第15話 A級の壁
ゴォォォォォォォォォォッ!!
ヴァルグロスの咆哮が大地を震わせた。
衝撃波だけで周囲の瓦礫が吹き飛び、空気そのものが揺らぐ。
レンは思わず腕で顔を庇った。
「これが……S級……」
声が震える。
今まで戦ったレッドオーガも、ジェノアビートルも強敵だった。
だが比較にならない。
目の前の存在は、生物ではなく――災害だった。
「下がっていろ」
白峰カイが前へ出た。
銀髪が風に揺れ、腰の剣を静かに抜く。
キィン――。
澄んだ金属音が響いた瞬間、空気が変わる。
周囲の探索者たちが自然と道を開けた。
誰もが知っているのだ。
彼がここにいる理由を。
「白峰が出るぞ!」
「A級第七位……!」
「頼む……止めてくれ……!」
希望と恐怖が入り混じった声が飛び交う。
レンは初めて知った。
白峰カイ。
全国A級探索者ランキング第七位。
若くして最上位クラスに到達した天才。
その白峰が静かに剣を構える。
「――神装解放」
瞬間。
銀色の魔力が爆発した。
轟音。
地面が砕ける。
周囲の探索者たちが息を呑む。
白峰の剣が光を纏う。
まるで月光そのものを凝縮したような輝き。
「すごい……」
レンは見惚れた。
これがA級。
これが本物の強者。
白峰は一歩踏み出し――消えた。
ドォン!!
衝撃波だけが残る。
次の瞬間、数百メートル先。
ヴァルグロスの首元に白峰がいた。
「――月閃」
剣が振り抜かれる。
巨大な光刃。
空そのものを切り裂く斬撃。
ズガァァァァァン!!
大爆発。
ヴァルグロスの首が大きく裂け、黒い血が噴き出した。
歓声が上がる。
「やった!」
「効いてる!」
「さすがA級!」
だが――
レンだけは違和感を覚えた。
傷が浅い。
あれだけの攻撃だったのに、首が落ちていない。
その時。
ヴァルグロスの傷口が蠢いた。
グジュグジュと肉が再生し始め――
数秒後には完全に消えた。
歓声が止まる。
沈黙。
「嘘だろ……」
誰かが呟く。
白峰ですら目を見開いていた。
「再生能力……」
しかも異常な速度。
人類最強クラスの一撃を受けても数秒で回復する。
絶望的だった。
ヴァルグロスがゆっくり白峰を見る。
その双眼に宿るのは――怒り。
明確な殺意。
次の瞬間。
巨大な前脚が振り下ろされた。
ドゴォォォォン!!
白峰は回避する。
だが地面が消し飛んだ。
半径百メートルがクレーターになる。
レンは息を呑む。
当たれば終わりだ。
A級ですら。
「チッ……!」
白峰が距離を取る。
初めて焦りが見えた。
その時。
別方向から炎が飛ぶ。
「一人で戦うな!」
赤髪の女性探索者が火柱を放つ。
さらに――
雷。
氷。
風。
次々と攻撃が飛ぶ。
A級探索者たちだった。
「総攻撃!」
「押し切れ!」
空が光で埋まる。
普通の魔物なら跡形もなく消し飛ぶ。
だが――
爆煙の中から現れたヴァルグロスは無傷だった。
「なっ……」
レンの顔が青ざめる。
信じられない。
A級複数人の総攻撃。
それを受けてなお無傷。
まるで攻撃が通っていない。
その時。
召喚書が光る。
《解析開始》
《対象能力確認》
《超再生》
《高位魔力障壁》
《監視者権限》
《危険度更新:極大》
レンは歯を食いしばった。
勝てる未来が見えない。
その時。
ヴァルグロスが空を見上げた。
そして――背中の翼を広げる。
巨大な黒翼。
広げた瞬間、夜空が覆われた。
「まずい!!」
誰かが叫ぶ。
直後。
無数の黒い光弾が降り注いだ。
流星群のように。
いや――死の雨だ。
ドドドドドドドドドドド!!
大地が爆発する。
防衛線が吹き飛ぶ。
車両が燃える。
探索者たちが叫ぶ。
「ぎゃああああ!!」
「助けてくれ!!」
「回復班!!」
地獄だった。
レンも咄嗟に身を伏せる。
爆風が背中を叩き、耳がキーンと鳴る。
気づけば近くの建物が消えていた。
数秒前まで存在していたのに。
たった一撃で。
「こんなの……」
レンは震えた。
これがS級。
国家を滅ぼす力。
誇張ではなかった。
その時。
救護班の近くで悲鳴が上がる。
振り向く。
少女だった。
十代後半ほどの探索者。
足を負傷している。
逃げられない。
その上空に光弾が落ちてくる。
「危ない!」
レンは反射的に飛び出していた。
考えるより先に体が動いた。
少女を突き飛ばす。
次の瞬間――
ドォォォン!!
爆発。
レンは吹き飛ばされ、背中を強打する。
肺の空気が抜ける。
「がはっ……!」
痛い。
息ができない。
だが少女は助かった。
「だ、大丈夫ですか!?」
涙目で叫ぶ少女。
レンは苦笑した。
「なんとか……」
だが立ち上がろうとした瞬間。
召喚書が激しく震える。
ドクン!!
《条件達成》
《継承者適性確認》
《第四召喚枠解放》
レンの目が見開かれる。
ページが勝手に開く。
空白だった四枚目。
そこに文字が浮かび始める。
《新規契約候補》
《召喚可能》
《????》
名前は見えない。
ノイズが走る。
まるでロックされているようだ。
しかし――
凄まじい魔力だけは伝わる。
周囲の空気が震える。
「何だ……?」
白峰までもが振り返った。
レンの足元に巨大な魔法陣が出現する。
今までで最大。
直径十メートル以上。
黒と金の紋様が輝く。
召喚書の最後のページ。
そこに描かれていた翼の影が動いた。
《封印解除率》
《15%》
《20%》
《25%》
急激に上昇する。
レンの頭に声が響く。
『まだ足りぬ』
『血が必要だ』
『監視者の血を持ち帰れ』
『そうすれば我は目覚める』
圧倒的な威厳。
神にも等しい存在感。
レンは理解した。
最後のカード。
あれは普通の召喚獣ではない。
別格だ。
そして――
ヴァルグロスを倒す鍵になるかもしれない。
その瞬間。
遠くでA級探索者が吹き飛ばされた。
白峰だった。
地面を何度も転がり、血を吐く。
戦況が崩れ始める。
人類側が押されている。
完全に。
レンは拳を握った。
このままでは全滅する。
だが今の自分では勝てない。
必要なのは――
監視者の血。
ヴァルグロスに近づかなければならない。
S級怪物の目の前へ。
普通なら自殺行為。
だが召喚書はそれを求めている。
レンはゆっくり立ち上がった。
恐怖で足が震える。
それでも前を見る。
「あれを手に入れるしかない」
ユイが驚く。
「まさか……行くつもり?」
レンは静かに頷いた。
そして召喚書を開く。
レッドオーガ。
ジェノアビートル。
シャドウファング。
三枚のカードが光る。
「力を貸してくれ」
戦場の中心。
そこには災厄がいる。
レンは一歩を踏み出した。
その決断が、この戦争の流れを大きく変えることになるとは――
まだ誰も知らなかった。




