外交手腕と西郷隆盛
西郷さんは交渉が上手かった、外交手腕に長けていた、そこから学ぶべきことがないでしょうか。まずは、私たちの時代には西郷隆盛は征韓論と学びましたが、異議を唱える研究者もいたんですね、教科書も書き変わるかも知れませんね、鎌倉幕府成立年や世界最古の人類なんてのは、既に書き変わってますものね。歴史は勝者側の記録だ・彼らに都合よく書かれている、支配者が代わると歴史の記述も書き換えられた、とも言われますし。西郷さんの征韓論を「濡れ衣」ーー煙たい西郷さんを失脚させるため仕組まれたもの、と明言する研究者も見つけました。どちらが真実か本当のところは分からないのが歴史なのだから、私たちはそれをどんなふうに学ぶかですよね。何を学べるかですよね。こうして自ら調べ、自ら考えて、何を学びとれるかですよね。
私個人は、西郷さんは征韓論(他国侵略思想)じゃない、と答えを導き出しましたけど。その後の歴史から、他国侵略思想・軍国主義に染まって行ったのは明治新政府の方でしたね。西郷が主張したのは、直ちにの派兵ではなくて(それを主張した板垣に反対して)、非武装の全権大使を交渉に遣わし、大使が殺された場合は出兵すべしとし、その危険な任務は自分が引き受けると申し出た。西郷は自分が交渉に当たる場合は丸腰である、江戸無血開城の会談の時も西郷、勝海舟共に護衛をつけなかった、両者の人格あって、世紀の交渉はまとまったのである。交渉に一番大事なのは相手を信頼すること、相手との間に信頼関係を築くことである。他国に大砲を向けて来るようでは、そのような国は最初から平等な交渉の意思などないのである、不平等な条約や不利な条件を押し付けられるばかりである、気をつけなければ我が国が不利益を被るばかりである。相手は自分の国のこと・自国の利益や自分の国が強力になること・強大な力を持つことしか考えていないではないか。西郷は西洋の良いもの・進んだ科学技術は取り入れるが・薩摩はそうして軍事的にも強くなったが、それと共に別のもの・他国に大砲を向けるような無礼な心根は取り入れるな、と警告していたのであるーー何でもかんでも西洋の真似をすれば、国力は疲弊、人身は浮薄に流れ、日本は滅びてしまいます。まず我が国の本体は何かを見据え、しかるのち各国の制度の長所を探り、文明開化に進むべきです。西郷さんの言葉が、今この時代(2020年)の私たちに痛いですね。
「征韓論」に反対し、今はそんな時ではない、外国に軍など派遣させず、内政を整えるべきだ・優先させるべきは内政である。と言った彼らであるが、それではこの国の内情はどうであろう。世の中大企業が倒産し(これまで彼らが仕えていた幕府が倒れ)、国中失業者で溢れ返っている、まずはそれをどうするかから始めるべきだろう。それをどうにかしなければ、新政権は危ういんじゃないのか、君たちは避けて通れない現実から目を背けている。農民は土を耕して食べられる、商人は商いの仕方を知っている、刀を持たなくなった武士は明日からどうして食べる、彼らは今や農民よりも、商人よりも、社会的弱者である、それを切り捨てて、新しい国造りが成るか。おれの民は恵んでくれとは言わない、食べさせてくれとも言わない、自分たちでどうにかしようと前向きな努力をしているよ。郷里に帰った西郷は自身の功労金で私学校を造り、若い子弟の教育に取り組んだりしている。彼らはこの新しい国のためになる、立派な建物(大日本帝国)があっても、その中身(人材)が粗末ではだめだろう、国を支え、担う人材がなくてはだめだろう。西郷は新しい国造りを彼ら若者・士族の子弟らに託すべく、教育に力を注ぐことにしたのである。社会的に見て、武家の子弟というのは、文武に秀で、精神も肉体も鍛錬されていた、礼儀作法もあった、新たな国にとっては即戦力となる存在であった、「武」以外でも十分に生かされたはずである。
