第25話「人類最後の希望」
世界が静止したように見えた。
――いや、違う。
止まったように“感じるほど”の圧倒的な存在が現れたのだ。
砕けかけた黄金の結界。
絶望に沈む世界。
その中心で、一筋の光が天へと昇る。
黄金と黒炎。
相反する二つの力が螺旋を描き、空を貫いた。
アザト=ゼルの第二撃が放たれる寸前――。
『……何だ』
無数の瞳が空を見上げた。
あの怪物が、初めて警戒を見せた。
次の瞬間。
ドォォォォォォォン!!
光柱が爆発し、砕けた結界の破片が黄金の粒子となって舞い散る。
そして――その中心から、一人の男が現れた。
「レン……?」
ユイが震える声で呟く。
白峰も言葉を失った。
誰もが知っている姿。
だが同時に、誰も知らない姿でもあった。
銀と黒が混ざり合う髪。
右目は黄金、左目は漆黒。
身体を覆う竜鎧には神々の文字が刻まれ、背中には黒炎と黄金の六枚翼。
人でも神でも竜でもない。
その全てを超越した存在。
――レン・クロガネ。
「レンなのか……?」
白峰の呟きに、レンはゆっくり振り返り、微笑んだ。
「心配かけたな」
その声は確かにレンだった。
だが次の瞬間、世界中の探索者たちが息を呑む。
レンの身体から漏れ出す魔力。
海より深く、空より広い。
まるで“世界そのもの”が意志を持って立っているかのような存在感。
『なるほど』
アザト=ゼルが口を開く。
『神核を継承したか』
レンは空へ視線を向けた。
「ああ」
静かな返答。
だがその一言だけで空間が震える。
神王アルディウスの力。
黒竜王バハムートの力。
二つが完全に融合した結果だった。
『面白い。実に面白い』
アザト=ゼルの巨大な口が歪む。
『三千年前にも現れなかった存在だ。神と竜を同時に宿す者』
レンは拳を握る。
力が溢れていた。
今なら分かる。
今まで見えていなかったものが全て見える。
アザト=ゼルの魔力の流れ。
空間構造。
次元の歪み。
未来の分岐。
その全てが理解できる。
だが――それでも勝てるとは思わなかった。
「強すぎるな……」
苦笑が漏れる。
神核を得ても分かる。
アザト=ゼルは異常だ。
存在そのものが災厄であり、宇宙の終焉。
だからこそ。
レンは笑った。
「でも――やるしかない」
その瞬間、レンの姿が消えた。
ドンッ!!
衝撃音が世界を揺らす。
誰も見えなかった。
白峰ですら。
S級探索者たちですら。
次に見えた時、レンはアザト=ゼルの眼前にいた。
「神竜王拳」
拳を放つ。
黄金と黒炎が混ざり合い、太陽を超えるエネルギーが迸る。
轟ッ!!
アザト=ゼルの顔面が吹き飛んだ。
世界中が静まり返る。
今まで無傷だった怪物が――初めて傷ついた。
『ほう』
アザト=ゼルが後退する。
吹き飛んだ顔面が再生する。
だが確かにダメージは入った。
『素晴らしい。やはり貴様は面白い』
次の瞬間、空間が崩壊した。
何兆もの黒い槍。
何兆もの呪い。
何兆もの終焉。
世界そのものを消し飛ばす攻撃が降り注ぐ。
だがレンは動かなかった。
「神竜結界」
パァァァァァァン!!
黄金と黒炎の障壁が広がり、全ての攻撃が消滅する。
防御ではない。
分解。
存在そのものを書き換えたのだ。
『……』
アザト=ゼルが沈黙した。
初めてだった。
奴が完全に無言になったのは。
レンは理解する。
今なら戦える。
今なら届く。
今なら――。
『だが、まだ足りぬ』
アザト=ゼルの声が響いた瞬間、世界が暗転した。
ゾクリ。
レンの本能が警鐘を鳴らす。
圧倒的危険。
アザト=ゼルの背後に巨大な扉が現れた。
黒い扉。
果てのない闇。
見るだけで精神が削られる。
『見せてやろう』
扉が開く。
その向こうを見て、レンは凍り付いた。
「……何だよ」
そこには――
滅ぼされた世界。
消滅した文明。
死んだ神々。
砕けた宇宙。
何万。
何億。
何兆。
数え切れないほどの“世界の残骸”。
アザト=ゼルは、それら全てを喰らってきた。
『私は終焉。生と死の外側に存在するもの。神も竜も関係ない。全ては終わる』
闇が広がる。
世界中が震える。
人類は理解した。
これは敵ではない。
災害でもない。
――終わりそのもの。
概念の具現。
ユイが拳を握る。
「負けないで……」
小さな声。
だが確かに届いた。
レンは振り返らない。
ただ前を見る。
仲間がいる。
守りたい世界がある。
だから負けられない。
「バハムート」
『何だ』
「最後まで付き合えよ」
一瞬の沈黙。
そして黒竜王は笑った。
『当然だ』
黒炎が噴き上がる。
神核の黄金が重なる。
二つの力が完全に共鳴する。
レンの背後に巨大な竜の幻影。
その上空には神王の紋章。
神と竜。
二つの頂点が、一人の人間へ力を託す。
アザト=ゼルが笑う。
『来い』
レンも笑う。
「ああ」
その瞬間、二人の姿が消えた。
激突。
世界が白く染まる。
神々すら到達できなかった戦い。
人類最後の希望と、宇宙最古の終焉。
その決戦が――ついに始まった。




