追及されてもおかしくない。
寄って集って「食い潰した」形の業績悪化――簡単に言えば「もうすぐ倒産」だ。
こちらは、マイナス材料をいち早く掴む。けっして正義なんかのためではない。情報を手に入れて「自分が損をしない」ようにするのが、いつだって現実の問題だ。
まだ内密であるうちに、こちらに降りかかりそうな損害から逃げ、そこが潰れても自分にそれが影響しないようにする。競合する相手に、その損害をなすりつけられるようにしておくのが「大人のやり方」だった。
要するに「自分は損をしないようにする」という話。
ただ、それだけのことなんだけど、それをやるためには膨大な下準備が必要だというのが、身に染みてわかってしまう今日この頃。
フロアには、誰もいなかった。まあ、人が少ない時じゃ無いとできない仕事でもあるから、都合が言いと言えば良いんだけど。
余計な人が首を突っ込んできたら、それを停めなきゃだもんね。
そのあたりは、信頼関係もある。
今回、桜木先輩が極秘に担当している仕事の中身は、誰にも漏らせない。もちろん、会社名なんて、かすらせてもダメなこと。
その中で、下働きという形をさせてくれる。これは「少しだけ事情を教えてるよ」という形。きっと私を信じてくれたからだと思ってる。
優しさなのかな、とも思いたい。
極秘事項を、こっそり教えてくれたのは、この先の私のためになること。先輩として、私を導きたいんだろう。
そう信じて、仕事をするのは後輩の務め――いや、私の仕事だった。
尊敬する先輩の信頼に応えたいから、私にとっても「やるべき仕事」として、勝手に全力投球してるわけだ。
――だから、余計なことは考えない。
いろいろな「学び」を、地味な仕事から覚えるのも、私の仕事だぞと言い聞かせるのも大事なのだ。
だって、いくら仕事でも、こういう仕事をコツコツするのは、メンタルがジワッと侵食されるものだから。
人の人生なんて、会社の業績一つで簡単に左右されるんだよ、と言う事実を目の当たりにすると、つくづく思ってしまいながら、また一つ、ファイルを綴じてロッカーにしまってる私。
――自分の仕事が無意味だなんて思いたくない。
こういう小さな仕事だって、ちゃんと役に立つし、きっと役に立ててみせると自分に気合いを入れての残業だ。
そう考えた時、ふと、インスタにノンが載せてる写真みたいに、と考えてしまった。
あれだって、一枚ずつの写真に意味はないけど、全体で「清楚で家庭的な女の子」というセルフブランディングができあがる。
あれを見たら「こういう子と結婚したいね」と思う男は一定数出るのは当たり前だろう。
でも、問題なのは「数」ではなくて「誰」の問題……
――ダメダメダメ。今は、それを考えてはダメな時だ。
慌てて振り払う。
ともかく、その日の仕事は、地味な作業の繰り返し。誰にも見せず、誰にも相談せず、コツコツと孤独で地味な残業だった。
いつの間にかフロアの女子社員は私だけになっていた。
まるで、それを知っていたみたいに、幸人さんがエントランスで待っていた。
「おつかれ~ ご飯、食べに行こうよ」
そう言って、いつもの調子で笑った。
喉まで声が出かかる。
『ノンとの食事は楽しかった? ううん、お食事だけじゃないんだっけ』
皮肉の一つも言いたい自分を抑えるのは、けっこう大変。
そう考えると、ノンが載せた「お皿の写真」は、けっこう影響が大きかったのかもしれない。
――相変わらず、そういう「攻撃」は上手いよね。
まあ、ノンの書いた楽しげな記事を思い出すと「よく、平気で私の顔を見られるよね」と思ってしまうのは、仕方ないよね。
ただ、この時点で、ノンは「ホテルでお食事」をしたとは書いているけど、相手は書いてない。
おまけに、書いてあるのは「お食事」と「ゆっくりお話」をしただけ。
誰にも、どこからも、咎められるようなことではない。
そのくせ、見ている人――私――には、ダメージが入るように作り上げてくる。
ノンは何を言いたいのかな?
そう思いながらも「恋人からの食事の誘い」である。断るわけにもいかない。
――食事、だけだよね?
タクシーの後部座席で、幸人さんが握ってくる手は、とても、冷たかった。




