第3話 元・世界管理者
神殿に静寂が落ちた。
崩れ落ちた天井から差し込む赤い光。
舞い上がる砂塵。
その中心に立つ銀髪の男――レオン。
彼が放つ圧力は異常だった。
魔力ではない。
神威でもない。
それでいて、レンがこれまで出会ったどの存在よりも危険だった。
アザト=ゼル。
神王アルディウス。
終焉の獣。
どれとも違う。
もっと根本的な何か――
まるで“世界そのもの”が人の姿を取ったような存在感。
「元・世界管理者だ」
レオンの言葉が神殿に響く。
ユイが呆然と呟く。
「世界管理者……」
ヴァルゼルも目を見開いた。
『そんな存在は聞いたことがない』
「当然だ。知られていたら困るからな」
レオンは軽く笑う。
レンは黙って相手を見つめていた。
視線を外さない。
少しでも隙を見せれば危険だと本能が告げている。
「お前が神を殺したのか」
レンの問いに、レオンはあっさり頷いた。
「ああ」
「第三世界の守護神も?」
「ああ」
「なぜだ」
レオンは少しだけ考えるように目を閉じ、静かに答えた。
「邪魔だったからだ」
空気が凍りつく。
ユイが息を呑み、ヴァルゼルの顔が怒りで歪む。
『貴様……!』
轟!!
ヴァルゼルの槍が放たれた。
神速。
神格級の一撃。
第三世界の監視者としての全力。
しかし――
レオンは避けなかった。
ガシッ。
片手で止めた。
「なっ……」
ヴァルゼルの表情が固まる。
世界を貫くほどの一撃。
それを片手で受け止めた。
レオンは少しだけ困ったように言う。
「話の途中なんだが」
パキン。
槍が砕けた。
『!!』
ヴァルゼルが吹き飛ぶ。
神殿の壁を何枚も突き破り、ようやく止まった。
ユイが青ざめる。
レンの目も細くなる。
強い。
予想以上だ。
レオンは手を払う。
「短気な奴だな」
「……」
「そんな顔をするなよ。別に殺してない」
確かにヴァルゼルは生きていた。
だが、それでも異常だった。
監視者クラスを一撃で無力化する――
そんな存在が人間であるはずがない。
レンは剣を呼び出した。
黒き竜王剣。
第一世界を救った漆黒の刃。
レオンの口元が僅かに上がる。
「それだ」
「何?」
「お前の力だよ」
レオンは興味深そうに見つめる。
「なるほど。確かに管理者に選ばれるだけはある」
レンは構えを崩さない。
「答えろ。なぜ神を殺した」
レオンは笑みを消した。
「簡単な話だ」
低い声。
先ほどまでとは違う、冷たい声。
「この世界は腐っている」
ユイが眉をひそめる。
「腐ってる……?」
「そうだ」
レオンは天井を見上げた。
赤い空。崩壊寸前の世界。
「お前達は何も知らない。世界の本当の姿を。神々の役割を。管理者の意味を」
レンは黙って聞く。
レオンは続けた。
「俺も昔は信じていた。世界を守れば報われると。人々を救えば未来があると」
その声には奇妙な重みがあった。
ただの悪人ではない。
長い年月を生きた者だけが持つ重さ。
「だが違った。全部無意味だった」
その瞬間、空間が揺れた。
神殿の景色が消える。
ユイが驚く。
「えっ!?」
視界が一変する。
広大な草原。
青い空。
平和な街。
子供達の笑い声。
レンは理解した。
「記憶か」
「正解。俺が救った世界の一つだ」
街の人々は笑っていた。
幸せそうだった。
だが――
空が割れた。
黒い亀裂。
巨大な怪物。
終焉の災厄。
若い頃のレオンが現れ、剣を振るい、災厄を討つ。
世界は救われ、歓声が上がる。
英雄。
救世主。
希望。
しかし――
次の瞬間。
世界そのものが崩れた。
「!?」
ユイが目を見開く。
街が消える。
人々が消える。
大地が砕ける。
何もかもが消滅した。
映像が変わる。
別の世界。
レオンが救う。
世界が滅ぶ。
また別の世界。
救う。
滅ぶ。
救う。
滅ぶ。
何度も。
何度も。
何度も。
数百。
数千。
いや、それ以上。
レンの顔が険しくなる。
「どういうことだ」
レオンは笑わなかった。
「世界には寿命がある。管理者がどれだけ頑張っても終わる。神々が守っても終わる。文明が発展しても終わる。全部終わる」
映像が消え、神殿へ戻る。
ユイは言葉を失っていた。
レンも沈黙する。
レオンは続ける。
「最初は偶然だと思った。だが違った。何千年も観察して理解した」
その瞳がレンを射抜く。
「世界は最初から壊れるように作られている」
静寂。
風だけが吹いた。
「誰が作った」
レンが問う。
レオンは答える。
「創世神だ」
その名を口にした瞬間、神殿全体が震えた。
ユイが小さく呟く。
「創世神……」
「世界を生み出した存在。神々を作った存在。管理者を任命する存在」
レオンは拳を握る。
「そして世界を捨てる存在だ」
怒り。
憎しみ。
長年積み重なった感情。
レンは理解した。
レオンは狂っているのではない。
絶望しているのだ。
何千年も戦い続けた末に。
何千もの世界を救った末に。
辿り着いた答えが絶望だった。
「だから神を殺したのか」
レンが問う。
レオンは頷く。
「神は創世神の手足だ。なら先に消す。全部だ」
ユイが震えながら叫ぶ。
「そんなの間違ってる! 生きてる人達がいる! 守りたい人がいる! 壊していい理由なんてない!」
レオンは懐かしむように目を細めた。
「そう言った。昔の俺も」
ユイは言葉を失う。
レオンはレンを見る。
「だから聞く。お前はどうだ?」
レンはしばらく黙っていた。
創世神。
世界の真実。
管理者の役割。
情報は多い。
だが答えは一つだった。
「関係ない」
レオンの眉が動く。
「何?」
「世界がどう作られたかなんて関係ない。誰が作ったかもどうでもいい」
レンは剣を握り直す。
「俺が見てきたものは本物だ。守ってきたものも本物だ。だから守る。創世神が相手でもな」
沈黙。
そして――
レオンは笑った。
本当に久しぶりに笑ったような顔だった。
「なるほど」
その瞬間、レオンの姿が消えた。
「!?」
レンが反応するが遅い。
背後。
レオンの拳。
轟ッ!!!
衝撃波だけで神殿が吹き飛ぶ。
レンは剣で受け止めるが、数百メートル吹き飛ばされた。
「レン!!」
ユイが叫ぶ。
土煙の中からレンが立ち上がる。
口元から血が流れていた。
レオンが笑う。
「いい反応だ」
レンも剣を構える。
全身の魔力が膨れ上がる。
黒き竜王の力。
神王の力。
管理者権限。
全て解放。
赤黒い雷が大地を走り、空が震える。
第三世界そのものが悲鳴を上げた。
二人は向かい合う。
現管理者と元管理者。
世界の運命を背負う二人の戦士。
そして次の瞬間――
両者は同時に地面を蹴った。
轟音と共に。
神話すら超える戦いが始まった。




