第17話 黒竜王の咆哮
黒い光が天を貫いた。
その瞬間だった。
ゴォォォォォォォ――――!!
空全体が震えた。
雲が裂ける。
大地が軋む。
戦場にいた全員が思わず耳を塞いだ。
「な、何だ……!?」
「魔力反応が急上昇してる!」
「計測不能だ!」
管理局の観測班が悲鳴のような声を上げる。
計測機器の数値は限界を突破し、モニターにはエラー表示が並んでいた。
誰も経験したことがない領域。
それほどの力だった。
レンの手の中で召喚書が激しく脈打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓の鼓動のように。
《封印率70%》
《第一段階解放開始》
《黒竜王バハムート降臨準備》
文字が浮かび上がる。
だが完全召喚ではない。
まだ何かが足りない。
レンは気付いた。
ページの奥――巨大な鎖が見える。
無数の封印。
まだバハムートは眠っているのだ。
その時だった。
ギロリ。
ヴァルグロスの双眼がレンを睨んだ。
今まで見せたことのない反応。
警戒。
いや――恐怖。
「グルルルル……」
巨大な身体が後退する。
S級災厄が。
人類を蹂躙していた怪物が。
明らかに召喚書を警戒していた。
周囲の探索者たちも息を呑む。
「後退してる……?」
「嘘だろ……」
「ヴァルグロスが?」
信じられない光景だった。
その時。
レンの脳裏に声が響く。
『継承者』
低く重い声。
まるで山そのものが喋っているような響き。
『我を呼ぶにはまだ足りぬ』
レンの身体が震えた。
声の主は分かる。
バハムートだ。
『封印は七割』
『今の貴様では我を完全には顕現させられぬ』
「じゃあ……どうすれば……」
レンは思わず呟いた。
『力を示せ』
『恐怖を超えろ』
『契約者として認められれば、我は応える』
その瞬間、声が消える。
同時に――ヴァルグロスが動いた。
ゴォォォォォ!!
怒りの咆哮。
恐怖を振り払うような叫び。
黒い魔力が噴き上がる。
地面が割れた。
「まずい!」
白峰が叫ぶ。
次の瞬間。
ヴァルグロスの背中の翼が大きく開く。
そして――
無数の黒槍が空に出現した。
百本。
二百本。
いや――千本以上。
「全員退避!!」
A級探索者が叫ぶ。
だが遅い。
黒槍の雨が降り注いだ。
ドドドドドドドドドドド!!
大地が爆発する。
ビルが崩壊する。
防衛線が吹き飛ぶ。
悲鳴。
轟音。
絶叫。
まさに地獄だった。
レンも巻き込まれる。
「うわあああ!」
爆風で吹き飛ばされる。
地面を転がる。
肺の空気が抜けた。
視界が霞む。
立ち上がれない。
その時だった。
「レン!」
ユイの声。
振り向く。
巨大な黒槍が落下していた。
狙いはレン。
避けられない。
間に合わない。
死――。
そう思った瞬間。
ユイが飛び出した。
「やめろ!!」
レンが叫ぶ。
だが――
ドォォォォン!!
衝撃。
土煙。
轟音。
世界が白く染まった。
「ユイィィィィ!!」
レンは叫ぶ。
必死に煙の中へ走る。
嫌な予感しかしない。
頼む。
無事でいてくれ。
煙が晴れる。
そこには――瓦礫の中で倒れるユイの姿があった。
「……っ」
レンの呼吸が止まる。
肩から血が流れている。
意識もない。
だが――生きている。
ギリギリで直撃を避けたらしい。
レンは安堵した。
しかし次の瞬間。
怒りが込み上げる。
震えるほどの怒りだった。
何もできない自分。
守られてばかりの自分。
助けられてばかりの自分。
ユイも。
白峰も。
A級探索者たちも。
みんな命を懸けて戦っている。
なのに自分は――
「また守られるだけかよ……」
拳を握る。
血が滲むほど。
その時。
召喚書が反応した。
《感情エネルギー確認》
《条件適合》
《契約者精神値上昇》
《第一試練突破》
レンの瞳が見開かれる。
《封印率80%》
数字が上昇した。
さらに。
《バハムートとの同調率上昇》
《15%》
《30%》
《50%》
周囲の空気が変わる。
黒い魔力がレンの身体を包む。
そして――
最後のページから巨大な瞳が現れた。
黄金の竜眼。
その視線だけで空気が凍る。
ヴァルグロスが後退する。
さらに一歩。
さらに一歩。
明らかに怯えていた。
「まさか……」
白峰が息を呑む。
「S級を威圧しているのか……?」
普通ならあり得ない。
だが現実に起きていた。
その時。
レンの脳裏に再び声が響く。
『怒りを力に変えろ』
『継承者』
『我が力の一端を貸してやる』
瞬間。
レンの右腕に黒い紋様が浮かび上がった。
激痛。
骨が軋む。
だが不思議と恐怖はなかった。
代わりに――身体の奥から力が溢れてくる。
今まで感じたことのない力。
《限定権能解放》
《竜王化・第一段階》
《発動》
轟ッ――!!
黒い炎が噴き上がった。
レンの背中から魔力の翼が広がる。
瞳が黄金色へ変わる。
周囲の探索者たちが絶句した。
「何だ……あれ……」
「人間じゃない……」
「竜の力……?」
レン自身も驚いていた。
だが今は構わない。
守りたい。
助けたい。
その想いだけだった。
レンはゆっくり立ち上がる。
そして――
初めて真正面からヴァルグロスを見据えた。
S級災厄。
国家崩壊級の怪物。
だが――もう目を逸らさない。
ヴァルグロスもレンを睨む。
怪物と少年。
戦場の中心で視線がぶつかった。
その瞬間。
召喚書に新たな文字が浮かぶ。
《特殊任務発生》
《監視者ヴァルグロスを撃退せよ》
《成功報酬》
《黒竜王バハムート封印率90%解除》
レンは静かに拳を握った。
その瞳には、もう恐怖はなかった。
そして次の瞬間――
黒い翼を広げ、ヴァルグロスへ向かって飛び出した。
人類の未来を賭けた戦いが、ついに始まる。




