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第21話 封印された災厄

ゴォォォォォォォォォォォォッ――!!


咆哮が響いた。


それは、今までのヴァルグロスの声ではなかった。


低く。

重く。

禍々しい。


まるで世界そのものを呪うような声。


空が震え、大地が軋む。

探索者たちは耳を塞ぐが、それでも鼓膜を突き破るような圧力が全身を襲った。


「な……何だよ、これ……」


白峰が顔を引き攣らせる。


S級災厄。

第二形態。

それだけでも十分絶望的だった。


だが今感じている圧力は別物だ。


質が違う。

存在の格が違う。


まるで人間が神を前にした時のような感覚。


本能が告げていた。


――関わってはいけない。

――逃げろ。

――生き残りたければ逃げろ。


しかし誰も動けない。

身体が震えていた。

恐怖によって。


巨大なクレーターの中心で、ヴァルグロスが変貌を続けていた。


全身を覆っていた外殻が完全に崩れ落ち、露わになる漆黒の肉体。

そこに赤黒い紋様が浮かび上がり、血管のように脈動している。


額の紋章はさらに輝きを増し、見ているだけで吐き気を催すほど不気味だった。


レンは息を呑む。


「何なんだ、あいつ……」


バハムートが静かに答える。


『封印されていたのだ』


「封印?」


『そうだ。監視者の肉体を檻として、その中に別の存在が封じられていた』


レンの顔色が変わる。


監視者の中に、さらに別の怪物が封印されていた――?


『本来なら封印が解かれることはなかった。だが我の攻撃で器が破損した』


『その結果――中身が出てこようとしている』


その言葉と同時に、ヴァルグロスの身体が大きく仰け反った。


次の瞬間。


胸部が裂けた。


ブチブチブチッ――!!


肉が裂け、骨が砕ける音。

探索者たちは思わず目を逸らす。

あまりにも異様だった。


裂けた胸部の内部――そこには巨大な赤い瞳があった。


「……は?」


誰かが呟く。


一つではない。

二つ。

三つ。

十。

数十。


無数の瞳。


それらが一斉に開く。


ゾワッ。


背筋に悪寒が走る。

その瞳すべてが笑っていた。

まるで獲物を見付けたように。


レンは理解した。


――ヤバい。

本当にヤバい。


今まで戦ってきたどんな敵よりも危険だ。


ヴァルグロスの身体がさらに裂け、中から“何か”が這い出した。


黒い腕。

巨大な爪。

異様に長い指。


それが監視者の身体を引き裂きながら姿を現す。


「冗談だろ……」


白峰の声が震える。


理解が追い付かない。

監視者の中から別の怪物が出てくる――そんな光景を誰が想像できる。


そしてついに、それは完全に姿を現した。


全長五十メートル以上。

人型に近い異形。

全身を覆う漆黒の外皮。

無数の瞳。

六本の腕。

背中から伸びる触手。

頭部には巨大な王冠のような角。


見るだけで精神が削られるような存在。


観測班のモニターが再び悲鳴を上げる。


「反応急上昇!」

「待ってください!」

「まだ上がってる!」

「あり得ません!!」


数値は止まらない。

上昇、上昇、さらに上昇。

限界値を突破し、再びエラー表示。


完全な計測不能。


その怪物はゆっくりと首を動かし、無数の瞳が探索者たちを見た。


それだけで何人かが膝をつく。

恐怖。

圧倒的恐怖。


戦意が消える。

逃げたい。

泣きたい。

そんな感情が溢れてくる。


「精神干渉だ! 目を見るな!」


誰かが叫ぶが遅かった。

数人の探索者が意識を失う。


異形はゆっくりと口を開いた。


そして――初めて言葉を発する。


『……自由だ』


世界が静まり返る。


怪物が喋った。

それだけで衝撃だった。


『千年』

『二千年』

『三千年』


低い声。

しかし不思議と全員の耳に届く。


『ようやく自由になれた』


その声には歓喜と狂気が混じっていた。


『感謝しよう』


無数の瞳がバハムートを見た。


『黒竜王』


空気が凍る。


凄まじい殺気がぶつかった。

バハムートと異形――二体の超越者。

空間そのものが悲鳴を上げる。


『貴様を殺した後でな』


轟音。

殺意だけで空が割れる。


探索者たちは立っていることすら困難だった。

レンも歯を食いしばる。

息が苦しい。


それでも視線を逸らさない。


バハムートは静かに笑った。


『面白い』


黄金の瞳が細められる。


『名を聞こう』


異形は口角を吊り上げた。

無数の瞳が同時に笑う。


『我が名はアザト=ゼル』


『世界を喰らう者』


その名が告げられた瞬間、召喚書が激しく震えた。


今までにないほど強く。


レンは驚く。


「召喚書が……?」


バハムートの表情が変わる。


初めて――本当に初めて、黒竜王が警戒を見せた。


『なるほど。そういうことか』


「何だ?」


レンが尋ねる。


バハムートは数秒沈黙し、そして告げた。


『レン』


『最悪だ』


その一言に背筋が凍る。


『奴はこの世界の存在ではない』


『外側から来た災厄だ』


レンの思考が止まる。


世界の外――そんなものが存在するのか。


『神々が封印した理由が分かった。奴を放置すれば世界が終わる』


探索者たちの顔色が変わる。


世界が終わる――冗談には聞こえなかった。


何故なら、今目の前にいる怪物は、それほどの存在感を放っていたからだ。


アザト=ゼルが笑う。


『まずは一つ』


『この世界を喰らおう』


無数の瞳が赤く輝く。


その瞬間、空が裂けた。


黒い穴が出現する。

巨大な穴。

そこから無数の異形が姿を現し始めた。


探索者たちは絶望する。


一体だけではない。

増える。

増えていく。

まるで軍勢。

終わりの見えない怪物の群れ。


白峰が震える声で呟く。


「終わった……」


誰も否定できなかった。


しかし――。


その時だった。


レンが前へ出る。


傷だらけの身体。

それでも立つ。


バハムートが視線を向ける。


「まだだ」


レンは拳を握る。


「まだ終わってない」


恐怖はある。

勝てる保証もない。


それでも。


ここで諦めれば全てが終わる。


だから立つ。


人類のために。

仲間のために。

守りたいもののために。


黒炎が燃え上がる。


バハムートが笑った。


『そうだ』


『それでこそ我が契約者』


そして――。

世界を賭けた戦いが始まろうとしていた。

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