第22話 世界を喰らう者
空に開いた巨大な裂け目。
そこから溢れ出す異形の軍勢。
その光景を見た瞬間、人類は理解した。
これは災害ではない。
戦争だ。
世界の存亡を賭けた最終戦争。
黒い穴から次々と降り注ぐ怪物たちは、これまで確認されたどのモンスターとも違っていた。
四足歩行の獣型。
翼を持つ飛行型。
巨大な甲殻を纏う重装型。
人型に近い異形。
どれも共通しているのは、全身に浮かぶ赤い瞳だった。
ギョロリ。
ギョロリ。
無数の目が地上を見下ろしている。
まるで品定めをするように。
まるで食材を見るように。
その視線だけで吐き気が込み上げた。
「な、なんだよ……あれ……」
若い探索者が震える。
S級探索者ですら青ざめていた。
絶望。
誰もが同じ感情を抱いていた。
今までの戦いは何だったのか。
ヴァルグロスとの死闘。
第二形態との激戦。
その全てが前座だったと言わんばかりの光景。
アザト=ゼルはゆっくりと両腕を広げた。
『美しい』
低い声が世界に響く。
『生命に満ちた世界』
『喰らう価値がある』
その言葉と同時に軍勢が動いた。
ギャアアアアアアアア!!
怪物たちが一斉に降下する。
数千。
数万。
数え切れない。
空が埋まる。
太陽が隠れる。
地上は闇に包まれた。
「迎撃しろぉぉぉぉ!!」
白峰の叫びが響く。
次の瞬間、日本探索者連盟が総攻撃を開始した。
魔法陣が展開される。
炎。
雷。
氷。
光。
あらゆる属性攻撃が空へ放たれる。
轟音。
爆発。
閃光。
怪物たちが次々と撃ち落とされる。
しかし――止まらない。
一体倒しても十体現れる。
十体倒しても百体現れる。
まるで終わりがない。
「数が多すぎる!」
「撃ち漏らすな!」
「防衛線を維持しろ!」
戦場は混乱に包まれた。
怪物たちが地上へ降り立つ。
そして虐殺が始まった。
ビルが砕ける。
道路が吹き飛ぶ。
探索者たちが次々と倒れていく。
阿鼻叫喚。
地獄だった。
その中心で、レンはアザト=ゼルを睨んでいた。
周囲の怪物ではない。
元凶。
全ての始まり。
あいつを倒さなければ意味がない。
『行くか』
バハムートが言う。
レンは頷く。
「ああ」
黒炎が噴き上がる。
封印率100%。完全解放状態。
身体中に竜王の力が満ちていた。
以前とは比べ物にならない。
空気が震え、重力すら歪む。
レンは拳を握った。
その瞬間、周囲数百メートルの地面が砕け散る。
「凄い……」
白峰が呟く。
レン自身も驚いていた。
力が溢れている。
まるで世界そのものを握れるような感覚。
しかし油断はできない。
目の前にはアザト=ゼルがいる。
バハムートですら警戒する存在。
レンは空へ飛び上がった。
轟ッ!!
音速を超える。
一瞬でアザト=ゼルの目の前へ到達し、拳を振り抜いた。
黒竜王撃。
全魔力を込めた一撃。
空間が裂ける。
だが――アザト=ゼルは避けなかった。
拳が直撃する。
轟轟轟轟轟轟轟轟ッ!!
大爆発。
衝撃波が数十キロ先まで広がる。
雲が吹き飛び、海が割れる。
誰もが勝利を期待した。
だが。
煙の中から聞こえたのは――笑い声だった。
『ククク……』
レンの顔が強張る。
煙が晴れる。
そこには、無傷のアザト=ゼルが立っていた。
「なっ……」
あり得ない。
今の一撃はヴァルグロスを消し飛ばした攻撃だ。
それを真正面から受けて――無傷。
アザト=ゼルは笑う。
『弱い』
その瞬間、六本の腕が動いた。
速い。
見えない。
次の瞬間、レンの身体が吹き飛んだ。
ドゴォォォォォォォォン!!
地面へ激突。
大地が陥没し、数キロに渡って地面が抉れる。
「レン!!」
ユイが叫ぶ。
土煙の中からレンが立ち上がる。
口から血が流れていた。
肋骨も何本か折れている。
たった一撃で。
『力量差を理解したか』
アザト=ゼルが見下ろす。
その目には余裕しかない。
レンは歯を食いしばった。
悔しい。
だが事実だ。
強い。
圧倒的に。
今まで戦ったどんな敵よりも。
バハムートが静かに言う。
『レン』
「分かってる」
レンは立ち上がる。
まだ終わらない。
終われない。
ここで負ければ全てが終わる。
アザト=ゼルが笑う。
『良い目だ』
『絶望していない』
『だからこそ喰らう価値がある』
巨大な魔力が集まり始める。
空間が歪む。
黒い球体。
直径百メートルを超える闇の塊。
その内部では星のような光が生まれては消えていた。
見ているだけで危険だと分かる。
『消えろ』
アザト=ゼルが指を鳴らした。
黒球が落下する。
地上へ。
人類のいる場所へ。
「まずい!!」
白峰が叫ぶ。
誰も止められない。
直撃すれば日本どころではない。
国そのものが消滅する。
レンは迷わなかった。
飛ぶ。
全力で。
黒球へ向かって。
『レン!』
ユイの声が聞こえる。
それでも止まらない。
守る。
それだけだった。
黒炎を限界まで圧縮する。
身体中の魔力を注ぎ込む。
バハムートも力を解放する。
黒竜王と契約者。
二つの魂が完全に重なった。
そして――レンは叫ぶ。
「黒竜王――滅界砲ッ!!」
漆黒の光が放たれた。
天を貫く黒い閃光。
世界すら切り裂く極大魔法。
光と闇が激突する。
轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟ッ!!
世界が白く染まった。
誰も目を開けていられない。
数秒――いや数十秒か。
やがて光が消える。
そして。
そこには――黒球を完全に打ち消したレンの姿があった。
探索者たちが歓声を上げる。
「やった!!」
「止めたぞ!!」
「レンが防いだ!!」
希望が戻る。
だが。
アザト=ゼルだけは笑っていた。
『なるほど』
無数の瞳が細まる。
『少しは楽しめそうだ』
その瞬間、アザト=ゼルの背後に巨大な魔法陣が出現した。
一つではない。
十。
百。
千。
空を埋め尽くすほどの数。
レンの表情が凍る。
その全てが先程の黒球と同等のエネルギーを持っていた。
『では始めよう』
アザト=ゼルが両腕を広げる。
『終焉を』
空が赤く染まる。
大地が悲鳴を上げる。
人類最大の絶望が今、牙を剥いた。
そしてレンは知る。
この戦いがまだ序章に過ぎなかったことを――。