倒幕も、その後の内乱・地方武士の反乱が鎮圧されたのも、「版籍奉還」「廃藩置県」の新制度の導入が上手く行われたのも、全て西郷のお陰である、新政府は西郷なしに何も満足に物事を運ぶことができなかった、と思うのだが。薩摩などの力のある藩がまずは版籍奉還すれば、他の藩もそれにならうだろう・追随するだろう。「藩」を解体すにはそこに身を置きそこに通じている西郷に手伝ってもらおう、政府は西郷を呼んだのである。西郷は士族の中にも人望があったし、西郷の言うこと・やることなら彼らも信じられたのである。また薩摩の軍事力も脅威となり、他の藩も反対しようとしなかった。国を一つにまとめるためには、西郷は相手に武の脅しを与えることも潔しとしたのである、多少の汚れ役(暴力団役)にも甘んじた。政府の見込んだ通りである。西郷はそうして政府の要望をかなえてやったのである。その代わり、彼ら持ち物を手放すのだから、その後のフォローは君らがしてくれよ、それは暗黙の了解だったと思うのだが。彼らの組織は解体されたのである、大きな組織・大企業だったのである、その倒産は全地を揺るがすのである(2020年の今聞けば、父神は未来予測のようなことを言う)。その方策がまるでなされなかった。職のないものが溢れかえり、放っておけば彼らは悪さを働く、悪さをさせて死刑にしてしまえ、そんな策だったのである。2020年の今、今後の日本をそんなふうに予測する声も聞く。もしかしたら、本当にそんな時代の転換期がきているのかも知れませんね。歴史を学ぶことで、それを乗り切る知恵を得、またそれを共有していけたらよいと思います。この国がうまく舵切りをしていけるかどうかは、本当は私たち一人一人にかかっている。平和に飼い慣らされた私たちは、無責任に国や政府に頼りすぎていませんか、まずいことになりますよ。大改革・新制度の導入に際し薩摩・西郷が士族に与える影響力を新政府は利用したのであるが、最後もまた「西南戦争」というかたちでその影響力を利用したのである。彼らの組織は解体しても、その魂は簡単に砕かれるものでなく、新政府は自分たちのしたことに収拾がつけられなかった、その尻拭いが西郷の西南戦争であった。お前たちには出来ないから、おれがけりをつけてやる。新政府は最後まで西郷に負んぶに抱っこだったのである。親子関係も、男女関係も、どんな人間関係も、国に寄り掛かった国民も、寄らば大樹の陰と大きな組織の傘下に入ったものも、群れから離れられない個も、国家間の関係も、自立が大事である、仲良くすることと自立は別である。自立した者同士が完全な関係・円滑なコミュニティを作れるのである。新政府にとっても、西郷は大事な駒・惜しまれる駒ではあったんですがねーー何でもかんでも西洋の真似をすれば、国力は疲弊、人身は浮薄に流れ、日本は滅びてしまいます。まず我が国の本体は何かを見据え、と西郷さんの言う「日本の本体」とは何だったんでしょうね、日本人は優秀だと言われていましたよね、忍耐、勤勉、慎ましさ、礼儀正しさ、誠実・・・色々な美徳も上げられ、精神的にも優れた民族である、とも言われていました。「本体」はその日本人気質を持つ人材だったんじゃないですか。人を大事にすることだったんじゃないですか。
新政府の輩は、腹に一物も二物もあったんですよ。西郷さんの交渉術は、初めにはっきりと自分たちの要望を伝え、相手側の要望・話をよく聞く、その上で腹を割った話し合いをする。両者で合意できるところはどこであるか、自分側の益だけでなく、それをすることが相手側にも益になる、国全体・世界全体・そこにいる人々全体の益・公益と広い視野を考えれば、それは自ず自分にも相手にも益をもたらすもののはずである、両者の合意点が見つかるはずである。江戸無血開城の勝との会談でも、譲れるところは譲り、江戸の人々を戦禍に巻き込まないで欲しいと言う勝の意見に合意を示した。どうしても合意に至らないとすれば、どちらかが自分のことだけを考えているからである、相手に無理な要求を押し付けているからである。そのような話し合いをいくら重ねても無駄である。全体の益・公益という視野を持てない者はリーダーにふさわしくない。
