第5話 管理者の記憶
【第七世界に異常発生】
【創世神級反応を検知】
【危険度:測定不能】
管理端末の警告が白い空間に響き渡る。
レンもレオンも動きを止めた。
先ほどまでの激戦が嘘のように静寂が訪れる。
だが、その静寂は不気味だった。
まるで嵐の前触れ。
多元世界そのものが何かを恐れているようだった。
「創世神級反応……」
レンが呟く。
レオンの表情から笑みが消えていた。
それだけで事態の異常さが分かる。
「お前がそんな顔をするのは珍しいな」
レンが言うと、レオンは数秒沈黙し、低く答えた。
「最悪の予想が当たったかもしれない」
「何?」
レオンは第七世界を示す光を見つめる。
その光は異常だった。
黒い。
世界を表す光のはずなのに、闇に侵食されている。
まるで生きた影のようだった。
「レン」
レオンが振り返る。
「お前は管理者になってまだ日が浅い。だから知らない」
「何をだ」
レオンは深く息を吐いた。
そして――。
「管理者の記憶を見ろ」
その瞬間、白い空間が崩壊した。
無数の光がレンへ流れ込む。
「ぐっ……!」
頭が割れそうな痛み。
膨大な情報。
数千年、数万年――数え切れない記憶。
レンは膝をついた。
「レン!」
ユイの声が聞こえる。
だが遠い。
意識が引き込まれる。
深く、深く――。
***
気付くとレンは見知らぬ場所に立っていた。
青空。
草原。
美しい世界。
そしてそこには若いレオンがいた。
今よりも幼く、まだ笑顔が残っている頃のレオン。
「これが……記憶?」
周囲の人々はレンに気付かない。
ただの追体験。
記録映像のようなものだった。
若いレオンは村人達と笑っていた。
子供達と遊び、老人を助け、仲間達と未来を語る。
普通の青年だった。
「……意外だな」
レンは少し驚く。
その時――空が割れた。
巨大な裂け目。
現れたのは終焉の怪物。
アザト=ゼルすら霞むほど巨大な存在。
人々が悲鳴を上げる。
若いレオンが飛び出した。
剣を抜き、戦う。
傷付きながらも、必死に、命を懸けて。
そして勝利した。
歓声。
感謝。
涙。
世界は救われた。
だが――。
次の瞬間、世界が崩壊した。
「!?」
空が砕け、大地が消え、人々が光になって消滅する。
助けたはずなのに。
救ったはずなのに。
全てが終わる。
若いレオンは絶叫していた。
だが誰も救えない。
世界そのものが消えていく。
やがて全てが闇に飲まれた。
***
場面が変わる。
また別の世界。
またレオン。
また戦い。
また勝利。
また崩壊。
何度も。
何百回も。
何千回も。
繰り返される。
レンは見続けた。
そして理解する。
レオンが嘘を言っていなかったことを。
本当に彼は救い続けていた。
数え切れないほどの世界を。
だがその全てが滅んだ。
希望を掴んだ直後に。
まるで誰かが最初から決めていたかのように。
「……これじゃ」
レンは言葉を失う。
あまりにも残酷だった。
どれだけ頑張っても無意味。
どれだけ救っても終わる。
そんな光景を何千年も見続ければ――
誰だって壊れる。
そして最後の記憶が始まる。
***
そこは世界の外側だった。
何もない虚無。
光も闇も存在しない空間。
その中心に巨大な存在がいた。
レンは息を呑む。
理解できない。
認識できない。
見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。
それほど巨大。
それほど高位。
それほど異質。
「創世神……」
思わず口から漏れる。
若いレオンがその存在を見上げていた。
怒りを滲ませながら。
『なぜだ』
レオンが問う。
『なぜ世界を滅ぼす』
創世神は静かに答えた。
だが感情はない。
『不要になった』
レンの背筋が凍る。
『より良い世界を作るためだ』
『失敗作は破棄する』
『当然だろう』
レオンの拳が震える。
『人々は生きている』
『想いがある』
『未来がある』
だが創世神は否定した。
『それがどうした』
静寂。
そして。
『人間が玩具を捨てるのと同じだ』
その瞬間、若いレオンの中で何かが壊れた。
信じていたもの。
守ってきたもの。
その全てが崩れた。
レオンの瞳から光が消える。
そして――剣を抜いた。
『ならお前を殺す』
創世神は初めて興味を示した。
『面白い』
記憶はそこで終わった。
***
レンが目を開く。
白い空間に戻っていた。
額から汗が流れ、呼吸も荒い。
ユイが駆け寄る。
「レン!」
「……大丈夫だ」
だが大丈夫ではなかった。
心が重い。
レオンの絶望を見てしまった。
その苦しみを知ってしまった。
レオンは間違っている。
だが、完全に否定することもできなかった。
レオンが静かに言う。
「見ただろう」
レンは頷く。
「……ああ」
「なら分かるはずだ」
レオンの瞳は静かだった。
怒りでも憎しみでもない。
ただ疲れていた。
何千年も戦い続けた戦士の目だった。
「俺は世界を憎んでいるんじゃない」
「創世神を憎んでいる」
「だから壊す」
「創世神の支配する全てを」
レンは黙る。
その時――管理端末が再び赤く点滅した。
【緊急警告】
【第七世界封印崩壊】
【対象覚醒確認】
【名称照合開始】
数秒の沈黙。
そして表示された名前に、
レオンの顔色が変わった。
【対象名】
【終焉神ネメシス】
白い空間そのものが震える。
レオンが低く呟く。
「馬鹿な……」
レンが問う。
「知っているのか」
レオンはゆっくり頷き、
管理者になってから初めて――
本当に深刻な声で告げた。
「レン」
「こいつだけは駄目だ」
「創世神より危険だ」
空気が凍る。
ユイもヴァルゼルも息を呑んだ。
レオンが恐れる存在。
そんなものがいるのか。
だが次の瞬間――
第七世界の光が完全に黒へ染まった。
そして多元世界全体に、巨大な声が響き渡る。
『――ようやく目覚めた』
その声だけで、無数の世界が震えた。
終焉の神。
ネメシス。
創世神さえ警戒した存在が――
今、完全に復活した。




