第11話 天秤の上
ノンの投稿には、毎回、見覚えのあるアイコンが、あった。
――幸人さん。
ほぼ、全部に「イイネ」が付いている。
コメントは一文字もなかったのは、さすがに考えているのだろう。でも、それが、余計に生々しかった。
私の見えないところで、つながりができている――確実に、深まってもいた。
ノンの性格と、私たちの過去を考えると、ここでちゃんとしないとダメ。
それだけは確かなこと。
あぁ、考えるべきことが多すぎる……
午後、ちょっと紅茶を買いに行ったときのこと。自販機の前で、ふいに声をかけられた。
「やっほ」
挨拶にもならない言葉で存在をひけらかした幸人さんは、私をかすめるようにコインを入れる。
ボタンを押しながら言った。
「そう言えばさ、ノンちゃんのインスタって、見たことある?」
「えぇ。一応。姉妹なので」
探りを入れてきた、とすぐに気付いた。この間の「ママの発言」で、心配したに違いない。
まあ、その心配はあたりだけど。
「幸人さんも、見てくださってる見たいですね」
言葉を慎重に選んだ。
付き合っている彼女の姉のインスタだから「お付き合い」は大事。あくまでも、私に対する礼儀として「イイネ」を付けてる――と私は思ってる。
「あ、うん、そりゃ、彼女のお姉さんのだもん。気を使うのは当然さ」
私の意思表示を正確に読み取って、あからさまな表情。
だから私も「正確に」読み取ってあげる。
「ありがとうございます」
心からの笑顔をむけると、ホッとした顔だ。
「たまにねDMも来るんだ」
心臓が、一拍、遅れた。
「そうですか」
私がそれしか言わなかったからか、慌てたらしい。
「あ、ヘンなことは言ってないからね。普通のやりとり。何だったら見せようか? って、あ、仕事用のヤツだから…… 今、ロッカーから持ってくるよ」
こういう時、幸人さんは上手い。私の性格なら「確かめるから、すぐ持って来い」なんて絶対に言わないのを知っている。
だから私は「そこまでしなくても」と笑顔を返すだけ。
「あ、そう? ま、気になったら今度言ってよ。いつでも見せるから」
――削除したヤツも見せてもらえますか?
っていたら、どんな顔をするか、ちょっと確かめたくなるけど、我慢の子。
「それに、ほら、お姉さん、インスタもそうだけど、朝食とか、インテリアとか、なんか、ガッバテるよね。良いお姉さんだ」
その言い方が、何気なくて、無邪気で。
「良い姉……ですね」
苦笑を出さないようにするのは大変だった。でも、私の努力を無視して、幸人さんは珈琲のフタを開けながら言った。
「なんか、考え方が大人っていうか。家庭的っていうか、さ。しっかり空気も読むし」
私は、曖昧に笑った。
「昔から、そういうところはあります」
ウソではない。ノンは、いつだって「空気を読む」のが上手かった。
誰が何を求めているか。
どんな顔をすれば、好かれるか。
それを、感覚で分かっている。
「メグミとは、ちょっと違うタイプだよね」
悪気は、なかったと思う。
比べているつもりも、なかったと思う。
でも、その一言で、もう、秤に載せられていることがハッキリした。
仕事が終わって、帰宅する。
リビングでは、ノンがスマホを見ながら、楽しそうに笑っていた。
「ねえ、見て」
画面を向けられる。
「この前の投稿、すごい反応よ。知らない人からも、いいねが来てる」
「よかったね」
「でしょ?」
ノンは、満足そうだった。
その画面の隅に、一瞬、幸人さんのアイコンが映った気がした。
聞く気には、なれなかった。聞かなくても、分かってしまったから。
夜、自分の部屋で、ベッドに座りながら、もう一度インスタを開く。
ノンの最新投稿。
《今日は、価値観の合う人と、たくさんお話できました》
場所のタグは、ついていない。
でも、背景と、テーブルに載せられたカップとソーサーは見たことがある。
それは、幸人さんに連れて行ったもらったレストラン。
そこは、ホテルのメインダイニング。直通のエレベーターで、お部屋に上れるはずだ。
私は、もちろん、断ったけど……
きっと、そういうこと、なんだろう。
私は、スマホを伏せた。
私の場所は、ちゃくちゃくと削られている感覚がヒシヒシと伝わってくる。
――もう、止まらないよね?