東京府・日本橋、西郷隆盛はこの頃、大名屋敷の中にある、粗末な足軽長屋に住んでいた。客人:ああ、驚いた! 参議・陸軍大将・近衛都督という最高権力を持つ西郷さんが、こんな足軽の住んでいた長屋で暮らしておられるとは。何事にも清潔であることを身信条にしているとは聞いていたが・・・。ところで、新政府に反対する気運が国民の間で高まっていますが。西郷:当然なことです。役人は職務に励んで国民の模範となるべきもの。明治の草創でありながら、役人は私利私欲に走り、家屋や衣服を飾り、愛人を抱え、蓄財をはかっているとは! これでは維新の目的も達せられない。政府の役人は何をしているかと言えば、多くは月給を貪り、大名屋敷に住み、職場にも行かない、悪く言えば月給泥棒です。客人:確かに新政府のほとんどの高官の間で花柳界を豪遊するのが流行っています。西郷:文明開花の政策にしてもその通り。電信を掛け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を作るのはなぜか。今の日本に必要不可欠なものなのか。その利害得失を論ぜず、やたらに西洋の真似をすれば、国力は疲弊、人身は浮薄に流れ、日本は滅びてしまいます。まず我が国の本体は何かを見据え、しかるのち各国の制度の長所を探り、文明開化に進むべきです。(マンガおもしろ日本史より)
本当、面白いですね。今も昔も変わらない、人間が腐敗しやすいものである、ことの普遍性ですかね、気をつけて気をつけていなければならない、それでもそれは忍び込んでくる。
近代日本という新しい国が産声を上げた。その国民は目の開かない赤ん坊のように無知であるーー教育も受けたことのない人たちである、読み書きもできなければ、憲法とは、議会とは、人権とは、いかなるものか知らないのである。人々の意識が芽生えて、国民自身が成熟して、下から変革が行われたフランス革命などとは違うのである。新政府は自分たちの起用したものを次々に国民に押し付けた、国民はわけも分からずついて行くしかなかった。本来国民に仕えるのが国であるが逆だったのである。国の発展のために・強く富んだ国のために、国民は国に仕えるべきである、徴兵制度も、機械が導入された工場での過労も、国民の望むところではなかった、国民の豊かさは実現されなかった、「富んだ国・強い国」の後回しにされたのである、富んだ強い国(の実現)のために国民は女性まで酷使されたのである。何だか今時代(2020年)子を育てる女性や高齢者まで生産活動・経済活動に動員される現状と似てなくもない。豊かさとは何だろう、世界の中で富を持つ強い国は豊かなのか、その民は豊かな生活をしているのか。
「藩」というのは旧式なものとして廃されたのであるが、そのシステムの下では、藩士は藩主に養われていた、生活は保護保証されていた。その上で、彼らは学問を修め、外国の思想を取り入れ学ぶこともしたのである、彼らは教養があり、開かれた目や進んだ思想を持っていた。自分たちの今までのやり方(幕藩体制)に代わるものが必要だと思っていたのである、士族たちは新しい国を自ら求めるに十分成熟していたのである。士族がそのように学問を修められた(彼らは「生涯学習」していたのである)ということは、彼らの生活は倹しかろうが衣食のために駆けずり回るようなものではなかった、と思われるのだが。どこか長閑で優雅ですらあったような気がする。日々の生活もままならないのに、子供を学校に行かせろ(農作業の手伝いも子守もさせられない)、学校に行くための金を払え(飯も満足じゃないのにそんな金どこにある)、政府のやることはどうなってるんだ、よちよち歩きを始めた・どうにかスタートを切った新政府は、国民を養うことが出来なかったのである。国民を養い育てずにして、外に目を向けた、それが彼らの言うところの「内政重視」である。新しい国造りの基盤があり、素養を蓄えていたのは、藩(そこにいた士族たち)だったのである。新政府には基盤も素養もなかった、国民は無教養で、腹を空かせていたのである。国民は我が身・我が家族を養うことができなかった、国民一人一人の自立がなくて・一人一人がちゃんと立っていられなくて、国が立つはずがない、国を支える無数の柱が国民である、その柱がきちんと立たずして国が成り立たないのは当然である。武器や蒸気機関車、外国から高いものを買いすぎたのである、国民の教育に回す金もなかったのである、政府がしたのは全てを根こそぎに持って行かれるような高い買い物だったのである、武器商人から武器を買った日本は軍国主義に入って行った。
