2. 坊ちゃんの見積もり
翌朝、父は橋で足場を押さえた俺を、屋敷の支払卓へ呼んだ。ヘルダが支払いの紙を揃え、村の職人は石の現物と控えを持参している。請負を任されたオーラフ・ドレスラーも向かいの席だ。朝の光が卓を斜めに切り、墨と革の匂いの中に、石の粉の匂いが混じる。卓の脇に立つ俺の目には、積まれた紙の上端がようやく届く。
「リーヌス、昨日見た石だ。お前もここで聞け」
「はい、父上。職人にも、石を持って来ていただきました」
村の職人が石の切り口を卓へ向けた。父の手がその重みを受け、卓がかすかに鳴る。
「先日の仮の見積書に書いた品です。橋にもこの石を使います」
「石代は先日の紙と同じですか?」
村の職人は控えの品目をなぞる。
「同じです。こちらには手間賃も入れています。使う石も、この現物から変えません」
俺の袖には、昨日この職人に頼んだ内訳がある。石代二十枚に手間賃十二枚、総額は金貨三十二枚。父にはまだ見せていない。袖口の紙が腕に触れるたび、出す言葉を頭の中で並べ直す。先に確かめる。父に渡すのは、そのあとだ。
オーラフが高い紙を滑らせた。油で撫でた赤褐色の髪の下から丸い鼻が突き出る。紙は俺の立つ側から遠い、父の手元で止まる。
「男爵様、橋にお名前を残すなら、石もそれにふさわしく。こちらが私の請求です。ご満足いただける品を揃えました」
「俺の名の橋に安い石は困るな」
「父上、品目を先に並べていただけますか? 俺も石を見ています」
オーラフの小太りの肩が、石と紙の間を塞いだ。
「坊ちゃんには難しい話で」
言い返そうと顔を上げる。首ばかり伸びて、紙の文字は見えない。
「同じ石なら、品目を並べてください。俺にも読めます」
オーラフは薄い唇で笑みを作る。黄土色の小さな目が父へ移った。
「お分かりでしょうが、男爵様の名を損なわぬ品です。私どもが選び抜きます」
「それなら、選び抜いた所を教えてください。紙のどの欄ですか?」
「石を見るだけで仕入れの苦労まで分かりますか、坊ちゃん?」
「分からないから聞いているんです!」
声が思ったより高く跳ねる。オーラフの肩越しには、紙の端しか見えない。十一歳の目の高さでは、大人の卓はまるで塀だ。背伸びをしても、塀の向こうは見えない。
ヘルダが父の横へ紙を置く。揃えた端は、石の切り口のようにまっすぐだ。
「旦那様。銅像代の枠を六枚超えます」
「足りぬ分は俺の財布から出す。俺の名の橋だ」
「旦那様。お名前では支払えません」
「分かっている! 財布だと言っただろう」
父の鼻息で紙の端が浮く。ヘルダの顔は動かない。枠の話はそこで止まり、俺の袖だけが重くなる。
オーラフが父へ紙を寄せる。
「男爵様、ではこの額でよろしいですね? お名前に恥じぬ橋にいたします」
「待て」
父は俺のほうへ椅子を寄せた。大人の肩越しでは見えなかった石が目の前に来る。父の腕の中なら軽そうな石も、俺には抱えきれそうにない。
「父上、俺は先にお話ししておくべきでした」
父の視線が、紙を握って膨らんだ俺の袖で止まる。父は何も言わず、椅子の背に手を置く。俺の背丈では見上げるしかないその顔が、今は俺の言葉を待っている。
「リーヌス。お前の紙を出せ」
「職人から昨日いただきました。先にお見せせず、すみません」
袖から出した薄い紙を父の前へ置く。角は汗で少し波打っている。父の大きな手のそばに置くと、紙まで小さく見えた。
「では、父上の前でもう一度お願いします」
オーラフが身を乗り出す。
「これは別の石でしょう。同じ額で比べられては困ります」
「どこが違うのですか? 現物で教えてください」
村の職人が石を回し、切り口と表面を見せる。灰色の断面には、細い白い筋が走っていた。昨日の紙に記された品目を、俺はもう一度目で追う。
「ここも品目も、昨日の控えと同じです。橋に積むのもこれです」
「仕上げが違えば値も違います。お分かりでしょうが」
「仕上げの手間は、職人の紙では別の欄です。石そのものはどこが違いますか?」
オーラフの手が請求の欄を隠す。俺が身を乗り出すと、椅子の足が床をこすった。
「坊ちゃん、紙の文字だけでは商売は測れませんよ」
「では石を見ます。父上にも、見ていただきたいんです」
父は黙って石を手元へ寄せる。俺の袖の紙は、まだ父の手の下だ。石の白い筋を、父も目で追う。
ヘルダが現物の脇へ二枚の紙を揃えた。
「同じ石で、こちらはこの額です」
並んだ紙を読む。オーラフの請求は金貨四十六枚。職人の石と手間を合わせた額は金貨三十二枚。差の金貨十四枚は、すべて石代の欄にある。文字はどちらも読めるのに、父の前で声にするまでが遠い。
「手間はどちらの紙も同じです。違うのは、ここだけです。石代だけ、金貨十四枚上がっています」
「名にふさわしい石です、と申し上げております」
村の職人が現物を父の側へ回す。
「男爵様、橋に使うのはこの石です。私の紙も、この石を書いています」
「私どもの紙にも、確かにその品目を記しました。ですが、仕入れには事情が」
「その事情で、石が別の品になるのですか?」
「坊ちゃん、商売には順序がありまして」
「順序なら守ります。まず同じ品かを、父上の前で確かめたいのです!」
叱られるつもりで唇を閉じた。父の大きな手が俺の薄い紙を押さえ、説明が終わるまで動かない。紙が指の下で震える。俺の手の震えだ。父の掌から、橋で触れた石の粉の匂いがする。父は紙を奪わず、続きを待っている。
「リーヌス、続きを言え」
「同じ石です。なら、この上乗せの理由だけを伺えます。俺には、まだ聞けていません」
言い終えると父の手が紙から離れた。角は折れていない。俺が小さく畳んでしまった紙を、父はそのまま広げて置く。
ヘルダが支払いの欄を示す。
「旦那様。払う品目をお決めください」
「この石を使う。だが、この請求には俺の名が値として載っている」
「男爵様、お名前に見合う品をお届けしたい一心で」
「俺の名で水増しするな!」
父はオーラフの紙を押し返した。請求の紙が石にぶつかって止まる。父は席を立たず、自分の手元の石からも目をそらさない。
「男爵様、改めて正しい額で出します。工事は続けさせてください」
「職人とヘルダに品を確かめさせろ。俺も読む」
村の職人が石を抱え直す。
「男爵様、橋にはこの品を使います。私が確かめます」
「頼む。リーヌス、お前も聞いていろ」
「はい、父上。次は紙を袖にしまわず、先にお見せします」
父は俺の椅子を戻さない。村の職人の前で、その背を軽く叩いた。橋の足場で見たのと同じ大きな手だ。石を支えた手の重みが、肩甲骨の間に残る。
「次もその席から言え」




