第14話 災厄の咆哮
輸送機の内部には、重苦しい空気が張りつめていた。
誰も無駄話をしない。
搭乗しているのは管理局が誇る精鋭――
A級探索者と特殊戦闘員のみ。
本来なら安心感があるはずだった。
だが今回だけは違う。
相手は S級。
国家災害指定個体。
過去に数万人規模の被害を出した存在と同格。
レンは窓の外を見つめた。
遥か先――
夜空の地平線が赤く染まっている。
まるで巨大な炎が燃え上がっているようだった。
「見えてきたな」
白峰カイが立ち上がる。
その声に全員が窓へ視線を向けた。
レンも息を呑む。
そこには、異様な光景が広がっていた。
巨大な黒い柱。
第七ダンジョンのゲートだ。
高さは百メートル以上。
その周囲を赤黒い霧が覆い、空へと侵食するように広がっている。
そして――
周囲には崩壊した街。
倒壊した建物。
炎上する道路。
避難車両と救助ヘリ。
そこは、紛れもない戦場だった。
「これが……」
レンは言葉を失った。
テレビで見る災害とは違う。
実際に見ると、圧倒される。
人間の力ではどうにもならない絶望。
それが目の前にあった。
『着陸まで五分』
機内放送が流れた瞬間。
レンの召喚書が震えた。
ドクン。
ページが開く。
《対象確認》
《監視者級個体》
《ヴァルグロス》
《距離:4.2km》
「近い……」
レンの顔色が変わる。
四キロ。
想像より遥かに近い。
その時――
ドオォォォォォン!!
凄まじい衝撃音。
機体が大きく揺れた。
警告音が鳴り響く。
「何だ!?」
操縦席から怒声が飛ぶ。
次の瞬間、窓の外で巨大な光の柱が立ち上がった。
夜空を切り裂く白銀の斬撃。
その威力だけで雲が吹き飛ぶ。
「あれは……」
ユイが呟く。
「A級最上位……剣聖クラス」
レンには理解できない。
だが一つだけ分かる。
――人間が放った攻撃とは思えない。
直後、地面から黒い光が噴き上がる。
爆発。
轟音。
衝撃波。
輸送機が大きく傾いた。
「くっ!」
全員が座席にしがみつく。
「戦ってるのか……」
白峰が険しい顔をした。
「もう始まってる」
窓の向こう。
数キロ先で、人類最強クラスの探索者たちが戦っている。
それでも決着はついていない。
つまり――
S級はまだ健在 なのだ。
『着陸開始!』
機体が荒れた高速道路へ降下する。
ドンッ!
激しい振動。
輸送機が着陸した。
後部ハッチが開く。
熱風。
焦げ臭い匂い。
血の臭い。
そして濃密な魔力。
レンは思わず顔をしかめた。
「行くぞ!」
白峰が先頭に立つ。
全員が飛び出した。
外は地獄だった。
道路は砕け、車両は横転。
魔物の死骸が散乱している。
その数は数百体――
いや、千体近い。
「全部討伐したのか……?」
レンは震えた。
A級探索者たちの戦闘の結果なのだろう。
その時、救護テントから声が響く。
「追加部隊到着!」
「負傷者搬送急げ!」
「回復薬が足りない!」
現場は混乱していた。
レンたちが到着すると、一人の男性が駆け寄る。
全身血まみれ。
腕も折れている。
それでも立っていた。
「白峰!」
「状況は!」
「最悪だ」
男は吐き捨てるように言った。
「三十分前に第二防衛線が壊滅した」
レンの背筋が凍る。
壊滅――
その言葉の重さは理解できる。
「被害は?」
「死亡確認二十三名」
空気が凍った。
レンもユイも言葉を失う。
二十三人。
探索者だ。
一般人ではない。
厳しい試験を突破した強者たち。
その人数が戦死している。
「敵は?」
白峰が問う。
男は苦い顔で遠くを指差した。
「化け物だ。見れば分かる」
レンも視線を向ける。
数キロ先――
山のような影が立っていた。
最初は岩山かと思った。
違う。
生きている。
巨大な四足。
漆黒の外殻。
何本もの角。
背中から伸びる翼。
赤い双眼。
全身から溢れる黒い魔力。
レンは呼吸を忘れた。
巨大すぎる。
高さだけで三十メートル以上。
怪獣そのものだった。
《個体名:ヴァルグロス》
《監視者級》
《推定ランク:S》
《討伐難易度:極大》
文字が浮かぶ。
同時に――
全身が震えた。
本能が理解する。
勝てない。
今の自分では絶対に。
その時。
ヴァルグロスの頭がゆっくり動いた。
数キロ離れている。
なのに――
目が合った気がした。
ゾワッ。
全身に悪寒が走る。
そして。
ヴァルグロスが――笑った。
そんな気がした。
次の瞬間。
召喚書が暴走するように光り始める。
ドクン!!
ドクン!!
ドクン!!
「なっ!?」
ページが勝手にめくれる。
《確認》
《継承者発見》
《敵対個体認識》
《警告》
《警告》
《警告》
レンの顔色が変わる。
初めて見る反応だった。
その時。
最後のページに描かれた巨大な影が――動いた。
翼を持つ存在。
まだ封印されているはずの存在。
その目が赤く光る。
《第一封印解除率上昇》
《5%》
《8%》
《10%》
数字が異常な速度で上がる。
「レン!」
ユイが叫ぶ。
レンの身体から黒い魔力が漏れ始めていた。
周囲の探索者たちがざわつく。
「何だあれ……」
「魔力暴走か?」
「違う……」
白峰が目を細めた。
その目は真剣だった。
レン自身にも分からない。
ただ――
召喚書から声が聞こえる。
誰かの声。
遥か昔から響くような声。
『ようやく見つけた』
『継承者』
頭の中に直接響く。
レンは息を呑む。
『力を望むか』
『真実を知りたいか』
『ならば証明しろ』
声は続く。
『監視者を倒せ』
その瞬間。
ヴァルグロスが咆哮した。
ゴォォォォォォォォォォッ!!
空気が震え、衝撃波だけで周囲の建物が崩れる。
何人もの探索者が吹き飛ばされた。
存在するだけで周囲を破壊する怪物。
そして――
ヴァルグロスが動き出す。
一歩。
地面が陥没する。
二歩。
防衛線が揺れる。
三歩。
人類側の陣地へ向かって進み始めた。
「全戦力迎撃!!」
指揮官の怒号。
サイレン。
探索者たちが武器を構える。
A級探索者たちも前へ出る。
決戦が始まる。
その時。
レンの召喚書に新たな文字が浮かんだ。
《特別条件達成》
《第四召喚枠解放準備開始》
《隠しカード候補選定中》
レンの瞳が揺れる。
第四召喚枠――
今までとは違う。
明らかに特別な反応。
そして最後に一文が浮かび上がった。
《監視者級の血を獲得せよ》
《伝説級召喚獣解放条件の一つです》
レンは息を呑んだ。
伝説級。
初めて見る単語。
だが直感で分かる。
最後のページに眠る翼の存在。
あれに関係している。
そして――
その存在こそが、二十年前に世界を救った力なのかもしれない。
夜空の下。
人類と災厄の戦争が始まる。
レンは召喚書を握り締めた。
恐怖は消えていない。
それでも目を逸らさない。
なぜなら――
この戦いの先に、自分の運命の答えがあるのだから。
そして誰もまだ知らない。
この戦場でレンが手にする新たな力が、
後に世界の勢力図を変えることになることを――。