私最近(2020年)英語の勉強を兼ねて、YouTubeに上げられている英語の物語(英語圏の少年少女が読むような物語です)を読んでたんですが、以前には気にならなかったようなシーンなんですが、ちょっと違和感を感じました。船が座礁し、ある一家が無人島に流れ着いた。その家の子供・息子が遊び気分で鉄砲を手にして、空の鳥など撃ち落とす。父親はこう言って息子を咎める、「火薬は大事なものだ、鳥など撃ち落とすのに無駄に使うべきじゃない。土地の野蛮人に出会ったときのために取っておかなければならない」って。私はその手の物語を子供の頃にも読みましたが、その時は物語の主人公の視点に立って、それを主観に読んでいましたが、今は別なことを思うんです。彼ら、人の土地に入って来ていながら、最初から、土地の人間と親和を図ろうという気はないんですね。それが彼らの思考で、彼らはそうやって土地に根差した平和な民を侵害していった、彼らによって駆逐され、根絶やしにされて行った民族はたくさんあったのではないか。どうして彼ら一家が無人島に流れ着いたかと言えば、誰もが我先に救命ボートに乗り、彼らがデッキに出たときには乗組員たちは皆救命ボートの上だった、物語は出だしからひどいですよね。これが子供たちに与えられる物語か、自分を真ん中に置いてしか物を見られなくなるわけだ。悲劇の家族が、彼らは仲良し家族で、力を合わせ、知恵を用い、勇敢に、無人島生活を送っていく、まあ麗しいと言えば麗しい話ですが、浅はかじゃありませんか。彼らの麗しさは対比でしかないわけです、彼らを置き去りに逃げた船員たちの狡さ弱さを暗に描き出し、それでも負けずに颯爽と生きてく僕たち、護身の銃がなければ出会すのも恐ろしい野蛮な土人を描き出し、教養があり文明の力を使いこなし、知恵と勇気のある僕たちと対比させる、私もそんな彼ら・物語の主人公になりきって、子供の頃はそのような本を読みましたよ。あるときふと疑問を感じ、今では違和感を感じます。彼らの麗しさの向こうには、彼ら以外の者たちの痛みや苦しみがあるのに、それは描き出されない・目を向けようとしない、蔑ろにされている。今時代のテレビなどのメディアもSNSなどの投稿も私たちの麗しさを宣伝するが、その麗しさにだけ目が行ってしまう、日々そのことだけを考え、他のことを考えられなくなってしまう、そこには映されていないものやその裏側の知られない事実や真実は、麗しさの影に隠されてしまう。日本人が貧しい生活をしている戦後の時代に、アメリカの家庭では冬でも暖房のきいた暖かい家の中で家族がアイスクリームを食べている、色鮮やかで暖かそうな情景の中で家族が笑顔で団欒している、麗しいですよね、自分たちもそれを手に入れようとしますよね、そんなプロパガンダだったんです。彼らがそれを手に入れるために何をして来たか、彼らの麗しさ・豊かさを支えるのがどこの誰なのか、思い巡らすことはありません。そこには目を瞑って、自分や自分の家族、狭い身内の豊かな生活のために、人を蹴落とす競争に明け暮れたり、遠い外国の人たちを搾取したり、私たちが豊かで幸せであるなんてそんなことなんです。豊かになった私たち自身が、今度はそのプロパガンダを発信している。日本の知識人が受けて来たのは欧米西洋の教育であって、西洋の文化になんかは詳しいんですよ、それを教養だなんて思っているんです、日本にも優れたもの良いものはたくさんありますが、それでは皆さんそれを知っていますか、と私が聞くと、彼らからっきしなんですよ、ワインの話ばかりして、退屈な人たちなんです、ある学者の方がよく言ってますよ。