第13話 継承者の資格
「見つけたぞ――継承者」
その声は、誰の耳にも届かなかった。
だが同じ瞬間、
レンは胸の奥に奇妙な違和感を覚えていた。
まるで遠く離れた場所から、
冷たい視線で背中を撫でられているような――そんな不快感。
「どうした?」
神代長官が眉を寄せる。
「いえ……ただ、少し」
レンは首を振った。
説明できない。
だが胸の奥に残るざらついた不安だけは消えなかった。
会議室では緊急対策会議が続いていた。
モニターには第七ダンジョン周辺の映像。
現地ではすでに避難誘導が始まっている。
半径二十キロ圏内の住民を退避させる大規模作戦だ。
しかし、それでも間に合う保証はない。
相手は S級。
過去に国家を崩壊寸前まで追い込んだ存在と同種なのだから。
「現地戦力の状況は?」
神代が通信担当へ問う。
『A級探索者五名が交戦中。B級部隊十五名が支援しています』
「被害は?」
『重傷者十二名。戦闘継続不能者八名』
会議室が静まり返る。
交戦開始から三十分も経っていない。
それなのにこの被害。
レンは改めて S級の恐ろしさ を理解した。
「長官」
スーツ姿の女性幹部が口を開く。
「このままでは持ちません」
「分かっている」
「特別討伐隊を投入すべきです」
神代は数秒考え、静かに頷いた。
「……承認する」
その瞬間、空気が変わった。
レンでも分かる。
今の言葉がどれほど重大な意味を持つのか。
「特別討伐隊?」
ユイが小声で説明する。
「管理局最強戦力よ。全員A級以上」
「最強……」
レンは息を呑んだ。
A級探索者――全国でも数百人しかいない。
その中からさらに選抜された精鋭。
まさに切り札。
だが神代の表情は暗い。
切り札を出しても安心できないほど、相手が危険なのだ。
その時、通信が入る。
『討伐隊到着まで推定四時間』
「四時間か……」
長い。
あまりにも長い。
現地部隊がそれまで持つ保証はない。
その瞬間――
レンの召喚書が光った。
ドクン。
ページが勝手に開く。
《特別任務更新》
《対象接近を推奨》
《情報収集開始》
「まただ……」
レンが呟くと、神代が鋭い視線を向けた。
「何が表示された?」
内容を伝えると、幹部たちがざわついた。
「情報収集……?」
「まるで誘導しているようだ」
「危険すぎる」
レンも同じ気持ちだった。
今の自分がS級相手に何かできるとは思えない。
だが召喚書は違う考えらしい。
《成功報酬》
《封印解除率上昇》
《新機能解放》
その文字を見た瞬間、レンは複雑な気持ちになった。
強くなれる。
だが危険も大きい。
まるでゲームのクエストだ。
ただし失敗すれば――死ぬ。
「レン」
神代が真剣な表情で言った。
「君に選択権を与える」
会議室が静まり返る。
「現地へ向かうか。
それとも待機するか」
命令ではない。
選択させるのか。
「長官! 危険です!」
女性幹部が声を上げる。
「分かっている。しかし――」
神代はレンを見た。
「彼の召喚書だけが対象を認識している。
君が行けば、何か分かる可能性がある」
重い言葉だった。
期待、責任、危険。
すべてが詰まっている。
レンは黙り込む。
怖い。
当然だ。
相手はS級。
戦えば死ぬかもしれない。
だが――
F級と判定された日のことを思い出す。
馬鹿にされた日々。
期待されなかった時間。
何もできなかった自分。
その時、ユイが静かに言った。
「無理に行く必要はないわ。逃げても誰も責めない」
優しい言葉だった。
だからこそ、レンは少しだけ笑った。
「それでも……知りたいんです」
全員がレンを見る。
「この召喚書が何なのか」
「俺が何者なのか」
「二十年前の人と何が関係あるのか」
それが本音だった。
逃げ続けても、何も分からない。
神代はしばらく沈黙し、頷いた。
「承知した」
長官は通信機を取る。
「特別命令だ。レン・クロサワを第七ダンジョンへ同行させる」
『了解』
会議室の空気が引き締まる。
決定した。
レンも覚悟を決めた――その時。
召喚書のページが勝手にめくれ始めた。
バサバサバサッ!
全員が驚く。
レン自身も初めて見る現象だった。
ページは高速で進み、
最後の白紙部分で止まる。
そして――文字が浮かび上がった。
《資格確認》
《継承者試験開始》
《第一条件達成》
《第二条件進行中》
「継承者試験……?」
レンの声が震える。
神代の表情も険しい。
どうやら長官も知らないらしい。
《最終条件》
《監視者級個体の討伐》
《達成時、第一封印解除》
会議室に沈黙が落ちた。
監視者級――つまりヴァルグロス。
あのS級怪物だ。
倒せというのか。
今の自分に。
「無茶苦茶だろ……」
レンは呟く。
だが召喚書は無情だ。
文字は消えない。
その時、ユイが小さく笑った。
「少し安心した」
「え?」
「召喚書も無茶振りするのね」
緊張がわずかに和らぐ。
レンも苦笑した。
恐怖だけではない。
胸の奥に、別の感情が芽生えていた。
強くなりたい。
知りたい。
守れる力が欲しい。
会議終了後、レンたちは輸送機へ向かった。
特別任務用の大型機。
すでに出撃準備が整っている。
搭乗口の前には数人の探索者。
全員が異様な存在感を放っていた。
その中の一人、銀髪の青年がレンを見る。
「君が例の新人か」
「はい」
「面白い」
青年は笑う。
だが目は笑っていない。
猛獣のような目だった。
「俺はA級探索者、白峰カイ」
レンは驚く。
A級――しかも若い。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ただし油断するな」
白峰の表情が消える。
「今回の相手は、今までの敵とは違う。
俺たちでも死ぬ可能性がある」
その言葉には重みがあった。
輸送機のエンジンが唸りを上げる。
機体が動き出し、管理局本部が遠ざかっていく。
レンは膝の上の召喚書を見つめた。
レッドオーガ。
シャドウファング。
ジェノアビートル。
三枚のカードが静かに輝く。
そして最後のページ。
そこには以前よりも少しだけ鮮明になった巨大な影。
翼を持つ存在。
圧倒的な威圧感。
解放率は三%。
それでも分かる。
これは切り札だ。
いや――世界を変えるほどの力かもしれない。
輸送機は雲を突き抜ける。
その先に待つのは第七ダンジョン。
S級災厄。
そして継承者試験。
レンは静かに目を閉じた。
数時間後。
彼は人生最大の戦いへ足を踏み入れることになる。
まだ誰も知らない。
その戦いが、二十年前の真実を暴く始まりになることを。




