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第12話 S級異常事態

会議室に重苦しい沈黙が落ちた。

誰もが通信機から聞こえてくる報告を信じられずにいた。


S級ゲート異常。

それだけでも国家規模の危機だ。

しかし問題はその先にあった。


「百体以上……だと?」

巨大な剣を背負った男が険しい顔で呟く。

「報告ミスではないのか」


『確認班による二重検証済みです』

『反応は現在も増加中』

『推定百二十体以上』


会議室の空気がさらに重くなる。


レンは状況を理解できずにいた。

S級――それがどれほど危険かは知っている。

一体出現しただけで都市機能が停止する。

討伐には最上位探索者が必要。

場合によっては軍隊まで投入される。


そんな存在が百体以上。

常識で考えればあり得ない。


神代長官が静かに立ち上がる。

「現地映像を出せ」


モニターが切り替わった。


映し出されたのは巨大なゲート。

通常のゲートとは違う。

色がおかしい。黒い。

まるで空間そのものが裂けているようだった。


周囲には探索者部隊が展開しているが、誰も近付こうとしない。

理由はすぐに分かった。


ゲートから溢れ出る魔力。

映像越しですら感じるほど濃密だった。


レンは息を呑む。

「なんだ……これ」


ユイも驚きを隠せない。

彼女ほどの実力者でも初めて見る光景なのだろう。


その時――召喚書が震えた。


ドクン。


レンだけが気付く。

ページが勝手に開き始めた。


《高位反応を検知》

《封印領域接近》

《警告》

《警告》

《管理者権限を持つ個体を確認》


(管理者……?)


聞いたことのない単語だった。

レンの顔色が変わる。


神代が気付く。

「どうした?」


「召喚書が反応しています」


その言葉に全員の視線が集まる。

レンは表示された文字を伝えた。


神代の表情が初めて大きく変わる。

「管理者権限だと……?」


周囲の幹部たちも動揺していた。


「長官」

女性幹部が低い声で言う。

「まさか二十年前の記録と同じでは」


神代は答えない。

だが沈黙が答えだった。


レンだけが状況についていけない。

「何か知っているんですか?」


神代はしばらく考え、口を開いた。

「本来なら機密事項だ。だが君は既に無関係ではない」


モニターが切り替わる。

古い写真。

黒い外套を纏った探索者。

しかし顔は不鮮明で分からない。


「二十年前」

神代が語り始める。

「世界中で同時多発的なゲート暴走事件が発生した」


レンは息を呑む。

そんな事件は教科書にも載っていない。


「各国は情報を封鎖した。混乱を避けるためだ」


崩壊した都市の写真が映る。

炎上する建物。瓦礫の山。巨大な魔物。


「その事件で数百万人が死亡した」


会議室が静まり返る。


「だが最終的に事態を収束させた人物がいる」

神代は写真の男性を指差す。

「名前は不明。記録もほぼ残っていない。ただ一つ分かっていることがある」


長官はレンを見る。


「その人物も召喚書を持っていた」


レンの鼓動が速くなる。

偶然とは思えない。


「同じものなんですか?」


「断定はできない。だが酷似している」


二十年前の謎の探索者。

そして今の自分。

嫌な予感しかしなかった。


その時――警報がさらに激しく鳴り響く。


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


『緊急報告!』

『ゲート内部から反応出現!』


全員がモニターを見る。


黒いゲート。

その奥から巨大な影が現れようとしていた。


ズン――。


地面が揺れ、映像がブレる。


そして姿を現した。


全長十メートル以上。

黒い鎧のような外殻。

六本の腕。

複数の角。

赤く輝く眼。


ジェノアビートルを遥かに上回る存在感。

画面越しでも分かる。格が違う。


「A級……?」

レンが呟くが、誰も答えない。


モニターに危険度測定が表示される。


測定不能。


数秒後、新たな数値。


《推定危険度:S級》


会議室が凍り付く。


怪物はゆっくりと周囲を見渡し――

突然、空を見上げた。


まるで何かを探しているように。


その瞬間、召喚書が激しく震える。


ドクン。ドクン。ドクン。


《対象確認》

《監視者級個体》

《名称:ヴァルグロス》

《敵対判定》

《排除対象》


レンは思わず立ち上がる。

「名前が出ました!」


「何だと!?」

神代が叫ぶ。


レンが内容を伝えると、会議室がざわめく。


神代の表情が険しくなる。

「間違いない。奴らだ」


「奴ら?」

レンが尋ねる。


神代は深く息を吐いた。

「二十年前の災厄を引き起こした存在だ」


レンの身体が硬直する。


『現地部隊交戦開始!』


映像の中で上級探索者たちが動き始める。

炎、雷、剣撃――強力な攻撃が叩き込まれる。


しかし無傷。


ヴァルグロスは微動だにしない。

そして六本の腕を振る。


爆発。

探索者部隊が吹き飛ばされる。

悲鳴。

映像が乱れる。


圧倒的だった。

戦いですらない。

虐殺だった。


レンは拳を握る。

何もできない自分が悔しかった。


その時――召喚書が再び光る。


《特別任務発生》

《対象:ヴァルグロス》

《討伐推奨》

《報酬:封印解除》


「封印解除……?」


白紙だった最後のページに巨大なシルエットが浮かび上がる。


翼。

角。

巨大な身体。


まだ姿は見えない。

だがシャドウファングやジェノアビートルとは比較にならない存在だと分かる。


《解放率:3%》

《条件未達成》

《上位召喚獣封印中》


レンの心臓が高鳴る。

召喚書にはまだ秘密がある。

それも途方もない力が。


神代も気付いていた。

老人は最後のページを見つめ、低く呟く。


「やはり始まるのか……」


その視線は召喚書ではなく、二十年前の写真に向けられていた。


そして同時刻。

黒いゲートの奥深く。


誰も知らない暗闇の中で――

無数の赤い瞳がゆっくりと開いた。


その中心で、一体の巨大な影が静かに笑う。


「見つけたぞ――継承者」


その声は誰にも届かない。

だが確実に、レンへ向けられていた。

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