第27話 新世界の夜明け
アザト=ゼルが消滅した瞬間――。
世界を覆っていた闇は、嘘のように晴れた。
青空。
どこまでも続く蒼穹。
数時間前まで世界の終わりが迫っていたとは、とても思えない光景だった。
だが、その場にいた者たちは知っている。
確かに終焉は存在した。
そして――乗り越えたのだと。
***
東京。
崩壊した都市の上空。
レンは静かに浮かんでいた。
神核の力はまだ残っている。
だが、戦闘時のような圧倒的な重圧は消えていた。
世界は、確かに平穏を取り戻しつつある。
その時――。
「レンーーーーー!!」
聞き慣れた声。
次の瞬間。
ドンッ!!
勢いよく誰かが飛びついてきた。
「うおっ!?」
レンは慌てて受け止める。
抱きついてきたのはユイだった。
「ばかっ!!」
涙声だった。
「心配したんだから!!」
「ご、ごめん」
「ごめんじゃない!!」
ユイの目から涙が溢れる。
ずっと我慢していたのだろう。
戦いが終わった今だからこそ、張り詰めていた感情が決壊した。
レンは苦笑しながら、そっと頭を撫でた。
「ちゃんと帰ってきただろ」
「そういう問題じゃないの!」
ユイはさらに強く抱きつく。
その様子を見ていた探索者たちから、妙な視線が集まった。
「青春だな……」
「世界救った後にやることがそれか」
「羨ましい」
「黙れ」
レンは顔を赤くし、ユイも真っ赤だった。
だが離れない。
その光景に、誰もが笑った。
――戦いが終わったのだと、ようやく実感できたから。
***
三日後。
世界中で復興作業が始まっていた。
驚くべきことに、アザト=ゼルの消滅と同時に多くのダンジョンが変化していた。
危険度が激減。
これまで無限に湧いていた魔物も大幅に減少。
各国政府は混乱しながらも、急ぎ調査を進めていた。
そして――。
レンは国際会議へ呼ばれていた。
会場は日本。
世界各国の代表が集まっている。
アメリカ。
イギリス。
フランス。
中国。
ロシア。
インド。
その他多数。
その中央に、レンが座っていた。
居心地が悪い。
非常に悪い。
「帰りたい……」
「諦めてください」
白峰が即答する。
「あなたが主役なんですから」
「そういうの苦手なんだよ……」
だが逃げられない。
今やレンは世界最大の英雄だった。
アザト=ゼルを倒した男。
神々を超えた探索者。
人類の救世主。
そんな肩書きが勝手に付いている。
レン自身はまったく望んでいないのだが。
壇上へ案内される。
拍手。
拍手。
拍手。
数千人が立ち上がる。
レンは困った顔をした。
マイクを渡される。
「何か一言お願いします」
無茶振りだった。
レンは数秒考え――。
「えーっと……」
会場が静まり返る。
「みんな頑張ったな」
静寂。
「俺一人じゃ無理だった」
レンは続ける。
「戦った探索者も」
「支えてくれた人たちも」
「諦めなかった世界中のみんなも」
「誰か一人欠けてたら負けてたと思う」
静かな声。
だが、誰もが聞き入った。
「だから」
レンは笑った。
「勝ったのは人類全員だ」
一瞬の沈黙。
そして――。
会場が揺れるほどの拍手が起きた。
世界中へ中継されていた映像の向こうでも歓声が上がる。
その日。
レン・クロガネは正式に世界英雄として認定された。
だが本人は、最後まで恥ずかしそうだった。
***
さらに一か月後。
世界は急速に変化していた。
ダンジョンの危険性は大幅に低下。
魔石技術は発展。
各国は協力体制を構築。
かつてない平和が訪れていた。
そして――。
レンは久しぶりの休日を満喫していた。
場所は郊外の丘。
見晴らしの良い場所だ。
隣にはユイが座っている。
風が気持ちいい。
「平和だね」
ユイが呟く。
「ああ」
レンも頷いた。
本当に平和だった。
魔物の襲撃もない。
世界崩壊の危機もない。
神も終焉もいない。
静かな日常。
それがどれほど貴重なのか。
今なら分かる。
「ねえ」
ユイが言った。
「これからどうするの?」
レンは空を見る。
どうするのか。
確かに考えていなかった。
戦うことばかりだったから。
その時――。
召喚書が微かに光った。
「ん?」
レンが取り出す。
すると、見覚えのないページが現れた。
そこには一文だけ。
【観測完了】
レンの眉が動く。
次の文字が浮かぶ。
【第一世界の存続を確認】
【管理権限移譲開始】
「……は?」
ユイも覗き込む。
「何これ」
ページが勝手にめくられる。
【神王アルディウス死亡】
【終焉アザト=ゼル消滅】
【後継者認定】
【管理者レン・クロガネ】
沈黙。
レンとユイが固まる。
「いやいやいや」
レンが慌てる。
「待て待て待て」
だが文字は止まらない。
【世界管理システム起動】
【接続開始】
【全世界情報を転送します】
次の瞬間――。
レンの脳へ膨大な情報が流れ込んだ。
「ぐっ!?」
世界中の情報。
魔力。
生命。
歴史。
次元。
宇宙。
ありとあらゆる情報。
レンは理解する。
そして――顔が引きつった。
「どうしたの?」
ユイが心配そうに聞く。
レンはゆっくり答えた。
「どうやら……」
嫌な予感しかしない。
「仕事が増えた」
「は?」
「めちゃくちゃ増えた」
ユイは首を傾げる。
だがレンには見えていた。
世界の外側。
さらに先。
無数の世界。
無数の宇宙。
そして――まだ観測されていない領域。
そこから微かに感じる気配。
アザト=ゼルとは違う。
だが、決して弱くない存在。
レンは苦笑した。
せっかく平和になったと思ったのに。
本当に少しだけ。
本当に少しだけ休みたかった。
その時――。
『フハハハハハ!!』
頭の中で笑い声が響く。
バハムートだ。
『面白くなってきたではないか!』
「お前はな……」
レンは呆れる。
『世界は広いぞ、レン』
バハムートの声が響く。
『終焉を越えた程度で終わると思ったか?』
レンは空を見上げる。
青空の向こう。
無限の宇宙。
まだ知らない世界。
まだ出会っていない仲間。
まだ見ぬ敵。
未来は続いていく。
どこまでも。
レンは立ち上がった。
ユイも立つ。
「行くの?」
レンは少し考え――笑った。
「いや」
ユイが首を傾げる。
「今日は休む」
「ふふっ」
ユイが笑う。
「そうだね」
二人は並んで歩き出した。
世界を救った英雄としてではなく。
ただの少年と少女として。
だが――。
彼らの物語は終わらない。
未来が続く限り。
可能性が存在する限り。
新たな冒険は必ず始まる。
これは終わりではない。
始まりだ。
神を超えた少年が紡ぐ――
新しい伝説の。




