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第20話 黒竜王解放

ガシャァァァァァン!!


最後の鎖が砕け散った。


その瞬間、世界が白く染まる。


轟音すら消えた。

空気も。

重力も。

時間さえも停止したかのような静寂。


誰もが息を呑む。


探索者たちは目を見開き、観測班のモニターは完全に沈黙していた。

計測機器はすべて停止し、表示されていた数値は限界を超えてエラーへ変わっている。


「計測不能……」


オペレーターが震える声で呟く。


「こんなの……あり得ない……」


誰も返事をしない。

全員が空を見上げていた。


光の中心――レンがいる場所。


そこから溢れ出る魔力は、もはや“災厄級”などという言葉では表現できなかった。


そして――光が割れた。


まるで巨大な卵が砕けるように。


白い光の内部から、漆黒が現れる。


黒。

ただの黒ではない。

闇より深く、奈落より暗い。

存在そのものが圧倒的な“黒”。


巨大な翼がゆっくりと広がる。

一枚、二枚――その翼だけで空を覆い尽くすほど巨大だった。


続いて現れる鋭い角。

黄金の瞳。

漆黒の鱗。

山脈のような巨体。


それは神話。

それは伝説。

それは世界最強の竜。


黒竜王バハムート。


『久しいな』


重厚な声が世界へ響く。


空気が震え、大地が震え、海の波すら揺らぐ。

その声を聞いただけで探索者たちは膝をついた。


格が違う。

存在そのものが違う。


「バハ……ムート……」


白峰が呆然と呟く。

神話に語られる竜王――その存在が、今、現実に姿を現していた。


バハムートは黄金の瞳を開き、ヴァルグロスを見据える。


第二形態となった監視者。

先ほどまで絶望の象徴だった怪物。


しかし今は違う。


ヴァルグロスが明らかに警戒していた。

巨大な翼を広げながら後退する。


あのヴァルグロスが――怯えている。


『なるほど。確かに監視者か。懐かしい力だ』


バハムートが低く唸る。


レンの意識はまだ残っていた。

黒炎の中、バハムートの背後に立ちながら周囲を見渡す。


「お前……本当に出てきたのか」


『契約だ。最後の鎖が砕けた以上、我も全力で応えねばならぬ』


その声はどこか楽しげだった。

何千年、あるいは何万年――封印されていた王。

ようやく解放された存在。


今のバハムートからは、圧倒的な高揚感が感じられた。


だが――。


ゴォォォォォォォォッ!!


ヴァルグロスが咆哮する。

赤黒い魔力が爆発し、空間そのものが軋む。


第二形態の力は依然として規格外だった。


巨大な魔法陣が展開される。

数百、いや数千の魔力弾。

一つ一つが街を消し飛ばせる威力を持つ。


観測班が悲鳴を上げる。


「まずい!」

「来るぞ!」


次の瞬間、無数の魔力弾が放たれた。

空が赤黒く染まる。

まるで終末の流星群。


探索者たちは絶望した。

防げない。

回避も不可能。


しかし――。


バハムートは動かない。

ただ静かに前を見る。


そして。


『失せろ』


たった一言。


空間が歪んだ。


放たれた魔力弾がすべて停止する。

数千発の攻撃が空中で固定された。


「は……?」


誰かが声を漏らす。


次の瞬間――魔力弾はすべて消滅した。

跡形もなく。

爆発すら起こさず。

完全消滅。


絶句。


理解できたのは一つだけ。


――強い。

圧倒的に強い。


バハムートは別格だった。


『その程度か』


黄金の瞳が細められる。


ヴァルグロスが怒りの咆哮を上げ、突撃する。

音速を超える速度。

山のような質量。


しかし。


バハムートは翼を一度羽ばたかせただけだった。


ドォォォォォォォン!!


衝撃波。

それだけでヴァルグロスが吹き飛ぶ。

数キロ先まで地面を削りながら転がっていく。


探索者たちは完全に思考停止していた。


強すぎる。

もはや戦闘ではない。

蹂躙だった。


『レン』


突然バハムートが呼び掛ける。


「何だ?」


『よく見ておけ。王の戦いというものを』


その言葉と共に、バハムートの周囲に巨大な魔法陣が展開される。

黒金色の紋様。

幾重にも重なる超高位術式。

空全体を覆い尽くす規模。


観測班は発狂寸前だった。


「数値が!」

「測れない!」

「あり得ない!」


誰も追えない。

理解不能な領域。


そして――バハムートが口を開いた。


漆黒の光が集まる。

圧縮。

圧縮。

さらに圧縮。


都市一つを軽く消し飛ばせるエネルギーが一点へ収束する。


ヴァルグロスも危険を察知し、全身から魔力を噴出。

第二形態の全力。

赤黒い光が空を覆う。


二つの災厄。

二つの超越者。


その力が激突しようとしていた。


そして――。


『滅びよ』


黒い閃光が放たれた。


世界が裂ける。

空が割れる。

大地が震える。


黒竜王のブレス。

神話級殲滅術式。


それは一直線にヴァルグロスへ到達した。


ドォォォォォォォォォォォォォォン!!


天地が崩壊したかのような轟音。

眩い光。

凄まじい衝撃。


数秒後――誰もが恐る恐る目を開く。


そこには巨大なクレーターがあった。

街の外縁部が完全に消し飛んでいる。


そして中心。


ヴァルグロスが立っていた。


だが無傷ではない。

全身が焼け焦げ、翼は半壊。

外殻はほぼ消滅。


明らかな致命傷。


それでも倒れない。


監視者は生きていた。


『ほう。流石は監視者。簡単には死なんか』


バハムートが感心したように呟く。


その時――。


ヴァルグロスの傷口から異様な光が溢れた。


赤黒い光。

いや、それとは違う。

もっと禍々しい何か。


観測班の機器が再起動し、表示された数値を見て全員が凍り付く。


「反応上昇……?」

「嘘だろ……」

「まだ上がるのか……!?」


白峰の顔色が変わる。

レンも息を呑んだ。


ヴァルグロスの身体が変化を始めていた。


傷口が再生し、翼が戻り、魔力がさらに膨れ上がる。

まるで“何かを解放している”ように。


そして――。


ヴァルグロスの額に、見たことのない紋章が浮かび上がった。


『なるほど』


バハムートの声が低くなる。

先ほどまでの余裕が消えていた。


『そういうことか』


レンが尋ねる。


「何が分かった?」


数秒の沈黙。


そして――黒竜王は静かに告げた。


『あれは監視者ではない』


『監視者の中に封印された“別の存在”だ』


レンの背筋が凍る。

嫌な予感しかしない。


ヴァルグロスの咆哮が響く。

その声は先ほどまでと違っていた。

より重く、より禍々しく。


まるで別人――いや、別の“何か”。


そして額の紋章が完全に輝いた瞬間。


戦場全体を覆うほどの魔力が爆発した。


誰もが息を呑む。


ただ一人、バハムートだけが静かに呟いた。


『面白い』


黄金の瞳が細められる。


『ようやく本番か』


その言葉と共に――。


第三の災厄が目覚めようとしていた。

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