【9】学者
“俺たち”が連れてこられたのはこの塔の三階に当たる場所。
いや、ついてきてるのはパラダじゃない、彼女は“行っていいですよ、私は教会の人間として仕事をします”とだけ残して出て行った。
俺がほっとするのもつかの間。
『ただし、あまり遅くならないでくださいね』
その言葉が言外に優しさを含んでいなことくらいは察せた、さっさと面通しを終わらせて任務に復帰するとしよう……。
「ここでさ」
ダグレイスの手招きに、俺とスッティは扉の前に立ち、その大きな木の扉が開かれるのを待つ。
「おい、入るぞ」
「えぇ? なんだよ、忙しいんだけど」
確かに娘のようだ。まぁダグレイスの子だから、見た目のほどというのはある程度察せるものだが、少なくとも声だけならば可愛らしい少女のものだと思える。
スッティに目くばせしながらダグレイスの後に習って扉をくぐれば、その部屋の中は随分と想像と違っていた。
「凄いでしょう? この街にある書物は全部ここに写しがあるんでさ」
「興味深いな」
壁一面に立ち並ぶ棚に所狭しと敷き詰められた本と紙の束、図書館といったような雰囲気もあるが、そんな雰囲気に似つかわしくない科学の実験道具を思わせる素敵な家具がちらほらと転がっている。
この部屋の主の趣味だろうか、その下には切って捨てられた野菜のクズがところどころ落ちていて、掃除はあまりされていないことを感じさせた。
「おい……おいコニュー!」
「なんだようるさいな、話なら後で聞きに行くからほっといてくれよ」
机に向かったまままるで背後の父親に興味を示さず、何やらガタガタと作業をしている少女の背中。あぁいかにも目の前のことに夢中になるとそれ以外が目に入らなくなるといった感じだ。
「はぁー……すみませんね教育がなってなくて、何分かかあはしょっちゅう戦争になるここが嫌になって故郷に戻っちまって、男手一つで育ててるもんで」
「ダグレイス伯……俺もだ」
「いけねぇ、すいませんつい」
「気にするな、育ちが悪いことは十分理解してる」
苦笑しながら頭を撫でまわし、ダグレイスはずがずがと音を立て娘の背に立つ。
「このド近眼! ほらさっさと聖戦士殿に挨拶しろ!」
「なんだよ、このハゲ! 邪魔するな!」
「ほら!」
ダグレイスの手の中でくるりと彼女が回り、俺に向けられた背中は真正面。
「こちら、シャインガルが来た聖戦士殿、イヅナオヒサ様だ」
軽く手を振る、あまり褒められた対応でないことは確かだが、その時はそれ以上に思う事があったのだ。
(似てねぇ)
控えめに言ってこの二人が親子だと言われたらまず血のつながりを疑う。
それでもかろうじて瞳の色と、髭から伺える髪の色が一致しているから親子であることに間違いはないのだろうけど、それ以外の部分は全部母親に似たのだろうか。
その母親も随分と美人だったのだろうなと伺い知れる容姿をしていた。
「……」
じろじろとぶしつけに観察していると、相手もこちらをじっくりと嘗め回すように見ていることに気が付く。
まぁ聖戦士になってからこういう視線を向けられることはしょっちゅうであるし、別にことさら何を思うこともないのだろうけれど。
「ふーん」
この反応は少し意外だった。
「なんか、別に、普通の人だね」
聖戦士ともなればみな俺のことをもてはやし、祈りを捧げ始めたりもするものだから
「僕、マシュアン・コニュー。 こっちのハゲ頭の娘だよ」
そうやってぶしつけに手を出されるというのは随分久しぶりだとも思える。
なるほど、彼女には聖戦士の神通力とやらは通じないらしい。




