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第11話 管理局上層部

翌朝――。


レンは管理局本部へ向かう車の中にいた。

窓の外を流れる景色を見ながら、昨夜の出来事を思い返す。


ジェノアビートル。

ユニーク個体。

そして新たな召喚獣シャドウファング。


どれも現実感がなかった。

たった数日前まで、自分はF級探索者だったのだ。

ダンジョンに潜ってもスライム相手に苦戦していた。


それが今ではC級ユニーク個体を討伐している。

もちろん自分一人の力ではない。

だが、召喚書の能力が規格外であることは間違いなかった。


「緊張してる?」

隣の席に座るユイが声をかけてきた。

腕にはまだ包帯が巻かれている。昨日の負傷は軽くなかったはずだ。

それでも彼女は平然としていた。


「そりゃしますよ」

レンは苦笑する。

「管理局の上層部なんて会ったこともないですし」


「普通は一生会わないからね」

さらりと恐ろしいことを言う。


「そんな人たちに呼び出されるなんて、大抵は問題を起こした時か、特別な才能が見つかった時よ」


「どっちなんでしょう」


「たぶん両方」


「笑えないんですけど」


ユイは小さく笑ったが、その表情はどこか硬い。

彼女自身も今回の件を軽く考えていないのだろう。


管理局本部。

それは探索者管理局の中枢。


全国のダンジョン情報。

ユニーク個体の管理。

危険指定魔物の監視。


その全てを統括する場所だった。


やがて車が巨大な建物の前で止まる。

レンは思わず息を呑んだ。


高層ビル――いや、要塞だった。

無機質な灰色の外壁。

何重にも張り巡らされた警備システム。

武装した警備隊。


一般企業とは明らかに違う。

まるで軍事施設だった。


「行くわよ」

ユイに促され、レンは車を降りた。


入口では厳重な検査が行われる。

身分証、探索者登録証、魔力認証、指紋認証。

さらに召喚書まで確認された。


その時だった。

検査官の表情が変わる。


「……確認しました」


声がわずかに硬い。

まるで危険物を扱うような反応だった。


レンは嫌な予感がした。


案内された先は最上階。

重厚な扉の前で職員が立ち止まる。


「こちらです」


扉が開いた。


広い会議室。

長い机。

その奥には五人の人物が座っていた。


全員が異様な雰囲気を纏っている。

強い――レンは直感した。

探索者としての格が違う。

同じ人間とは思えないほどの圧力。


まるで猛獣の群れの中へ放り込まれた気分だった。


「来たか」


中央の老人が口を開く。

白髪、鋭い眼光。

年齢は七十を超えているように見えるが、隙が一切ない。


「座りたまえ」


レンは言われるまま椅子に腰掛けた。

ユイは後方へ下がる。


その瞬間、老人の視線がレンへ向けられた。

背筋が冷える。

まるで全てを見透かされているようだった。


「まず自己紹介をしよう」

老人は静かに言う。

「私は管理局長官、神代宗一だ」


レンの目が見開かれる。

管理局長官――つまりこの国の探索者管理を統括する人物だった。


そんな人物がなぜ自分に会うのか。

理解できない。


「緊張しなくていい」

神代は言った。

「今日は尋問ではない」


そう言われても無理だった。

周囲の四人もただ者ではない。


巨大な剣を背負った男。

スーツ姿の女性。

残る二人も歴戦の戦士のような雰囲気を持っていた。


「レン・クロサワ」

神代が名前を呼ぶ。

「君は昨日、ユニーク個体ジェノアビートルを討伐した」


「はい」


「正確には召喚獣が討伐した」


「……はい」


「だが、それでも結果は同じだ」


神代の目が細められる。


「問題はそこではない」


会議室の空気が変わる。

重い沈黙。

レンは無意識に拳を握った。


神代が続ける。


「君の召喚書だ」


その言葉に全員の視線が集まった。


「記録上、その召喚書は存在しない」


「え?」


レンは思わず声を漏らす。


存在しない?

そんなことがあるのか。


「探索者の能力は全て分類されている」

スーツの女性が説明する。

「剣士系、魔法系、強化系、召喚系」


「そのどれにも該当しないのです」


巨大な剣の男も口を開く。

「さらに召喚獣の成長速度も異常だ」


会議室のモニターに映像が表示される。

レッドオーガ。

シャドウファング。

ジェノアビートル。


討伐記録だった。


「通常、召喚士は契約した魔物を育成する」

女性が言う。

「しかし君は違う」


映像が切り替わる。

カードが並ぶ。


「倒した魔物を支配下に置いている」


レンは黙っていた。

否定できない。

全て事実だった。


神代が深く息を吐く。


「そこで聞こう」


老人の目が真っ直ぐレンを見据える。


「その召喚書をどこで手に入れた?」


レンは言葉に詰まった。

どこで?

分からない。

気付いた時には持っていた。


能力覚醒の日。

突然現れたのだ。


それを説明すると、会議室は静まり返った。


「やはりな」

神代が呟く。


「長官?」

女性が尋ねる。


神代は少し考え込み、やがて口を開いた。


「二十年前にも似た事例があった」


レンは顔を上げる。


二十年前。

同じ能力?


「正確には能力ではない」

神代の表情が険しくなる。

「遺物だ」


会議室の空気が一変した。


遺物――。

探索者なら誰でも知っている言葉。


ダンジョン最深部から発見される超常の品。

現代技術では再現不可能。

国家レベルで管理される危険物。


その一つだというのか。

自分の召喚書が。


「まさか……」


神代は静かに頷く。

「君の召喚書は、おそらく未登録のダンジョン遺物だ」


レンは言葉を失った。

想像すらしていなかった。


ただの能力ではない。

遺物。

それも管理局が存在を把握していなかった未知の遺物。


だから上層部が動いたのだ。


その時だった。


警報が鳴り響く。


ビーッ!!

ビーッ!!

ビーッ!!


会議室全体が赤く染まる。

全員の顔色が変わった。


「何事だ!」

神代が叫ぶ。


通信が繋がる。


『緊急報告です!』

職員の焦った声。


『第七ダンジョンでゲート異常発生!』


「規模は!?」


『推定S級です!』


会議室が凍り付いた。


S級――国家滅亡級災害。

数十年に一度起こるかどうかの大事件。


『さらに――』

通信の声が震える。


『内部から未知の反応を確認!』

『ユニーク個体ではありません!』

『データベース照合不能です!』


誰も言葉を発しない。


次の報告が全員をさらに沈黙させた。


『反応数……一体ではありません』

『確認数、百以上』


レンの背筋を冷たい汗が流れる。


百体。

そんな数が存在するはずがない。


神代がゆっくり立ち上がる。

その顔には緊張が浮かんでいた。


「始まったか……」


誰にも聞こえないほど小さな呟き。

しかしレンだけは聞き逃さなかった。


神代は真っ直ぐレンを見る。


「レン・クロサワ」

その眼差しは先ほどまでとは違っていた。


「君の力が必要になるかもしれん」


管理局最上層の会議室。

そこでレンは初めて知る。


自分が巻き込まれているのは、ただの探索者の物語ではない。

世界そのものを揺るがす異変の始まりなのだと。

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