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第19話 最後の鎖

召喚書が激しく発光した。


黒金色の光がレンの胸元から溢れ、戦場全体を照らし出す。


「何だ……?」


白峰が思わず声を漏らした。

周囲の探索者たちも異変に気付く。


レン自身も驚いていた。

召喚書がここまで強く反応したことは一度もない。

まるで“何かが目覚めようとしている”かのようだった。


その時――。


『レン』


重厚な声が脳内に響く。

バハムートだった。


『見ただろう。あれが監視者の本来の姿だ』


レンは空中でヴァルグロスを見据える。


第二形態へと変貌した怪物は、先ほどまでとは別次元の存在感を放っていた。


砕けた外殻の奥から現れた漆黒の肉体。

そこを流れる赤黒い光。

巨大化した翼。

伸びた角。

そして全身から噴き出す膨大な魔力。


存在しているだけで周囲の空間が歪んで見える。


建物の窓ガラスが次々と砕け散り、道路には無数の亀裂が走った。

離れた場所にいる探索者たちですら息苦しさを覚えるほどだった。


「これが……第二形態……」


誰かが震える声で呟く。


観測班のモニターには異常な数値が並んでいた。


「魔力反応が止まりません!」

「計測不能です!」

「上限突破――!」


オペレーターの顔は真っ青だ。


今まで観測したどの災厄級モンスターよりも遥かに高い数値。

比較対象すら存在しない。


それが今のヴァルグロスだった。


レンは額の汗を拭う。

竜王化しているはずなのに、本能が警鐘を鳴らしていた。


逃げろ。

近付くな。

戦うな。


生物として当然の恐怖。


だが――逃げない。

逃げるわけにはいかなかった。


後ろには街がある。

人々がいる。

仲間がいる。

ユイがいる。


『今のお前では勝てぬ』


バハムートの声が響く。


レンは小さく笑った。


「だろうな」


認めたくはない。

だが事実だった。


全力の竜撃を叩き込んでも致命傷にはならず、むしろ怒らせただけ。

このまま戦えば負ける。

そして負ければ全員死ぬ。


『だが方法はある』


レンの瞳が鋭くなる。


「方法?」


『最後の封印を外せ』


その言葉にレンは息を呑んだ。


――最後の封印。

召喚書に残された最後の鎖。


現在の解放率は八十九パーセント。

そこから先へ進めば、さらに強大な力を得られることは理解していた。


だが同時に危険でもある。


今ですら身体は限界に近い。

骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げ、心臓は異常な速度で鼓動している。


『解放すれば監視者と戦える。勝機は生まれる』


勝機――。

その言葉は魅力的だった。


しかし。


『代償もある。最後の封印を解けば、お前の肉体は完全には耐えられぬ。命を落とす可能性がある』


レンは目を閉じた。


命。


改めて言葉にされると重い。

まだ高校生だ。

やり残したことなんて山ほどある。


普通の学生生活。

友達との時間。

未来への夢。


それらすべてを失うかもしれない。


その時――地上から悲鳴が上がった。


レンは視線を向ける。


第二形態となったヴァルグロスの魔力に耐え切れず、周囲の建物が崩れ始めていた。

避難途中の人々が必死に走り、探索者たちも防御に回っているが、限界は近い。


「くそっ!」


白峰が剣を支えに立ち上がる。

全身傷だらけで血が流れている。

それでも戦うつもりなのだ。


だが無理だ。

今のヴァルグロスに対抗できる戦力ではない。


「隊長! 下がってください!」

「無理です!」


仲間たちが叫ぶ。

しかし白峰は首を振った。


「ここで逃げたら終わりだ」


その背中を見て、レンは思う。


――みんな戦っている。命を懸けて。


自分だけが迷っていていいのか。


その時、ユイがゆっくりと目を開いた。


「……レン」


小さな声だったが、レンにははっきり聞こえた。


瓦礫にもたれながら空を見上げ、ユイは弱々しく笑う。


「無茶……しないで……」


胸が痛む。

無茶をするな――そんなことは分かっている。


だが。


レンは拳を握り締めた。


無茶をしなければ誰も守れない。

今はそういう状況だった。


ゴォォォォォォォッ!!


ヴァルグロスが咆哮する。

大気が震え、空に巨大な魔法陣が展開される。

赤黒い光が集束していく。


観測班が絶叫した。


「高エネルギー反応!」

「都市消滅級です!」

「着弾したら終わりです!」


絶望が広がる。


誰もが理解した。

あの攻撃が放たれれば終わりだ。

防ぐ手段も、逃げる時間もない。


レンは静かに目を閉じた。


脳裏に浮かぶ、これまでの記憶。


F級と笑われた日々。

何もできなかった自分。

召喚書と出会った日。

仲間たち。

ユイ。

そして――ここまで戦ってきたすべて。


バハムートが静かに問う。


『覚悟はあるか』


レンは目を開いた。

迷いは消えていた。


「ある」


『本当に良いのだな』


「ああ」


『死ぬかもしれんぞ』


レンは笑う。


「だったら生き残る」


強がりではない。

本心だった。


死にたくない。

だが守りたい。

だから生きて勝つ。


その答えしかなかった。


「みんなを守る。そのための力なんだろ」


沈黙。

そして――。


バハムートは小さく笑った。


『愚かな男だ。だが嫌いではない』


召喚書の光がさらに強まる。

空間そのものが震え始めた。


黒い鎖が浮かび上がる。

召喚書を縛っていた最後の封印。

今まで決して外れなかった最後の枷。


『ならば見せてやろう。真なる竜王の力を』


レンは右手を伸ばし、黒い鎖に触れた。


瞬間――。


凄まじい激痛が全身を貫く。

骨が砕けるような痛み。

魂を引き裂かれるような苦痛。


それでも手を離さない。


「うおおおおおおおおお!!」


絶叫が響く。


鎖に亀裂が走る。


バキッ。


さらに亀裂が広がる。


バキバキバキッ!!


光が溢れ出す。


ヴァルグロスですら動きを止め、赤い瞳でレンを見つめた。

まるで危険を察知したかのように。


『解放率九十五パーセント』


召喚書が震える。


『九十七パーセント』


空が割れるような轟音。


『九十九パーセント』


レンの身体から黒炎が噴き上がる。


そして――。


最後の鎖が砕け散った。


ガシャァァァァァン!!


世界が白く染まる。


観測班の機器がすべて停止した。


探索者たちは目を見開く。

誰も理解できない。

ただ圧倒的な力だけを感じていた。


そして光の中から――。


巨大な影が、ゆっくりと姿を現し始める。

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