「西洋かぶれ」なんて言葉は、元は日本人はそんな知識人を揶揄していた・『(ものの分からない)仕方ない人たちだ』と大目の評価(大目に見てるけど、可笑しいよ)をしていたということだろう。「かぶれ」なんて好ましくない病気で表現するとは、日本人は案外寛大なんですよ、『病気だから仕方ない』って見方・味方をしてくれる。人に無理くり自分の思想や考えを押し付けない、『そのうち分かるよ』・病は癒えるくらいに、上から目線・神視線です。
私もね、キリスト教思想がある彼らの国は、平等的開放的考えを持っており、女性にも優しい、「レディファースト」なんて言葉もしきりに使われ男性の紳士ぶりがアピールされる、「男尊女卑」の日本とは違う、なんて吹き込まれて来ましたが、実は日本の女性子供は西洋と比べても大事にされて来たようです。イエズス会の宣教師がその頃(戦国時代)の日本を見て、日本と西洋とを比較した本、「ヨーロッパ文化と日本の文化」(ルイス・フロイス著)もあるようです、昨日のYouTube動画で紹介されていたので知りました。最近私自身が気にするようになったためか、日本人よ、日本人であることに立ち返れ、日本の精神を取り戻せ、的な発信をしている人が多くなって来たと思う、のは気のせいでしょうか。流れが変わる時が来たのかもしれませんね。
明治政府がしたばか高い買い物のために日本は焼土と化すこととなるのですが、そればかりではなく、日本人が培って来た精神文化、日本人の美徳を失った、父は息子を日本人として教育しなかったのである。息子たちはその心を失い、浮薄な価値観に流されている。武士は武士の子として厳しく躾けられて来たのであるが、それは途絶えたのである。士族たちは自らの古い器・システムを打ち砕き、新しい国造りに理想を抱き情熱を持っていたーー器に満ちた中身がこぼれ落ちようとしている、器に中身が収まりきれない(キャパシティ・オーバー)、彼らは自らを入れる新しい器を欲していた。新政府は見事な器を用意した・外の形を立派に整えたが、中身(その国の民)は粗末だったのである。憲法を作っても、国民は文字が読めない、何が書いてあるのか理解することも出来ない、もらってもありがたみのないもの、その価値を十分に理解できないもの(キャパシティ・オーバー)となってしまうのである。新しい国の器・キャパシティを持っていたのは、士族だったのである。器と中身がチグハグ、逆だった、皮肉だ。チビデブがノッポの服を着て、ノッポの手足が短い服から飛び出している、そんな滑稽な状況ですよ。背広の紳士と中身も違ってる、この世界は全てがあべこべ、滑稽な劇。文明開化と言うものの、国民は目の開かない赤ん坊、手引きする新政府もよちよち歩きのひよっこ、鉄砲も大砲も、ひよっこ・よちよち歩きの子供が手にするには過ぎたもの・危険なものだったのである。軍備を拡張した政府が、使い方を誤ることは目に見えていた。聖書に、盲人が盲人を手引きする危険性が述べられているが、目の開かない国民を、西洋の宝物倉を開けて見せられその煌びやかさに目の眩んだ政府が、無残な戦争へと引いて行くのである。
息子が空の鳥を落とすのに鉄砲を使ったのを父親が咎める、たかが物語ですがね、彼らが鉄砲を何のために使って来たか、物語の中で父親は息子に、護身のために携帯すると聞こえよく言っていますがーー彼らはそうしてこの地を制覇して来たんですよ、だからですよ、護身用のピストルがなければ日常生活が送れない、それが彼らが作った社会ですよ。日本くらい安全な国はないと言われて来ましたが、世界中が認めるところですが、なぜでしょうね。スーツの紳士はいつも我が身がかわいい・保身、懐には物騒なものを持っている臆病者で・腹に一物も二物もある、この世の縮図が小さな物語にも込められていたんですよ。日本は食われちゃいますよ。身包み剥がされるどころか、魂まで。
次回は「武と西郷隆盛」となる予定。




